第20話 統括騎士団長
「────以上です」
「ええ。ご苦労さまでした」
エルンヴィズ王国第一騎士団。王都にあるその隊舎の一室で二人の男女が会話していた。
第一騎士団は近衛であり、王城内の警護を担当することが主である。
二人が会話しているのは王城のほど近くにある、その隊舎の中でも一際広い一室で、つまりは団長室であった。
第一騎士団長は近衛の長であると同時、六ある全ての騎士団の統括でもある。
各騎士団に任務を割り振ることは第一騎士団長の仕事であり、そして報告を受けるのもまた第一騎士団長の仕事であった。
騎士団に所属する者は騎士だけではなく、一般の兵も含まれる。要するに第一騎士団長とは王国における軍部の最高責任者ということになる。
そんな軍部で最も偉い女が、自室で部下から任務終了の報告を受けていたのが今の状況である。
第一騎士団長ベルノルン・ヘルツ・フォン・イサヴェル公爵は齢二十七という若さで、このエルンヴィズ王国の王国第一騎士団長を務める才女であった。
彼女個人の肩書としてはエルンヴィズ王国統括騎士団長となっている。
武を修めた者故か、鋭く射抜くような目つきに、
なお"歪園都市"である街イサヴェル、その周辺一帯のイサヴェル領を治めているのが彼女の家である。
今しがた彼女へと報告を終えた男が、ようやくといった様子で安堵する。
そんな彼へとベルノルン騎士団長が声をかける。
「団長。そう緊張しないでください、年下の小娘に。口調も崩して構わないと言ってるではありませんか」
「いやいや・・・一応報告している間くらいはな」
「どうぞ。お座り下さい。リンディ、お茶をお願いします」
「有り難い。喋りすぎて喉が乾いて仕方ないぜ」
そういって男、第二騎士団長シグルズはソファへと腰掛けた。
鎧は着ていなかったが、もとが大きな彼が座るとソファはどこまでも沈んでゆく。
すっかりと彼の体重を受けきったところをみると、ソファの高級度合いも分かるというものだ。
声をかけられた、副官であるリンディと呼ばれた女性が、すぐに二人分の紅茶を用意した。
「それで。率直に言ってどうでした?今回の件は」
「思ってた数倍は厄介だったよ・・・言い訳をさせてもらえば、情報部のアホ共がまともな報告よこしてりゃもうちょい、やりようはあったが」
先の報告でも伝えていた事だが、今回の一件で第二騎士団からは死傷者が出ている。
死者は一般兵が二十二人、騎士が七人。歪園攻略を主な任務とし、総勢で数百人ほどしか居ない第二騎士団全体から見れば、決して少なくない数である。
特に騎士を七人失ったのは大きな痛手であった。
「情報部。こちらからも突ついておきましょう。戦場において情報の確度は生死に直結しますから」
「半人型の歪魔が居るかも、ってのがわかってりゃもっと連れて行ってた。それこそ第三騎士団のやつらも一緒にな」
「ですね。むしろあの程度の数で良くやってくれました」
「アルヴからの援軍がなけりゃもっと被害は増えてただろうよ。迅速に対応してくれたバルドルと陛下には感謝しかねぇな。確かに油断してた事には言い訳もできねぇが・・・下手すりゃ俺も副官も死んでたぜ」
そう言って当時の様子を思い出すシグルズ。
スコルへの対応の時点で苦心していた所に、もしもあの二人が来ていなければ。
初手の対応を間違えていた時点で、自分もアルヴィスも件の歪魔にやられていた可能性が高い。
当時はミムル翁を呼んでもらおうとしていたが、歪魔の特性上、あの二人が来たことは結果的に最善だったと言える。
そこまで読んでいた訳でもあるまいに、2人を派遣してくれた陛下と、それを為したエルディス侯爵の手腕に感謝すること頻りであった。
「それです。先程の報告にもあった王女殿下とその義姉。ミムル様から度々聞かされていましたが、その殆どはただの親馬鹿でした。やれ可愛い、やれ賢い、と」
「俺も最初見た時は半信半疑だったよ。なにしろこんな小っこい嬢ちゃんと、箱入りの王女様だ。失礼だが、暇つぶしの視察にでも来たのかと思ったぜ」
「ですが。それは違った、ということですか」
