2-7. 妖精王

 麗良は、静かにするようあかりに向かって人差し指を口に当てて見せた。

あかりが小さな両手で自分の口を押える。


 今度の足音は、一つだけだ。ゆっくりとこちらへ近づいてくる。まるで目的の場所が初めから分かっているとでもいうように、足音は、そのまま麗良たちのすぐ傍まで来て止まった。

 葉っぱの隙間から黒い靴と黒い服が見えた。柵を乗り越えて、こちらへと草をかき分けながら近づいてくる。

 もうダメだ、見つかったのだ。

 ここは、自分が飛び出して行っておとりになるしかない、と麗良が覚悟を決めた時、葉っぱの影からチョコレート色の肌をした見知った人物が顔を出した。


「大丈夫かい、レイラ」


 ラムファだった。麗良は、彼の顔を一発殴ってやらなければ気が済まないと思った。


「……………何が大丈夫かい、よ。

 誰の所為でこんなことになってると思ってるのよ」


 麗良の剣幕にラムファが困った顔で謝る。


「ご、ごめんよ、レイラ。怖い思いをさせたね。

 でも、パパが来たから、もう安心だよ」


 そう言いながら、麗良の視線の高さに合わせるよう身を屈めた。まるで悪びれた様子のないラムファに、麗良は益々腹が立った。


「あんな大勢で無理やり連れて行こうだなんて、勝手すぎるわよ。

 こんなことされて、私が素直に従うと思ったら大間違いなんだからね。

 絶っ対に、私はどこへも行かないんだから」


 ふいっと顔を背けて、テコでもここを動かないという態度でいる麗良に、ラムファが焦ったように説得を続ける。


「でも、ここに居たら危険なんだ。今すぐパパと一緒に家へ帰ろう」

「だから、私は、どこへも行かないって言って……」


 麗良の声は、突然何かが破裂する音と風を切るような音に遮られた。続け様に何度も同じ音が三人を襲う。

 あかりが叫び声をあげて、ラムファが二人を庇うように地面へ伏せた。

 銃撃されている、と気付いたのは、麗良のすぐ横にあるガジュマルの幹に銃弾のようなものがめり込んでいるのを見つけたからだ。それを見て、麗良の顔がさっと青く変わる。


「な、な、な……なんなのよ、あれ。

 本物の銃弾じゃない。当たったらどうすんのよ。

 普通、ここまでする?!」

「だから言っただろう。ここに居たら危険だって」


 地面に伏せたまま、恐怖からあかりが泣き出した。ラムファが二人を立たせてガジュマルの影へ隠れるよう促すと、麗良が怯えるあかりを抱きかかえるようにして言った。


「今すぐやめさせてよ。あんたの部下か何かでしょう、あいつら」


 しかし、ラムファは、心外だとでもいうように肩をすくめて見せた。


「まさか。パパの配下にあんな物騒な子たちはいないよ」

「どういうことよ、あれ、あんたが差し向けたんじゃないの?!」

「パパがレイラを傷つけるようなことをするわけないだろう」

「それじゃあ、どうして私が狙われなくちゃいけないのよ」

「それは……」


 と、口ごもるラムファを麗良が疑惑の目で睨みつける。

 ラムファは、一つ咳払いをすると、真面目な顔で答えた。


「麗良の可愛さに嫉妬して」

「ふざけないで」


 そんなふざけたやり取りをしている間にも、銃撃は鳴りやまず、続けざまにこちらの茂みに向かって放たれ続けている。ガジュマルの太い幹が盾の役割をしてくれてはいるが、いつまでもこのまま耐えられるとは思えない。


「だって、さっきあいつら、あんたが使ってた不思議な力みたいなのを使って、

 私たちを他の人たちから見えなくしてたのよ。

 なのに、全く関係ないとでも言うつもり?」


 なかなか鋭いところを突いてくる麗良に、ラムファは、ぎくりとした表情で麗良から視線を逸らした。


「まぁ、確かにあの子たちは、パパの国から来た子たちみたいだね」


 やっぱり、と言う目で麗良がラムファを睨みつけた。


「あんた王様なんでしょ。だったら、あいつらにやめろって一言命令して止めさせるくらいのことしなさいよ」


 うーん、と腕組みをして悩むそぶりをするラムファは、一見真剣なのかふざけているのかわからず、余計麗良の神経を逆撫でする。


「確かにパパは、偉くて立派な王様なんだけどね。

 困ったことに、中には、パパの言うことを聞かない悪い子たちがいるんだよなぁ」


 まるで自分も被害者だとでも言う態度でいるラムファに、麗良は、頭の中が沸騰しそうな程腹が立ったが、すぐ傍を銃弾が音を立てて掠めていくのを見て、身が縮まる思いがした。耐えられず、銃声から耳を塞ぎ、涙声になりながら叫んだ。


「何でもいいから、何とかしてよ。

 父親だっていうなら、私のこと守ってみせなさいよ」


 麗良の悲痛な叫び声に、ラムファがはっと表情を変えた。

 銃声が飛び交う中、大丈夫だよ、と安心させるように麗良の頭に手を乗せる。


「レイラのことは、パパが守る」


 格好をつけて決め顔を作って見せるラムファの高い鼻先を一つの弾丸が掠めて行った。それを見た麗良は頬を引きつらせ、目を白黒させたあかりは口を開けたまま声が出ない。


 しかし、ラムファは二人を安心させるように笑ってみせると、すっくと立ち上がった。そのまま茂みの中から銃弾の飛んでくる方へと歩いて行く黒い背広を着た大きな背中を麗良は、不安な気持ちで見送った。


 ラムファが黒服の男たちの前へ現れると、それまで続いていた銃声が突如止んだ。ラムファの出方を伺っているのだろうか。ラムファは、黒服の男たちに向かって堂々と立ち塞がると、不敵な笑みを浮かべて見せた。


「私のレイラに、指一本触れさせはしない」


 ラムファが右手をかざすと、不思議なことが起きた。傍にあったバオバブの木がぐぐぐと動き出したかと思うと、身体をくねらせて、枝を腕のように使い地面から根っこごと身体を引き抜いたのだ。

 バオバブは、根っこを足のように動かして、のっそのそと通路を歩きだす。その様子は、まるで大きな裸の赤ん坊が歩いているようだ。

 驚いたのは麗良たちだけではなく、黒服の男たちも慌てて自分たちに向かってくるバオバブに向けて銃を乱射した。

 バオバブは、自身の長い枝を振り回して銃弾を跳ね飛ばす。すると、今度は、他のどこからか伸びて来た蔦が男たちの手から拳銃を取り上げた。武器を取り上げられた男たちは、バオバブに追い掛けられながら温室の外へと逃げて行く。


 麗良は、その光景を茂みの中から信じられないものを見るような目で見ていた。緑を操り、敵を討つラムファの姿は、かつてマヤに読んでもらった絵本に出てくる妖精王そのものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る