第9話 遭遇

 鋭い眼差しで前方を睨みつける。

 腰を沈め、足を踏み込んだ地面は地面は罅割れていた。

 足を起点に込めた力は膝へ、膝から腰へ。限界まで引き絞り捻る腰から上半身へ。

 下半身を余さず使い、増幅され続けた力は肩から肘を伝って腕へ。

 伝わる力は微塵も損なわれず、更に腕の膂力を加えて刀へと。

 集約された力の果てに、宵は自らの馬鹿げた重量を加えて加速する。

 そうして振り抜かれた刃は、呆気なく音を置き去りにする。


 抵抗などあるはずもなかった。

 七つ分の肉と骨など、音を越えた超重量の暴力の塊の前では障害足り得なかった。

 それでもなお飽き足らず、木々さえ食らい付くしたのちにようやく風と音が追いついた。

 一瞬の静寂が、高く澄んだ刃の声で斬り裂かれ、風と共に前方を落ち葉が吹き荒れる。

 後に残されたのは、綺麗に分かれた七体分の肉塊だけだった。

 振り抜いた勢いを、くるりと独楽のように回って流したユエは、すでにいつもの顔つきへと戻っていた。


「・・・ふむ、こんなもんかのぅ」


 人を食ったような、戯けた態度に張り詰めた空気が弛緩する。ほんの瞬きの間に行われた殺戮は、こうして終わりを迎えた。


「・・・マジかよ」


「・・・」


 人は理解が追いつかなくなった時、存外言葉がでないものだ。

 自分たちより遥かに小さな少女が、自分たちより遥かに大きな刃物を振り回したと思えば、敵が居なくなっていた。見たままを要約すればきっとこうなるのだろう。その後ろでは、呆気にとられる騎士団の二人を尻目にソルがいそいそと鞘を拾い上げていた。




 ──────────────────




「じゃからさっきも言うたじゃろう!ほとんど力任せに刀を振っておるだけじゃ!」


「嘘をつけ!俺も今までに鬼人族の戦闘は何度か見たことがあるが、男の鬼人族でもあそこまでじゃねぇぞ」


「・・・そもそもどうやって抜いたのですか?一人で抜けるような長さじゃないでしょう、あれは」


 ユエは先程からこうして、疑問の山をぶつけられていた。

 やれ本当に魔術は使っていないのかだとか、やれあの武器は一体何なのかだのと、その質問は多岐に渡った。初めはユエも真面目に答えてやっていたのだが、時間が経つとまた同じ質問が飛んでくる。


「コツがあるんじゃよ。あと鞘に切れ込みが入っておる。ぶっちゃけあれは抜くのが一番難しいんじゃ。抜いしまえばあとはが全力で振っておるだけじゃな」


「だからそのの部分を端折るなよ!」


「・・・なるほど。しかしあの重量を、となると人種族では身体強化を行ったとしても不可能では?」


「あーもう、うっさいのぅ!もうええじゃろ!?酔っ払いかおぬしら!」


 ここが敵地、それも最前線であるということを忘れているのか、何時までもやいのやいのと喧しい二人にユエは辟易していた。彼女の予定ではもっとちやほやされる筈だった ───賞賛もされたが一瞬だった ───というのに、この二人ときたらまったく、技の原理だの武器の扱い方だとの。

 思惑通りにいかなかったためか、面倒になりぷんすこと憤慨しているユエを、後ろを歩くソルがなだめる。彼女は形はどうあれユエが注目されているだけで嬉しいのか、随分と柔らかい表情をしていた。


「お二人は騎士ですからね。戦いを生業としている以上、目新しい得物や技に興味が向いてしまうのも仕方ないですよ、お姉様。次は一般市民の前でやりましょう」


「む・・・?どれ、そこらで丁度盗賊に襲われておる、王女や村娘などおらんかのぅ」


「やめろ!いねぇよ!仮にいても俺らがやるわ!目の前であんなもん振り回したらトラウマになるだろ!」


「ばかもん、静かにせんか」


「誰のせいだ!」


 こうして緊張感のかけらもない一行は再び歩き始めた。少しは用心するべきではないかとも思われるが、そもそも先程の一戦が例外なのだ。事実それ以降は、数体のスコルや獣型の歪魔と遭遇するばかりであり、群れと遭遇するようなことはなかった。


 シグルズは勿論、アルヴィスも紛うことなく強者である。騎士団長と副団長という席に座る二人の実力が低いはずもない。数の不利さえなければスコルの一体や二体では相手にもならなかった。魔術が通用しないことなど二人にとって関係なく、剣技だけで余裕を持って殲滅している。そんな戦闘の中、アルヴィスは何度も首を傾げながら何かを試しているようだった。


 四人の中に疲れを訴えるようなものは居らず、偶発する戦闘も迅速に処理して進んだ一行はそのまま四時間ほども歩いただろうか。あと一時間も経てば日が落ちるであろう時間になったころ、報告のあった場所へとたどり着くことができた。


 夜間の戦闘となれば危険度は跳ね上がる。野営できるような場所ではないため、夜になる前に決着を着けたい一行は早々に捜索を始めていた。そうして探すこと十数分。少し小高くなっている坂の上、茂みの間から下方を覗き込んだところで、それは思いの外早く見つけることができた。


 それは二足であった。歪魔にしては小型な方で、大きさは2mと少しくらいだろうか。青黒い体毛を持ち、身体には千切れた衣服の欠片のようなものも見られる。右手に大きな鉈のような刃物を握りしめた、狼人型ウェアウルフと呼ばれる歪魔である。その得物には、まだ吸って間もないような赤黒い血が滴っていた。


「・・・誰じゃ、今回の歪園化に人的被害は無かった、などと言うたやつは」


「どうやら情報収集の時点ですでに失敗していたらしい、あのバカども」


「ここに居た野盗か、或いはそれに類する何者かが魔素溜まりに気づかず深化してしまい、歪園化の引き金となったのでしょう。ミスがあったとしても、歪園がは人的被害がなかった、という理屈は一応通りますね。お姉様に確度の低い情報を流したことは許せませんが」


 狼人型に限らず半人型の歪魔は、人間が元になって生まれる歪魔である。

 獣型歪魔は本能のままに襲いかかってくるが、半人型歪魔はそれに加え、知性と破壊衝動を併せ持っている場合が多い。またその特性も各個体で違う。ただの獣型歪魔とは比べ物にならないほどに厄介な存在であった。


狼人型ウェアウルフか・・・聞いたことはあるが、実際に戦ったことはねぇな」


「わしらも半人型は経験がないのぅ・・・二人とも、何か情報は持っとるんじゃろうか」


「私は訓練兵時代に書物で見た記憶があります。獰猛で好戦的な場合が殆どで、狼型と同じく速度が特徴だった筈です」


「先任の騎士から聞いた話だと、特に速度は相当なもんで、討伐にあたった部隊にも洒落にならん被害が出たとか話してたな」


 すぐさま一行は情報交換を始める。夜が近づいている今、このまま討伐するのか、一度退くのか、その判断が必要であった。ただでさえ厄介な半人型であるというのに、夜間戦闘ともなってしまえば分が悪い。もし戦うのであれば、まだこちらに気づいていない今のうちに先手を取って、一気に仕留めたかった。


「で、どうするんじゃ?」


「ダメだ、情報が足りなさ過ぎる。焦って今失敗するわけにはいかねぇ。一度引いて情報を─────」


「────ッ!?」


 シグルズが撤退の指示を出しかけた、その時。

 彼の視界から歪魔の姿が掻き消えた。




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