死にかけの淵

鷹簸

死にかけの淵

昔から思っていたことがある。

「何の為に生きるのか」

幼い頃、私は大人にこの質問を投げかけ続け、呆れられ、捨てられた。

一人目はこう言った。

「愛する人の為」

二人目は一人目に言った。

「愛すべき人を見つける為」

三人目は一人目と二人目に言った。

「『愛』とは何か見つける為」

何の脈絡もない四人目は行った。

「自分の為」

私の親は言った。

「何の為でもない」と。

翌朝、私は知らない公園で起きた。

薄く寒さを凌ぐのに精一杯の私にかけられた毛布には

「あなたを捨てたのではありません。

 巣立ちさせたのです。強制的にね。」

と書かれた紙がセロハンで貼ってあり、

封筒にはいくら入っているかわからないクレカがあった。

私は毛布とクレカを手に取り、泣いた。

公園の古びた時計は1時半を指していた。


歩き疲れ、道行く人は変な目で見る。

無論少年保護法に反しているのは明白だ。

一般的には遊ぶために夜、出かける。

しかし私は捨てられた身。遊びでもなんでもない。子供のホームレス。

見知らぬ街の交番に着いた頃には2時だった。

交番には変なおっさんと若い女の人がいた。

どうやらおっさんは警察官をお持ち帰りしたいようだ。

こういうのを見るとくだらないと思う。

どっちみち死ぬのに生を強めてどうするのだろうか。

死ぬのに死ぬ辛さをあげてどうしたいのだろうか。

余計に苦しむ。アクションをすればするほど後悔は比例して増えてゆく。

私はそれを知っていた。


しばらくしておっさんは罰金を取られ帰っていった。

恐らく私がいたから業務妨害罪にでもひっかかったのだろう。

可哀そうではない、そうあるべきなのだから。

「君は、なんでこんな時間に外にいるの?」

睨んでいるのかわからない。

私は顔をあげれらなかった。

「捨てられた」

「...そう」

幾秒が黙った後警官はそう言う。

何をどうしても私は児童養護施設に入れられるのだろう。

諦めた。世の中は不平等で不条理で不謹慎だ。

私は何もできない無力な存在。だから私には価値は無い。

自己陶酔とでも言うべきこの感情に浸る私を見て、

「そうね。じゃあ私がってあげる」と警官は言った。

その「カ」が、

「狩」なのか、

「買」なのか、

「飼」なのか。

私には最後者にしか思えなかった。

この警官は、信用できるのか、できないのか、

頭の中で会議が始まる。

思考は大人なのに結局は子供なのだ私は。

名探偵じゃないのだ私は。

思考を繰り返す。

ずっと考える。

考えていないと死ぬかのように考えて私は考える。

「どうせ死ぬのに」と。


ついた警官の家にはほぼ何もなかった。

机も椅子もない。

布団もなくテレビもない。

炊飯器と米と茶碗はあった。

掃除してあるのか無空間のような雰囲気を持っている。

この人も、同じなのかな。

直感がそう私に伝る。

安心に陶酔する私は尋ねる。

「何の為に私は生きればいいの?」

警官は考える素振りも見せずに

「生きたいようにいきればいい」と言った。

女性とは思えない発言だった。

今までの女性は「金」だか「男」だかの物品だった。

結局自分が楽に生きれればいいと思っている人間だった。


私はご飯をよそる警官に向かって

「ありがとうございます」と告げ、目を瞑った。

午前11時。


私は警官の前で舌を切ろうとして、タオルを入れられ失敗した。

時間がないのだ。

12時まであと1時間しかないのに。


警官は

「あなたはまだ体験すべき事柄が残っている」と言う。

そんなものあるわけないと鼻だけで笑うと

「この世という不条理で不平等で不都合な世界をあなたは生きなければならない。

 それを後世に伝えるのがあなたのすべきこと。あなたは死んじゃいけない。

 幻想の昔のあなた自身にこの世は不完全である事実を突きつける必要がある。

 どっちみち死ぬとか思ってるんだったら勝手にしろ。

 ただ私に罪を着せるな。条件はそれだけだ」

とタオルで何も応答できない私に言う。

思うにこの人も同じだったんだろうなと、そんな気がしてままならない。


12時。

私の急速な老化が始まる。

だから言ったのに。

さすがに慌てた警官はタオルを外し、

「ごめんなさい」と私に言った。

「構いません。

 さて私が完全に老いるまであと20秒程なのですがどうしましょうか?」

「そうね。私も死のうかしらね」

二周してつまらない回答だ。

ほぼ老いきった身体で私は彼女に告げる


「自惚れるな歩み続けろ」


小さい人間は息を引き取った。

適格な言葉を残して。

午後12:00:56

特に困ることはなかった。

身元は割った。デブおやじに罰(金)を免除する代わりに身元の解明を頼んだのだ。

先ほど、捨てメアドに資料が届いた。

名前はポチ。人間で言う98歳の高齢者だった。


病名は急性老化症候群。

本人しか死期はわからず、

最期の日には成りたい物に成れるという。

ポチが望んだのは頭脳明晰な幼い女の子だった。

それに何の意味があるのかポチがいない私にはわからない。

でも、意味なんてなくていい。

そう、それでいい。

多分、きっと。

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死にかけの淵 鷹簸 @tacahishi-13

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