この仕事が終わったら結婚しようと言われて百年経ちましたが……

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 とある世界。


 ドリームミンツ


 邪悪な神が暴れまわっていたその世界は、破滅寸前だった。


 滅びを回避するためには、生贄が必要だ。


 聖なる力を秘めた巫女を一人、水晶の中に閉じ込めて、長い間魔法を使わせなければいけなかった。


 邪神を水晶に閉じ込め、弱るまで封印し続けるという魔法を。


 邪神は聖なる力に弱い。


 だから、百年ほど水晶に閉じ込めておけば、倒す事ができると考えられていた。


 しかしそれは、辛い役目になるものだ。


 水晶の中にいる間、巫女の肉体の時は止まるが世界の時は動き続けている。


 次にそこから出た時、家族や友人は皆死んでしまっているからだ。






 揺りかごの神殿


「でも、世界を守るためだもの。仕方がないわ」


 そう思った私は、そんな残酷な事を他の誰かにやらせるより自分が、と思ってその役目に立候補したのだ。


 そして、眠りにつくための場所、揺りかごの神殿に赴いた。


 家族や友人に対する言葉を手紙にあてて、財産を処分したり、相続の手続きをこなした後に。


 私はすでに決心していたから、その選択を変えようとは思わなかった。


 多くの人が助けられるのだから、後悔などない。


 けれど、一つだけ不安があった。


 それは婚約者の存在だ。


 永い眠りで、彼の存在が消えてしまうのが怖かった。


 しかし、震える私の肩を抱いた彼は、優しい声音で約束をしてくれたのだ。


 見送りのために揺りかごの神殿までついてきてくれた彼は、私の婚約者である。


 三年前に婚約した彼は、結婚を見据えた付き合いを続けていた。


 今回の件がなければ、半年後には結婚式を挙げる予定だった。


「ジークハーツ様、私怖いですわ。もし目覚めた時、隣にジークハーツ様がいらっしゃらなかったら」

「大丈夫だよ。ティアラ。僕はずっと、君のそばにいる」


 私は、その言葉を信じた。


 婚約者のジークハーツも、私と一緒に特別で揺りかごで眠りにつく事が許可されたから。


 目覚めに百年かかるなら、その百年を一緒に乗り越えようといってくれたから。


 だから私は、最後は安心して眠りについた。


 世界を守るために、と長い眠りに。


 けれど……。


 百年後、私の隣にその人はいなかった。


 結婚の約束までしていたその人は、百年後には別の人に首ったけのようだった。






 百年後 揺りかごの神殿


 百年分も眠っていたせいか、目覚めた当初はあたまがぼうっとしていた。


 邪神は私が閉じ込めた水晶の中できちんと消滅したらしく、悪さをする事は永遠にないらしい。


 それは幸いな事だが。


「ジークハーツ様! 今日もかっこいいですわ」

「そうかいナリア。君は誉め言葉が上手だね」


 ぼうっとした頭に響くのは、きんきんとした女性の声と甘ったるい言葉を吐く男性の声。


 状況説明の為に案内された部屋の中には、周囲にハートを飛ばす甘い雰囲気の恋人達がいた。


 きゃっきゃウフフしている恋人達を、私はジト目で見つめる。


 一人はジークハーツ様。


 私の婚約者「だった」人だ。


 もう一人はナリヤという貴族令嬢。


 聖なる力が強い存在で、私と同じ巫女であった。


 水晶から目覚めて私の前にやって来たのは、なぜかこの組み合わせである。


 呆然としている私の前で、イチャイチャしだした彼等は、こう説明しだした。


 長い事をくどくど言われたので、ぼうっとした頭を働かせながら、短くまとめてみる。


「どうやら何らかの事故で俺の方が先に目覚めてしまったらしい。長い間、君と話ができなくて寂しかったよ。けれどその寂しさを、ナリヤが埋めてくれたんだ。俺は真実の愛に目覚めてしまった。本当に愛していたのはナリヤだったんだ」


 どうやらジークハーツ様は私より数年早く目覚めたらしい。


 よく見てみると確かに記憶にあった姿より少し年をとっていた。


 そしてナリヤ嬢は、「ジークハーツ様をどうか怒らないで、とても辛そうだったんだもの。きっと放っておいたら死んでしまっていたわ。でも大丈夫、今は私が支えているから」と述べた。


 彼女はこの時代の巫女だ。


 神殿で働く巫女として、早く目覚めてしまったジークハーツの世話をしていたら、惚れてしまったという流れらしい。


 言葉を失うとはこのことだった。


 何が起こっているのか分からなかった。


 でも、気づいたら怒りがふつふつと湧き上がってきていた。


 家族や友人のいない世界でも、ジークハーツ様が、婚約者がいるから安心して百年物眠りにつけたというのに。


 ジークハーツ様、いやジークハーツはそんな私の心を裏切ったのだ。


 それから彼等は、変わってしまった世界の事をあれこれ説明したのち、私の当面の住居や、必要な手続きなどを説明してきた。


 それを、半分上の空で聞きながら。私はこれから二人をどうしてやろうかと考えていた。






 説明が終わった後、世界の救世主として歴史の偉人認定されている私は、豪華なお屋敷に案内された。


 そしてそこで、何人もの使用人に、体を洗われたり、服を着替えさせられたりした。


 それからの数日間は虚無状態だったが、


 生活に必要な事は使用人たちが色々やってくれるので、心の中が真っ白でも、何とか生きてはいけた。


 目覚めから一週間たった頃、私はようやく再起動。


 私を裏切ったジークハーツになんとか復讐をしてやりたいと考えられるようになった。


 この世界のこの時代に生きている証しである、指定の建物で住民用紙を発行して貰った後、私はとある場所へと赴いた。


「元恋人を、ぎゃふんと言わせる方法を教えてください」


 それは、とある占い師が勤める館だった。


 私に与えられていた屋敷の使用人たちが、よくあたる占い師としてたびたび話題に出していた。


 だから復讐のとっかかりを得るために、まずここに来ようと思っていたのだ。


 館の占い師は私の顔をみて「あれまあ」と口を開ける。


 私はまだ名乗っていないのだが、凄腕の占い師とも言われる人間だから、ある程度は相手の事が見ただけで分かるのだろうか。


「噂の英雄巫女さまがこんなところに、何の御用で? ものすごく恋愛関係で受難する相が出てますけど、そのまさかで?」


 その言葉に一瞬あっけにとられてしまった。


 話が早すぎる。


 どこからか内緒で情報を得ていたのではないかと勘繰りそうになる言葉だった。


 けれど、相手が私に害をなさないというのならそれでもいいだろう。


 人には色々な事情があるのだし。


 いっそジークハーツにも何か事情があったというのなら、まだ心が楽なのだが。


「その恋愛について占ってほしいのです。お金はきちんとお支払いしますので、なるべく詳しく」

「分かりましたわ。ではこちらの水晶に手をかざしてください」







 その占い師は、色々な事を教えてくれた。


 私がかなり恋愛で苦労する運命だという事。


 この先も生涯を共にする男性と出会うのは難しいという事。


 良い恋愛をしたかったら、他人の目を借りて判断する事。


 だ。


 ちなみに最後の事については、


 私一人で判断すると盲目になって、相手の良い所しか見なくなってしまう、からと続けられた。


 私にはどうやら、男を見る目がまったくないらしい。


 ショックだった。


 だからジークハーツのような男に騙されてしまったのだろう。


 半分は自分の責任だったというわけだ。


 真っ白な灰になりたい気分だった。


「それでもやり返したいというならば、虫を利用するといいですわ」


 けれど、そんな私におかまいなしに占い師は話を続けてくる。


「虫、ですか」

「件の男性を見通したところ、幼い頃に毛むくじゃらの虫が顔面にふってきたという光景が見えましたわ」

「はぁ」

「後は、劣等感ですわね。彼は次男だったのでしょう。長男が何でもできる天才肌だったため、人と比べられる事が嫌いらしいですわ」


 それは以前から聞いていた。

 この時代には生きてはいないだろうが、彼には上の兄がいたという事を。


 劣等感があるとまでは聞いていなかったが。

 あと、虫も知らない。


 つくづく私は、ジークハーツの事をよく見ていなかったのだなと思い知らされる。


「そして、おばけが苦手みたいです」

「子供みたいな弱点ばかりですね」


 色々考えるよりも先に、思わずそんな言葉が出た。

 あまり年下系の男性は好みではなかったのだけれど、そんな面があったとは。

 占い師はふふ、と笑いをこぼす。


「英雄巫女様も、私達と同じ人間ですから。間違えた事を恥じ入る必要はありませんわ。今私が見通したことを参考に、じっくりと自分がなすべき事を考えてください」


 とりあえず私は、彼女にお金を払って、お礼を言った後、館を出ることにした。

 







 一生働かなくても生きていけるだけの財産はある。


 なんといったって世界を救った英雄なのだから。


 けれど、それだとろくでもない人間になってしまいそうだ。


 だから私は、巫女としての力を活かせないか考えた。


 ジークハーツの事はしばらく置いといて、だ。


 それで色々とこの世界を調べた後、浄化巫女として働く事を考えた。


 邪神という脅威がなくなっても、巫女の仕事は必要とされている。


 巫女の元々の仕事はそもそも、神様や精霊に祈りをささげて、土地や人々に加護を分け与える事だ。


 だから巫女たちは時代がかわっても、災害で弱った土地や、流行り病の発生で病気になった人が多い土地などで、活躍している。


 私は、そんな巫女の一人として活動しようと思っていた。


 けれど。


 各地に巫女を派遣する組織に連絡を取り、登録をしようとしたら、


「この世界の救世主様に、そんな事させられません」


 と言われてしまった。


 そう言われると、何もできなくなってしまう。


 私は別に、人から大切にされたくて、長い間眠りについていたわけではないというのに。







 どうしようもない日々を送っていたら、私の屋敷に尋ねてくる人がいた。


 誰だろうと思って対応すると、それはジークハーツの兄だった。


 百年前に生きていた人間。


 今の時代では、当然死んでいる者だとばかり思っていたが、なぜ彼が?


 私は、理由も分からずに困惑するしかなかった。


 客間に通されたジークハーツの兄。キースアーツが頭を下げる。


 彼は口を開いた。


「お久しぶりです、とは言えませんね。百年前は直接顔を会わせたことがありませんでしたから」

「えっ、ええ。お忙しいようでしたから」


 キースアーツは騎士として国に使える人間だ。


 重要な任務を言い渡される事が多かったため、初めて顔を見るのは結婚式になるとばかりに思っていた。


「なぜ? キースアーツ様がこの時代に?」

「それは話せば長くなるのですがーー」


 使用人にお茶とお茶菓子を出してもらい、ソファーに腰かけてもらう。


 小一時間かけて教えてもらったのは、私が眠った後の事だった。






 邪神を倒すために、私が水晶の中で眠りについた後。


 ジークハーツは、眠らずにしばらくあの時代で過ごしていたらしい。


 そして、私の実家に寄って借金をしたようだ。


 私は知らなかったが、彼には賭け事で様々な人から借りたお金があったようだ。


 それで、私の実家は散々彼に困らされていたとか。


 けれど、それをキースアーツ様が嗜めて、やめさせた。


 すると今度は、依存性の高い薬を売りさばいたり、盗品を扱う市場に顔をだしたりと、法に触れる行いをしだした。


 世界を救う巫女の伴侶(予定)といっても、さすがにそんな行為を見逃すわけにはいかず、牢屋行きになったそうなのだがーー。


 ジークハーツは、看守を買収して脱獄。


 邪神の影響で生み出された異形の生物ーー魔物を、自分のお金で雇った傭兵に討伐させて、各地の村々や町々からお礼を払えと言い、金品を巻き上げていたようだ。


 ある程度稼いだジークハーツはある時、はったりと行方をくらましてしまった。


 まったく情報がそれきりあがらなかったので、みんな魔物に殺されたのではないかと思っていたらしい。


 しかし、キースアーツが所属していた騎士団の調査で、とんでもない事が判明した。


 ジークハーツに邪神の魂が宿ってしまっているという情報だ。


 封印される寸前に、邪神は最後の抵抗をして、自分の魂を切り離したらしい。


 それで、ジークハーツが悪さをするようになったのだとか。


 調査はその後も続けられたが、長い間ジークハーツは見つからないまま。


 不死研究や人工生命研究などを行った形跡のある、怪しげな潜伏施設や、金品・所持品の保管庫は見つけられたものの、肝心の本人の行方は手がかりすらつかめない状態。


 だから、数年たった後にキースアーツが水晶の中に封印される事になったのだ。


 ジークハーツが次に活動するとしたら、百年後ーー私が目覚める時だろうと。






 そこまで説明したキースアーツ様は、「案の定、と続ける」


 何らかの方法で百年眠っていたジークハーツは、この時代の数年前に目覚めた。そして、つい最近私が目覚めた揺りかごの神殿に顔を出したのだ。


 彼は、闇の力を使ってそこで働いている人達を洗脳し、私に接近。


 亡き者にしようとしていたらしい。


 けれど、私が眠っていた場所とは違う場所でキースアーツが目覚めるのを察したのだろう。


 何もせずに逃げたのだという。


「本当なら、こんな事は君に知らせたくはなかったのだが、こちらも再び手詰まりになってしまって」

「いえ、教えて下さってありがとうございます。あの人の急激な心変わりの疑問がとけましたわ」

「いや、もともと素養がなければ邪神の器にならなかったらしいので、何とも言えませんが」

「ーー」


 少し許しかけたけれど、やはりジークハーツはあまりいい人間ではなかったらしい。


 私は結局彼に騙された間抜けな女だったという事だ。


「こちらの力不足の結果、代償をあなたにも払わせることになってもうしわけない」


 そこで、キースアーツは深く頭を下げた。


「頭を上げてください。彼の本性を見抜けなかったのは私が愚かだったせいなのですから」


 私は全ての責任を彼に押し付けるつもりはない。


 他の大勢騎士が解決できなかったのなら、彼一人が頑張ったくらいで解決できるとはあまり思えなかったというのもある。


 反省しているのなら、なおさらこれ以上何かをいう事はなかった。







 ジークハーツの動向をさぐるため、キースアーツ様はしばらく私の屋敷へ留まる事になった。


 狙われているのが私なのだから、当然の行動だろう。


「もしも邪神がやってきたとしても、安心してください。私の命にかえても貴方をお守りします」

「あっ、ありがとうございます」


 しかし、異性と一つ屋根の下というのは少し緊張してしまう。


 ジークハーツは、自分が前に出る性格で「背中を見てついてこい」という人間だったが、キースアーツ様は「あなたのやりたいようにしてください。けれど必要ならば手を貸しましょう」という人間だったから。


 私は生まれてきてから、あまり自分の意見を尊重された事がない。


 優れた資質を持つ巫女だから、巫女になってあたりまえ。巫女になるべき。


 巫女はそういう存在だから人につくすべき、人に優しくするべき。


 そう言われてきたから。


 自分で選んだ生き方だから、文句をいうつもりはないけれど、もう少し私の意見も尊重してほしかったのだ。


 だから、キースアーツ様の事が気になってしまうのだろう。







 お昼前。


 屋敷の庭を散歩していたら、キースアーツ様が話しかけてきた。


 私が花を見ているのを見て、彼が目を細める。


「巫女様は花がお好きなのですね」

「ええ、心が癒されるようなので。できれば自分でも育ててみたいのですけど。使用人たちがさせてくれなくて」

「なら、部屋の中でこっそり育ててみるのはどうでしょう」

「植物とは建物の中でも育つのですか?」

「ええ」


 彼は巫女だから、働くなとか何かをするなとかはいっさい言わなかった。


 巫女の力を持っているから、その力を役立てるべきだとも。


「巫女様はこの時代では、花屋になっていてもおもしろいかもしれませんね」

「そうですね」


 美しい花々に囲まれながら、人々にあった花を売る光景。


 それはとても心の踊る光景だった。


 以前なら考えられなかった空想だが、今は何の抵抗もなく頭の中に描く事ができる。


 巫女だから巫女として生きていかなければと思っていたけれど、別の道に進んでもいいのだと彼に気づかされた。







 そんな事があってから一週間後。


 状況が動いた。


 私の屋敷にナリア嬢が押しかけて来た。


「私のジークハーツ様を、誘惑しているメスブタ巫女はいったどちらなの!?」


 それもかなり、かんかんに怒っている状況で。


 私は目を丸くしながら、対応に出ていく。


 その隣にはもちろん、キースアーツ様もだ。


「ナリア様、本日はいったいどういった用件でーー」

「お久しぶりですわね! 英雄巫女様! 単刀直入に言います! あなたは彼にふられたんだから、さっさと諦めて下さいな!」

「なんの事ですか?」


 しかし、彼女が何についてそんなに怒っているのか、まったく心当たりがない。


 彼女はぷんぷんとしながら、頭から煙を出しそうな勢いで言葉をまくしたてる。


「とぼけないで! 彼が困っていたのよ。あなたにつきまとわれてうんざりしていると!」

「えっ? いえ。そんなはずは。私は最近、この屋敷から一歩もでていません」

「嘘を言わないで!」


 かなり興奮したナリア嬢をなだめるのには、一時間以上もかかった。


 しかし、使用人たちからも「私が屋敷からでていないと」証言してもらったため、ナリア嬢は次第に落ち着いてくれるようになった。


 そして、いったんこの屋敷から飛び出していった彼女は、なぜか占いの館の名刺をにぎりしめながら戻ってきた。


「うっ、嘘をついていない。本当のこと? あなたが言った事は本当に?」

「はっ、はい。真実を述べているとこの場にいる全員に誓います」


 私がきっぱりとそう述べると、そのばにへたりこんだ。


 ここに来た時とはうって違って、弱々しい表情になったナリア嬢。


 彼女はぽろぽろと涙を流し始めた。


「ううっ、くやしい。騙されていたなんて。男運が悪いってあの占い師に言われたことを信じていれば」


 どうやら彼女も私と同じ星の下で生まれてしまったらしい。


「いずれ結婚するからと言って、お金を何度もあげてちゃったわ。私を必要としているといったのは、嘘だったのね!!」


 なんだか他人事には思えなくなってしまった。


「この屋敷に来るまでに、特急馬車を使うために、貯めていたお金もだいぶへっちゃったし、これからどうすればいいのよ。えーん!」


 特急馬車とは、百年前にはなかった乗り物だ。


 足の速い馬をどこかの大陸で発見したため、その動物をつれてきて、馬車の箱をひかせている。


 普通の馬より早いが、その分料金が高いらしい。


「実家からも勘当されちゃってるのに。えーんえーん!」


 大泣きし始めたこの女性をどうにも放っておけなくて、なんとかならないかと考える。


 なんだかんだもめている間に、外はすっかり夕暮れだ。


 窓から赤い光が差し込んできている。


 すると、玄関の向こうが騒がしくなった。


 対応にでた使用人が、「お届け物だそうです」と伝えてくるが。


 私は何かを頼んだ記憶はなかった。


「おかしいわね。間違いではないかしら?」


 いぶかしんでいると、傍にいたキースアーツ様がはっとした顔になる。


 彼は大泣きしている女の子に問いかけた。


「ナリア嬢、ジークハーツにここに来ることを伝えているのでは?」

「ひぇっ? はい! 伝言で書置きに。特急馬車の事は内緒ですけど」


 すると、キースアーツ様の顔がみるみる険しくなる。


「ーー到着時間を予想して、まとめて面倒な人間を消そうとするならば、どうする? だとしたらまさか」


 彼が何かに気付いた様子で、それについて口に出そうとする。

 しかし、それより一瞬早く、辺りを爆風が包む混んだ。


「きゃーっ!」

「きゃあっ!」


 とっさにキースハーツ様がかばってくれなかったら、火傷していたかもしれない。


 ナリア嬢と共に、地面に倒された私達の上に、キースハーツ様が覆いかぶさる。


 視界を遮る煙の中、焦げ臭いにおいがあたりに漂った。


「ごほごほっ! なにこれ!」

「爆発!? もしかして配達された荷物が?」


 私はそこでやっと気づいた。


 これをしかけたのは、ジークハーツだと。


 しぼりとるだけしぼりとったナリア嬢と、やっかいな私達を始末するために、罠をしかけたのだ。


 けれど向こうにとって誤算だったのは、ナリア嬢が特急馬車を使っていた事。


 まさか、全財産が少ない女の子が、そんな事をするとは思わなかったのだろう。


 本来ならば、ナリア嬢が癇癪を起している間に、馬車がついて誰にも気づかれないうちに爆発するはずだったのだ。


 けれど、そうはならなかった。




 晴れていく煙の中、立ち上がると、壊れた玄関からやってくる人影。


「悪運の強い奴だな。今ので死んでいればよかったものの」


 それはジークハーツだった。


「目覚めた時といい、巫女とは悪運が強いものらしい」


 いや、ジークハーツではない、目の前の男は邪神だ。


 キースアーツが、剣を抜いて切りかかる。


 邪神も、持っていたらしい剣で応戦しはじめた。


 二人の力量は互角だった。


「めざめたばかりでなければ、邪神としての力を使えたのだが。この時代の騎士団は優秀だな。そうもいってらえなくなった」

「なるほど、その様子だと。他の者達がお前にたどり着きつつあるといった所か。それで罠を使うとは、よほど焦っているようだな」


 このままだと永遠に決着がつかないだろう。


 だから私は、巫女としての仕事を全うする事にした。


 神に、精霊に祈りを捧げて、人に加護の力を与える。


「ーー、ーー、ーー」


 専用の祈りの言葉を綴ると、キースアーツ様の体が光り出した。


 すると、彼の動きが素早くなる。


 彼がふるう剣の一撃も重くなっていった。


 一手、二手、戦うごとに強くなるキースアーツ様は、とうとう相手を追い詰める。


 なんとか決定打を引き出したい。


 そう思った私は、屋敷の中を見回した。


 最近家の中で育て始めた植物が目に付いた。


 鉢植えが倒れて、土がこぼれている。


 その土の上をはいずっている芋虫の姿が見えた。


 私は心の中でその芋虫に謝りながら、指先でつまみ上げた。


「貴方の嫌いな虫よ! 食らいなさい」


 そして、邪神に向かって投げる。


 少しでも隙が作れるのなら、と思ってした行動だったが。


 効果があったようだ。


 敵はうろたえた。


 その隙を見逃すキースアーツ様ではなかったようだ。


「これでとどめだ!」


 そして、とうとう渾身の一撃が急所を貫いた。


「がはっ! おのれ、人間め!」


 胸から血を流す邪神がその場に倒れ伏した。


 恨みがましい視線を送る邪神の体は砂のように崩れていき、玄関にあいた穴から吹き付けてくる風にさらわれていく。


 けれど、完全に消えていく前に、ジークハーツの声で語り掛けてきた。


「たすけてくれ。本当は君を愛しているんだ。のっとられていただけで」


 私はその言葉を聞いて、一つだけ謝る事にした。


「私は、もう愛していないわ。すぐ覚めるような愛をあなたに抱いてしまって、ごめんなさい」


 けれど、それ以上は謝らない。


 もともとの気質がなければ邪神になんてのっとられなかったはずだから。


 きっと彼の心の中には、私に対する悪い感情がたくさんあったのだ。


「もう全部、ここで終わりにしましょう」


 愕然とした彼は、完全に砂と化して、そのまま風にさらわれて消えていった。


 

 




 その後、


 世界を再び救った英雄として、私の名前は有名になった。


 もはや知らないものなどいないほど有名人になってしまったが、私は静かな人生を送り続ける事にした。


 褒美も名声もいらなかった。


 第二の人生の贈り方は、もう決まっていたから。


 どうにも放っておけなかったので、ナリア嬢を使用人にして、生活の保障をしたり、


 キースアーツ様とたまに花の育て方について話をしたりしながら。



 




 変装の準備をした私は、勤め先へと馬車を急がせていた。


 身支度を手伝ってくれたナリアは、ぷんすかしている。


 怒りっぽい気質はやはり元からだったようだ。


「この間のお客さん、信じられませんよね。一時間も店に居座って、迷惑ですよ! キースアーツ様にいいつけましょうよ」

「いいのよ。きっと奥さんに先立たれて寂しいのだから」

「そうですかね? そうだとしてもあんまり甘く見過ぎるもどうかと思いますよ! 調子のってもっと店に長居されるの大変ですし」


 向かう先は花屋だ。


 少し離れた所で馬車から降りた私は、ナリアと共に彩り豊かなお店の前へ。


 そこには、一番客であるキースアーツ様がいた。


 彼は手を上げて、軽く挨拶。


 キースアーツ様は、仕事場に行く前に必ず花を一輪注文してくれるのだ。


 裏口から入った私達は店長に挨拶して、すぐ仕事にとりかかる。


「さあナリア、今日も頑張りましょう。もう最初のお客さんが着ちゃってるんだもの」

 

 自分で選んだ第二の人生は、とても充実した花の様な彩りで満ちていた。

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この仕事が終わったら結婚しようと言われて百年経ちましたが…… 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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