「ああ、たまげたぜ。ありゃお前とは別ベクトルでの、一種の化け物だと言っていい。これでも俺は騎士団長だし、腕に自信もある。ノルン、王国の誇る"
「確かに。私でも、貴方の防御を貫くには多少の時間がかかるでしょう」
ベルノルンは何か一つに特化しているというよりも、全てに於いてを超高水準でこなす剣士と言われている。
彼女には特に苦手な手合というものが存在せず、二振りの剣を自在に操り相手を封殺する。
そんな彼女をもってしても、攻撃に特化しているわけでは無い以上は、防御に徹したシグルズを崩すことは簡単なことではなかった。
無論相性の問題もあるだろうが、そう言われたベルノルンは気を悪くすることもなく、ただ現状を認めるのみであった。
「だがあの嬢ちゃん・・・姉の方な。ありゃダメだ。あん時は驚きが勝って、ちゃんと判断できなかったが、今なら勝てないと断言できる」
「貴方が。それほどまでに手放しで褒めるほどですか」
「まずあのアホみたいな
「はい。そして彼らは力の強い種族ですが、その分速度は遅い」
つまりベルノルンは、力で叶わないなら躱せばそれでいいのでは、と言外に伝えている。
それを受けてもシグルズの反応は変わらなかった。
「俺もそう思ったぜ。だがあの嬢ちゃんは、鬼人族の常識を遥かに超える膂力を持ちながら、それでいてアホみたいに疾い。恐らく手を抜きに抜いているであろう状態で、既に俺の眼じゃ追いきれなかった。ついでにいうと技術もずば抜けてる。初見の歪魔の攻撃に、合わせて
「つまり。力と速度に特化していながら技も冴えている、ということですね」
「しかも本人は魔術が使えないらしい。つまりは身体強化なしでそれだ。な?化け物だろ?・・・強いて言うなら、集団での戦闘に慣れてなさそうだったな。気負い過ぎるところがあるように見えた」
そうしてユエを評したシグルズの話が一段落した。
彼は彼が見て感じたことを素直に評したが、結局のところ、剣にしろ槍にしろ魔術にしろ、武というものはやはり自分の眼で見てみないことには判断できないこともまた事実である。
「信じ難い。ですが武を重んじる者として、とても興味があります。できれば会ってみたいですね」
「すげぇノリのいい嬢ちゃんだったぜ。あと貸し一つとかいって"朝露"まで放ってよこすくらいには度量がある」
「随分と。大きな借りを作ってしまいましたねシグルズ団長。知ってます?また値段上がってましたよ、アレ」
「マジかよ・・・飯奢るだけで許してくれるらしいぜ。丁度あの嬢ちゃんが女神様に見えてきたところだ」
もともと非常に高額で取引されている"聖樹の朝露"の値段は、現在王国内でも数が減り、その金額は鰻登りであった。
貸し一つで済ませてもらえなければ、今頃シグルズは露頭に迷うどころでは済まなかっただろう。
「さておき。王女殿下の方はどうだったのですか?彼女もまた、ミムル翁の言に違わぬ実力だったのですか?」
「ああ・・・まぁなんだ。
「よもや。まだ彼女は十七歳かそこらだった筈です。その歳で、かの賢者殿と同水準とは・・・アルヴが我が国と同盟国で、本当に良かったと改めて思いますね」
「全くだ。あとはすげぇシスコンだったな」
「そうですか。・・・いえそれはどうでも良いのですが。それよりも。」
そう言って早々にソルの評を締めようとしたシグルズであったが、目の前の彼女を誤魔化すことなどできなかった。少し露骨すぎたかと顔を顰めるシグルズ。
「気になります。貴方は今、
「言うな、俺も自覚はしてるんだよ・・・あー、まぁそうだな。それ以外に問題があったんだよ。だが詳しくは言えねぇ。例え相手がノルン、お前であってもだ。誰にも言わないと、そう剣に誓っちまった」
「・・・結構。騎士が剣に誓ったのならば違えることは許されません。貴方ほどの方がそう言うのであれば、これ以上の追求はやめておきましょう。戻っていただいて構いませんよ」
「済まねぇな・・・一つ言える事があるとすれば、あの国と戦争だけは止めてくれ。もしそうなったら俺は田舎に帰って畑でも耕すことにするぜ。お茶、ごちそうさん」
そういってシグルズは席を立ち、ベルノルンの執務室を後にした。
さて、今の会話で彼女は何かに気づいてしまっただろうか。否、
ユエとソルとの約束、そして国へと忠誠心との間で板挟みになっているせいか、胃が痛むのを感じながら彼は第二騎士団の隊舎へと戻っていくのであった。
「戦争。支援魔術?いいえ・・・超広域魔術?否、それは不可能な────」
そんな彼の背中が消えた後、ベルノルンの呟く声だけが部屋に響いていた。
* * *
その後自分の執務室へと戻ったシグルズはアルヴィスにお茶を入れてもらっていた。
傷んだ胃に染み入るような、香りの良い紅茶であった。
「お疲れ様です団長。どうでした?怒られました?」
「どうもこうも、ただ報告してきただけだよ」
「よかった・・・美人なんですけど、ちょっと怖いんですよね、統括」
「目つき悪いからか、そういうイメージを持たれやすいヤツではあるな。実際にはそんなことねぇんだけどな」
自室に戻ってきたことで幾分リラックスした様子で先程の様子を伝える。
報告など何度も行ってきた彼にとっては慣れたものの筈だが、やはり自室と比べれば気を張る場面も多い。そもそも彼は本来いい加減な部類なのだ。
「ちゃんと約束守ってきました?喋ってないですよね?」
「当たり前だ。あの国と戦争すんなよ、とは言っておいたけどな。とはいえ、そもそもあの王女殿下は最悪バレてもいい、忠告あるいは警告混じりで言ってたような違和感を感じた気がするんだが」
「そうでしょうか?私はあまりそういった感じを受けなかったですけど・・・戦争?」
頭脳明晰なアルヴィスには感じられなかった僅かな気配を、シグルズだけは感じていらしい。
これは偏に経験の差であろうか。歴戦の戦士である、彼の勘が働いただけだろうか。
それよりもアルヴィスにとってはシグルズの発した戦争という言葉の方が気になったようだ。
かの国と王国は同盟関係にあり、戦争などすくなくとも同盟中に起きる心配はない。
とはいえ国際情勢などどう転ぶか分からないもの。もしかすると唐突に、ということもないではない。
「そりゃお前、もしもあの国と戦争になったら勝ち目ないだろ。王女殿下一人で街ひとつ、展開した兵に向けて射てば師団単位で兵が消し飛ぶんだぞ。おまけにあの鬼の嬢ちゃんとミムル翁もいるときた」
「でも殿下の説明では、魔法は歪園でしか使えないって言ってましたよね。嘘をついているようにも見えませんでしたけど」
「それだよ。よく思い出せ。俺もあの時は気づかなかったけどな。殿下はあの時こう言っていた筈だ」
───この魔法は
「・・・あ」
そうして過去を思い起こし、シグルズの言葉を聴いたアルヴィスは、彼の言う違和感へとたどり着いた。
確かにあの時、『基本的に』と、そう言っていた気がする。
「な?なんか違和感あるだろ?本当に使えないなら、わざわざそんな言葉つけないんじゃねぇか?」
「確かに・・・ですがその後すぐに、高濃度の魔素を瞬間的に大量消費する、とも言っていましたよね。あれも嘘だったのでしょうか」
「いや、あれは嘘じゃないと思う。というより殿下は"嘘"は一度も言っていないだろう。実際、歪園内でしか高濃度の魔素は調達出来はしない。だが俺はその高濃度の魔素に心当たりがある。俺らには無くて、彼女らにはある物が」
そういってシグルズは自室の窓際、そこにある棚に保管してあった使用済みの空き瓶へと目線をむける。
「・・・ッ!"朝露"!!」
「そうだ。だから、あの時わざわざ説明してくれたのは、もしかすると王国内で情報が漏れた場合の、警告と保険なんじゃないかと思ったわけだ。『もしこの先アルヴに害を為すようなら、こういうのがありますよ』ってな・・・ま、全部俺の妄想かもしれんがな」
「・・・あの二人の調子で忘れそうでしたが、彼女らは一国の王族でしたね・・・」
「いやはや、怖い嬢ちゃんたちだよ、マジで」
結局のところ、先の話の真偽の程は不明である。
シグルズの言う通り、すべて妄想なのかもしれない。
だがそれでも、あの面白おかしい姉妹が、急に空恐ろしく感じられた二人であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます