天の使い

梅丘 かなた

天の使い

 一月最後の週末に、将太しょうたは「カゲロウ」にやってきた。

 「カゲロウ」は、新宿に存在する小さなゲイバーである。

 ゲイやレズビアン、そしてそれ以外でも入れるミックスバーだ。


 飲み屋に入るのは、少しだけ緊張した。

 思い切って、「カゲロウ」のドアをくぐると、何人かのゲイがちらりと将太を見た。

 すぐに彼らの視線は元に戻る。

 マスターの夏夫なつおが、入ってきた将太に声をかける。

「おお、来たか。例の人、連れて来たよ」

 夏夫の言葉に、将太の表情は硬くなる。

「どんな状態?」

「もう限界に近いみたい。仕事を辞めるよう忠告したけど、聞かないんだ」

 将太は、夏夫に案内されて、店の奥に向かう。


 狭く薄暗い空間に椅子が置かれていて、男が座っていた。

 男は、半分眠っているように見えた。

「背中にちょっと触れるよ。いい?」

「なんで?」

 男から、返事が返ってきた。

「診察みたいなものだと思ってくれる?」

「まぁ、いいけど」

 許可をもらった将太は、男の背中を所々軽く触れていく。

 何かを調べているかのようだ。

「なるほど。働きすぎだね。仕事を辞める気はないの?」

「俺が辞めたら、仕事が回らなくなる」

「自分の体の心配より、そっちのほうみたいだな。

 責任感が強くて、その感情と疲労が溜まりに溜まっている」

「あんたに何が分かるんだ」

「そう、確かに僕には、大体のことしか分からない。

 君の気持ち、すべてを知るなんて無理だ」

 男は無言になった。

「でも、この疲れを取り除かないと、深刻になる。

 取り除いていい?」

「取り除く? 何言ってるんだ、あんた。

 できるものなら、やってみな」

 将太は、無言で男の背中に両手を当てた。

 そして、ぐいと押して、力を注ぎ込んだ。

 男は、一瞬虚をつかれたような顔になり、次に穏やかな表情になった。

 表情が真顔になると、一気に男の背筋がピンと伸びた。

 男は、驚きを隠せない。

「あなたは何者ですか?」

 男は、将太に問う。

 将太は、無言でほほ笑むばかりだった。

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天の使い 梅丘 かなた @kanataumeoka

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