第91話 弔い
「みんな無事かい?」
「わしの手以外はな!」
戻ってきたアルスへと、半ギレになりながら応えるユエ。
誰がどうみても自業自得であったが、行き場の無い怒りがアルスを襲う。
本隊に比べれば数が少なかったとはいえ、アルスとイーナもまた、返り血まみれになる程度には激しい戦闘だったようだ。イーナのうんざりとした表情からもそれは容易に想像できた。
待機していたおかげで魔力を温存することが出来たソルとフーリアによって、ユエ達一行の丸洗いが終わった頃、調査に専念していたレイリ達も合流する。
戦闘に関してはすっかり信用を得ているのか、アクラなどはスコルの事などまるで意に介さない様子で戦闘中ずっと尻を向けていた程だ。
「で、何かわかったんじゃろうか」
「戦闘を任せておいて申し訳ないが、結論から言えば何も分かりませんでしたね」
「つーか、正直ここらはまだまだ浅い。下層まで行かねぇと具体的な事は何も言えねぇな」
先の料理姿からも分かるように、見た目の割にアクラは調査などの細かい作業が得意だ。そのうえ見るからに頭脳担当であるレイリまでもがそういう言うのだから、恐らく本当に大した事は分からないのだろう。
結局のところは下層まで進むしか無い、という当たり障りのない結論を出した一行は、ここで一晩を明かすことにした。
そうして野営の準備を終えたころ、ユエは野営地から少し離れたところで、アルスとフーリアが何かをしている姿を目にした。
近づいて見れば二人は地面に穴を掘り、全滅していたパーティの亡骸を埋葬しているところであった。
「む、埋葬か」
「あ、うん。幾つかの遺留品は持って変えるけど、遺体はここに置いていくことになるからね。そのまま野ざらしじゃあ可哀想かなって」
「普段は私達もここまではしないんですけどね。今回は時間がありましたから」
探索師をしていれば人が死ぬ場面など、それこそ飽きるほどに見てきているだろう。
彼らほどのベテランともなれば尚更だ。しかし見慣れているからといって、そう割り切れるものでもない。
「自己満足かもしれませんが、死者の魂が少しでも安らかに眠れるようにと思いまして」
「ほーん」
「大姉様はあまりそういう事には興味ないですか?」
適当に頷いたユエの姿が、フーリアには無関心なように見えたのだろう。彼女にとっては、死者の魂とは紛れもなく存在するものだ。というよりも、基本的にエルフという種族は皆、霊的な存在を肯定する者が多い。エルフという、精霊と近しい種族であるが故の考えと言えるが、鬼人族であるユエは違うのだろうかとフーリアは疑問を投げかけた。
「いや、どうじゃろうな。個人的には、人は皆死ねばただの肉と血の塊じゃと思うておるがの。魂なんぞ、と思わんでもないが、わしは過去にそれで痛い目を見ておるからのぅ・・・否、今もか」
「痛い目、ですか?」
「うむり。まぁそれは置いておくとして、じゃ。人のみならず、物や草木、果ては言葉にすら魂は宿るという。おぬしらの行いは決して無駄ではなかろう」
「言葉にも魂ですか・・・あまり聞いたことのない考え方ですが、なんというか・・・大姉様が言うと不思議と含蓄があるような気がしますね」
「そうじゃろ?わしから溢れる威厳に恐れ慄くがよいぞ」
過去、己の槌に魂を注ぎ込めなかったが故の未練。
それがあったが故の言葉であったが、フーリアには今ひとつ理解が出来なかったらしい。八百万の神や言霊といった考えは、ひどく日本的な考え方だ。この世界の住人であるフーリアには伝わらずとも致し方ない。
「ま、ほどほどにな。わしはもう戻る」
「うん、僕らも終わり次第すぐ戻るよ」
そう言ってユエは二人へと背を向けた。
自分は既に一度死んでいる。死者が死者を弔うなどと、一体なんの冗談だ。
自分に出来ることなど、目の前の命を拾うことと、自分だけがこうして二度目を許された、その幸運を噛み締めて精一杯生きることくらいのものだ。
そう考えるからこそ、ユエは死者に頓着しない。
