第10話 必殺! 研削水流
使用人が酒の代わりに急いで水を持ってくると、私は腰から吹き矢の筒を取り出して、眠り薬の矢をグラスへ打ち込む。
酒の回りもあってか、王子は水を飲み干すと、直ぐにベッドへ行き倒れ込んだ。
天井から床に降り立つと、慌てふためく宰相へ聞く。
「用意はしてありますかな?」
「そなたの指示通り、新たな作業場を用意した」
「お心遣いに感謝します」
私は無邪気な寝顔を見せる王子の胸に両手をかざし、魔力を集中させる。
心の原石を取り出すのは、かなり骨だ。
腹の底から魔力をひねり出して、全身全霊で深淵に眠る原石を取り出す。
王子の全身が闇のオーラを放ち、その胴体に邪悪な渦が巻いていた。
周辺にも影響が現れ、黒い風が室内を荒らす。
城の自室が暗黒に包まれる中、王子の風穴から巨大な石が浮き出た。
拳大の宝石とは比べ物にならない原石。
両手を広げてようやく掴める原石を、手袋をした手で捕まえる。
黒い風も暗黒のオーラも消えると、自然と口にする。
「一丁上がり」
##
城の工房から大浴場へ作業場を移した。
使用人や兵士達が利用する共用の浴場は、立ち入りを禁止する命が出ている。
大浴場にある浴槽は沼地のように広い。
今は誰も利用しないが、浴槽には水がたっぷりと張られ、中央には樽が沈めてあり、その上に王子の黒い原石を乗せた。
宰相は先が待ちきれないとばかりに、質問してくる。
「工房ではなく大浴場で研魔作業をするのか? しかも、浴槽に湯ではなく水を張るのは何故だ?」
「今回の研魔は一筋縄ではいかないんでね。手作業では難しい。荒業が必要になる」
「うーむ、
「そうさな、時間で言うなら五時間……」
魚人と人間では時の概念が違う。
時間なんてかしこまった言い方をしても、飲み込めねぇか。
「今からだと、太陽が城から見える山に沈み、赤い日差しが夜の闇に消えるまでだ。さあ、作業の邪魔だ。出た出た!」
宰相や取り巻きの兵士を追い出すと、私はローブを脱ぎ捨て全身の鱗を晒して、水の張られた浴槽へ入った。
「それじゃぁ、気張って行くか」
水の中へ顔を突っ込むと、酒をかっ食らうように飲み始める。
あっという間に体型は豚並みに丸々太った。
私の祖先はトラフグと呼ばれる魚だ。
海水を体内に蓄えて、でっぷりと太ることで知られている。
たるんだ体をどっしりと据えると、勢いをつけて放流。
名付けて『
私の体には肺や胃袋とは別に、水袋という臓器が備わっている。
体に溜めた水を一気に吐き出し、頑強な鉱石を削ったり砕くことが出来るのだ。
研削水流は強さを増して、激流が流れる音から金属が擦れる甲高い音へ変わり、サーベルのように細く尖る。
樽に乗せた原石の
今の私は荒波から出現した海竜。
凶器そのモノだ。
水流を出しきり体がしぼむと、再び浴槽の水を吸い上げて放出。
しかし長い時間、水流を出し続けるのは宝石の研削同様、私の体力も削る。
窓の外を見ると、落ちた太陽が山の頂上へ差し掛かった。
三時間くらい過ぎたか?
休みを挟んで次の長期戦に備えたいが、そんな暇はない。
この身が引き裂かれる直前まで、全身全霊で削り通す!
時間を気にすると、吐き出す水流がより力強くなった。
すると、穢れが一枚岩のように剥がれ、黒い布切れが宙を漂う。
それはユラユラと滞空するも、空気に触れて徐々に小さくなっていくが、なかなか消滅しない。
身動きの取れない私の元へやってくる頃には、枯れ葉ほどの形になったが、消滅することなくこちらへたどり着き、腕に漂着した。
しまった!?
焦りで水流の勢いが強すぎた。
腕に穢れが染み込み、私の心がかき乱される――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます