4-2. 依子

 その夜、依子がこっそり夜食を持って部屋を訪れた。

 初めは寝たふりをして無視していた麗良だったが、依子が、お盆が重くて腕がつりそうだの、四十肩が辛いだの、残ったおかずを自分が食べてこれ以上太りたくないだの恨みつらみを並べ立てるので、仕方なくドアを開けた。

 依子は、麗良に持っていたお盆を押し付けるように渡すと、後ろ手にドアを閉めた。

 麗良がもの言いたげに口を開きかけたが、依子は何も悪くないと思い直し、手に持ったお盆を机の上へ置くと、ベッドへ倒れこんだ。


 依子がこれ見よがしに腕をもんで見せるのが見えた。


「あれから旦那様は、ひどく落ち込んだ様子で項垂れておりましたよ」


 枕に顔を埋めながら麗良が呟く。


「…………おじいさまが落ち込んでいる姿なんて、想像できないわ」


 その口調からは、依子の言う言葉を信じていないのが分かる。


「本当ですよ。お醤油とソースを間違えるくらいには動揺していらっしゃいました」


 胸を張って答える依子がおかしくて、麗良は思わず笑みを漏らした。


「おじいさまが私のことを大事に想ってくれているのは、分かっているのよ。

 ……青葉のことも。

 大事だからこそ相手に判断をゆだねて、自分の気持ちは決して口にはしない……それが悔しいの」


 青葉と麗良が家からいなくなってしまったら、良之は、部屋から決して出ることのない胡蝶と二人きりになってしまう。一人で食卓に向かう良之を想像して、麗良は胸が痛んだ。


「依子さんは、私と青葉がいなくなったら、寂しい?」


 少し甘えた口調で麗良が尋ねると、依子は、大きく手を振って否定した。


「いーえ。私は、仕事が減って楽になりますからね。嬉しい限りですよ」


 予想していなかった反応に、二人は顔を見合わせて笑った。

 依子は、いつも麗良の心を軽くしてくれる。彼女も大事な家族の一人だ。


「ラムファさんは、とっても不思議な人ですけど、お嬢様のことをよく見て一番に考えていらっしゃるように見えます。

 安心して付いて行って大丈夫だと思いますよ」


 それに、と依子は続けた。


「お嬢様も大人になれば、いつかは家を出る時が必ず来ます。

 それがほんの少しだけ早まっただけのこと。

 家族がバラバラになってしまうのは、確かに誰でも寂しいものですけどね。

 それは、いつか時が解決してくれますよ」


 そう言って笑顔を見せる依子には、成人して家を出ている子供が二人もいる。


「今お嬢様が気にしなくてはいけないことは、お勉強と、しっかりごはんを食べることです。

 お腹がすいていては、考えも悪い方へとばかりいってしまいますからね」


 お腹がすいていない、という麗良に、依子は、今自分が見ている目の前で一口でも食べないとここを動きません、と脅すので、半ば笑いながら麗良は、依子が持ってきてくれたお盆からおにぎりを一つ手にとり、齧り付いた。

 依子の握るおにぎりは、いつも塩加減が絶妙なのに、今日食べるおにぎりは、何故かいつもよりしょっぱい気がした。

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