フーリアの目に映るユエの後ろ姿は、どこかちぐはぐに見えた。
* * *
明くる日、一行は予定通りに45階層を出発。
徐々に激しくなる歪魔の攻撃を払い除けながら、一日をかけて60階層まで到達した。これは相当な探索速度であるといえる。
ここから先は、ユエ達にとって未知のものとなる下層だ。
厳密に言えば46階層より先は全てが未知ではあるのだが、31~60までは括りとして言えば同じ中層だ。
とはいえ、
迷宮特有の狭い通路や入り組んだ場所なども、レイリやアルス達といったベテラン探索士達と共にいる以上は問題にもならない。
結局、下層に入っても探索速度が極端に落ちるようなことはなく、快調なペースで探索は進んでいった。まさに破竹の勢いで探索を続ける一行の足が止まったのは、下層の中でも後半、80階層に到達した時のことだった。
その階層は、足を踏み入れた瞬間に理解るほど異様な気配が漂っていた。
最初に気づいたのは意外にもユエであった。
「物音が全くせんぞ」
「嬢ちゃんの耳で聞こえねぇってのは、ちと臭うな。歪魔の足音や唸り声もか?」
「うむり。強いて言うなら空気の流れる音くらいか」
ここまでの階層では無かった現象だった。
少なくとも、歪魔の歩く足音や水滴の落ちる音くらいは聞こえていた。
だがこの階層ではそれが無かった。
極端に遠くなければ、歪魔の息遣いさえ聞き分けるユエの耳だ。それが意味するところは、少なくともユエの探知範囲内には一体の歪魔すら存在しないということ。
ユエの発言を受けて、ソルが階層内に探査魔術を使用する。
魔力を波のように変質させ、放った魔力の反響を拾って敵の位置を補足する、謂わばソナーのような魔術だ。探査魔術には幾つかの種類があるが、今回使用した魔術は迷宮のような閉所であれば最も高い効果を発揮する。
「・・・反応がありませんね。少なくともこの周囲には、ですが」
「これは当たりかな?」
「まだ断言は出来ない。だが注意するに越したことはないだろう」
ソルの言葉に、アルスとレイリが各々の意見を口にする。
未だ細かい状況は理解らずとも、長年の経験で培った二人の勘は、ここが事件の発端であることを告げていた。
慎重に探索を進める一行であったが、いくら歩けど歪魔とは遭遇しない。
歪園内ではほとんど有り得ない状況に違和感は増すばかりだった。
そんな中、ソルだけはこの状況に既視感を感じていた。
(あの時と似ていますね。それに魔素も・・・)
それは数ヶ月前の、アルス達と合同で行った歪園探索。
今の状況は、あの戦いの時と酷似していた。迷宮といえどここは歪園内、歪魔が居ないことや、何処かへ流れるように続いている魔素の残滓までが同じだった。空気中に漂う魔素を目視出来るソルだからこそ、気づいたのかもしれない。あの時と違う事といえば、魔素の流れが二つあることくらいだろうか。
「お姉様」
「む?」
「警戒を」
「・・・ふむり。何か見えたか?」
「魔素が希薄です。二方向に別れ、この先へと流れています」
「・・・なんか聞き覚えあるのぅ」
普段であれば阿吽の呼吸で義妹の言わんとすることを察するユエであったが、最初声をかけられた時には今ひとつピンと来なかった。だがここまで言われれば、魔素の見えないユエにも思い当たるものがある。
「む?待て、二方向じゃと?」
「はい。ですが、迷宮の深部ということもあってか、伸びる魔素の糸はそれぞれがあの時と同様の濃度です。最悪の場合あれが二体、という可能性もあるかと」
「・・・なんじゃろ、急に帰りたくなってきたんじゃが」
あの時は随分と苦労させられた。下手をすれば死んでいたかも知れない。
今回はアクラの大盾を初めとして、この閉所では"宵"も使いづらい。ソルの魔法に関しても味方を巻き込む可能性が高い。
前回よりも人数が増えているとはいえ、状況は些か不利に感じられた。そんな中で、もしもあの時と同じものが二体居るというのなら、それは大変宜しく無い展開だ。
ひとまず情報を共有するべく、皆へと呼びかけることにしたユエ。
退くにせよ、進むにせよ、今回判断を下すのはリーダーであるアルスだ。こと歪園内に於いては自分よりもよほど判断力に優れているであろう彼に丸投げするのが一番だ、という考えである。
「───と、まぁそういう訳じゃ」
「・・・参ったな」
「うげぇ・・・最悪ッス。帰るのがベストッス」
「はいはい!私も帰りたくなってきたんだけど!」
説明を聞いたアルスは、判断に迷っているのか腕を組んで動かなくなった。
エイルとイーナの面倒くさがり二人は帰還を提案する。否、気持ちの上ではユエとてさっさと帰りたかったが。
一方で、話には聞いていたものの、実際の"厄災"をその目で見ていないアニタとレイリは判断するだけの材料が足りないと考えているのだろう。
「私達はこの目で見た訳では無いですからね。アルスの判断に任せましょう」
「私はちょっとだけ戦ってみたいかも・・・ちょ、ちょっとだけね!」
脳筋組のアニタは控えめに戦闘を推している。同じく脳筋組のアクラもまた、戦闘の必要性を感じているらしい。その表情は実に面倒そうではあったが。
「俺も進むべきだと思うぜ。これまで問題にならなかったって事は、恐らくは今まで深層のもっと深いところにいたんだろうよ。つーことは、放っておいてもいつか戦う羽目になる。なら、戦力的には今がベストだ」
ユエとソル、フーリアは正直どちらでも良かった。
アクラの言うことにも一理あると思っていたし、面倒だというのも確かだった。
こうして意見は綺麗に割れた。アルスとしても軽々に判断することが出来ない状況で、珍しく困り果てた顔をしている。
そんな中、一際力強く声をあげた者が一人。
「是非。戦いましょう。私はこのためにここへ来たのです。願ってもない好機と言えるでしょう」
ふんす、と張り切り言い放った脳筋公爵は、そのまま言葉を続けた。
「実際。アクラ殿の言う通り放置は出来ません。万が一このまま低層まで来るようであれば、イサヴェルの受ける被害は甚大なものとなるでしょう」
歪魔が迷宮を進んで来るなど普通では考えられない事態だ。そんな普通ではない歪魔が、基本法則に従って歪園から出てこないとは限らない。
そうでなくても、イサヴェルは迷宮を一つの産業として扱っている。このまま迷宮が閉鎖され続ければ、街が被る経済的な被害は計り知れないだろう。
「故に。私はここで仕留めることを提案します」
悩むアルスはこの一言で決断する。
アルスは基本的に、誰かの助けになるのなら行動するべきだと考えている。それは探索に限った話ではなく、日常生活に於いてもそうだ。『輝剣の勇者』とは、そういった彼の行いを称えて周囲が呼んだ名だ。本人は嫌がっているのだが。
「よし、進もう」
「ヴェー!くそぉ・・・戻ったら奢ってよね」
文句を言いながらも、イーナはアルスの決定に異を唱えなかった。
そうして一行は進み始める。これまでとは違い、感覚に優れるユエを先頭に、魔素の流れを追うことの出来るソルがそれに続く。
進むにつれ徐々に濃くなる魔素の糸を辿り、歪魔の一体とすら遭遇しないままに歩くこと数十分。一行は伸びる二本の魔素の内、片方の出処へとたどり着く。
ユエがソルに目配せをすれば、ソルは無言のまま頷き返す。
通路の出口からユエが少しだけ顔を覗かせて、その先の様子を伺った。
そこは辺り一面に鉱石の破片が散らばる、まるで採掘場のような広場であった。
壁のいたるところからは水晶のように透き通った鉱石が突き出しており、流れる地下水が小さな川を形成している。足の踏み場もない程に散らばった鉱石の欠片は大小様々で、よく見れば粉々に粉砕されたものもあった。
ユエの眼には、そんな広場の中心で身体を丸めて眠る、漆黒の狼のような何かが見えていた。
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