♯50 頼れる仲間たちと、開拓に取り掛かることにした




 マリナの家のそば、小高い丘の頂上に辿り着いたボクたちは、早速野営の準備に取り掛かることにした。

 ……が、その前に。


「集まれ、みなの衆! 今後の方針について説明するぞ!」


 手分けして持ち込んだ天幕のパーツを地面に下ろし、ホッと一息ついていたボクたちに、リーダーシップ皆無の船長ボクに代わって副長ツバキが号令を発する。

 そして連れてきた動物たちの監視を申し出てくれたカグヤ、ルーナ、サシャちゃんの三名を除く全員が集まったのを確認したツバキは、こう口火を切った。




「ここにお主ら――<魔女>とその身内の楽園を創ろうと思う」




 シン……という数秒の静寂のあと、


「ひとついいかしらっ?」


 真っ先に口を開いたのはリオンさんだった。


「うむ」

「正直に言うとね、薄々察してはいたの! ……でも、えて確認させて頂戴ちょうだい。それはつまり、ここに一から集落を築きましょうという話?」

「いかにも。お主らは安住の地を求めておったのじゃろう? 迫害に怯える必要が無い住処すみかを。この地はうってつけじゃ」

「で、でも、」


 戸惑いの声を上げたのはシャロンだ。


外界そとにあるどこかの無人島じゃダメなんですか? 元々ヒトが住んでおらず近くに有人島が無い島なら、誰かに見つかる可能性は限りなく低いと思いますけど」

「確かに。普通に考えればそうじゃ」

「なら、」

「が、可能性はゼロではない。というか、その場合いずれ必ず見つかるとわらわは踏んでいる」

「「「「「「「えっ⁉」」」」」」」

「これは妾の推測じゃが、

「「「「「「「っ!」」」」」」」


 ……ツバキも気付いてたんだ、その可能性に。

 実を言うとボクもシャロンたちが仲間入りした直後くらいに『あれ? ひょっとして……?』って思い至ってはいたんだよね……。


「考えてもみよ。ここには二十人近い<魔女>がいるが、クロエとオリガを除けば全員が『秩序管理教団』に見つかり捕まっていた者たちじゃ。しかも、クロエとオリガも一度は見つかり捕まったという。じゃとは思わんか? お主らとて、お主らなりに見つからないための努力をしていたはずじゃろ。奴らには<魔女>を発見するなんらかの手段があると考えるべきじゃ」

「……そういえば連中、」


 アリシアが顔をしかめて唸る。


「変な鈴? 鐘? を使って『深きものども』を操っていたわね……。同じように不思議なチカラを持った道具なりなんなりで<魔女>を発見していたとしても何もおかしくはないか」

「じゃろ? それに『<魔女>殺し』のこともあるしの。少なくともこっちは確実に<魔女>の居場所を把握する手段を持っておるはずじゃ」


 ツバキの指摘に、アリシアは『あー……』と忌々しそうに舌打ちした。


「そういや『<魔女>殺し』は、私の情報も掴んでいたっぽいものね」


 そしてクロエとオリガのほうをチラリと見、


「それに『グローブ』に現れたのだって、クロエやオリガがいるという確信に基づいてっぽかったんでしょ?」

「ええ、まあ」


 肯くオリガはアリシア以上に忌々しそうな顔をしていた。


「アイツ、反応がどうたら言っていた憶えがありますから、そういうことなんでしょうね」

「なんてこったい」


 ターニャさんが額に手を当て、苦虫を噛み潰したような顔で溜め息をつく。


「だとしたら、確かにこういう不思議な場所でもないと安心して住めないねぇ」

「うむ。――というワケで、じゃ」


 ツバキは一同をグルリと見回し、


「まず、アリシアまたはシャロンと一緒に『秩序管理教団』の船から救出された面々に確認しておきたいんじゃが。お主らの中に、ここに安住の地を築くという妾の案に異存がある者はいるかの?」


「「「「「「「………………」」」」」」」


 誰も何も異存は無いようだ。まあ、今の話を聞いてしまった以上、他に選択肢があるとも思えないしなぁ……と思っていたら、アデリーナさんが挙手した。


「あの。異存があるワケではないのですが、ひとつだけ確認させてください」

「なんじゃ?」

「仮に、ここに安住の地を――定住できる環境を『開拓』できたとします」

「うむ」


『開拓』か。上手い表現を使う。


「その場合、船長さんやツバキさんといったあの船の乗組員クルーの方々とはお別れになってしまうのでしょうか? 船長さんたちがここに定住する理由は何もありませんし、いずれはここを去られるのですよね?」


「「「「「「「っ!」」」」」」」


 アデリーナさんの視線を追うように、みんなの視線がボクに集まる。……って、なんでみんな、そこでボクを見るの?

 そんな捨てられた仔犬みたいな、すがるような目で……。


「確かに、旦那様や妾は目的があって船旅たびをしとるから、ここに定住するワケにはいかんが」

「であれば……わたくしとサシャもここに定住はせず、ともに行きたいと思います。わたくしとサシャをあの船の正式な乗組員クルーにしてください。アリシアさんやシャロンさん、リオンさんのように」


 ……一瞬『セイラー服のえりがついたスクール水着モドキ』を身に着けたアデリーナさんを想像してしまった……。ごめん、アデリーナさん……。

 でもボクも一応男なので、銀髪美人のアデリーナさんがあのえちえちな格好をしているところを見たくないかと訊かれたら、すごく見てみた……ゲフンゲフン!


「………………(ニコニコ)」


 き、気のせいかな? 今、背後で微笑んでるマリナから物凄いプレッシャーみたいなモノを感じたような……。

 背筋をはしった悪寒に思わずせてしまった……。


「お主だけならそれもアリかもしれんが、まだ四歳のサシャにこれ以上の帆船生活はこくじゃろ」

「それはっ! ……そう、ですが……、でも……」

「安心せい。定住できる環境を無事整備できたとしても、『あとは全部自分たちでなんとかしろ』などと無責任なことを言うつもりは無い。ここにはちょくちょく戻ってくるつもりじゃ。物資の補給だって定期的に行う必要があるじゃろうしの」

「……本当……ですか……?」

「うむ。妾としてはここを『ほぉむ』として活用したいと思っておる。長旅になるじゃろうからな」

「ホーム……本拠地として、ですか」

「ちゅーか、考えてもみよ。この先も航海を続ければ、妾たちは幾度も<魔女>とその身内が危機におちいっている場面に遭遇することになるじゃろう。旦那様のことじゃ、そのときは必ずその者たちを救うため行動するはず。となると、じゃぞ。当然その者たちも、ここに送り届けることになるワケで」

「! 船長さんが船長さんである限り……あの船は自ずとここに戻ってくることになる……」

「そういうワケじゃから、あの船が出航したらそれがお主と旦那様の今生の別れになるなどということは無い。なんらかの理由であの船が沈没でもせん限りはな。じゃから、余計な心配は無用じゃ」

「わ、わたくしは、その……あくまでサシャのために……」

「わかっとるわかっとる。自分に馬鹿正直なリオンとは違い、お主は良くも悪くも娘の将来しか考えていないことはな。とにかく安心せい」


 よくわかんないけど、言われてるぞリオンさん。

 たぶんここ、そんなふうに『いやあ、それほどでもっ☆』って照れるトコじゃないと思うんだけど。


「次に、ロウガ、クロエ、ターニャ、ロビン、オリガ、そしてイリヤ。お主らに確認じゃが」

「……何カシラ?」


 先を促したのはイリヤ姉ちゃんだ。


「そもそも、お主らは『今後の方針が決まるまで同道させてほしい』という話じゃったろ。どうするんじゃ?」

「どうする……とは?」

「決まっとるじゃろ。お主らもここに定住するのか、それともロウガの漁船で別のどこかへ旅立つのか、どっちを選ぶんじゃと訊いておる」

「俺たち一家は元より安住の地を探していた。出来ればここに定住させてほしい」


 ロウガさんがクロエの頭を撫でつつ、迷いなく答える。


「……………」


 クロエは何も言わない。父親の意見に口を挟むこともなかった。クロエもここへの定住を望んでいる……というより、『どうするべきかわからない』という感じだな、この困惑顔は。


「ふむ。ロウガとクロエは定住希望じゃな。あとは……」

「アタシたちもここに住まわせとくれ! ――それでいいね? アンタ、オリガ」

「私はおまえの決定に従うよ」

「ワタシも。クロエたちもここに住むんでしょ? なら、それでいいよ」


 薄々察してはいたけれど、オリガ一家で一番決定権があるのはどうやらターニャさんのようだ。

 まあ、いかにも肝っ玉母ちゃんって感じだしなぁ、このヒト。


 そして最後の一人……イリヤ姉ちゃんは――


「ワタクシは……」


 イリヤ姉ちゃんはボクから返却された地球製の薙刀を見下ろし、ぎゅっと握り締め、そしてボクとクロエを順繰じゅんぐりに見てから告げる。


「……クロエがここに定住するのであれば、ワタクシもそうするワ。ワタクシはミズキさんに『何かあったらクロエを護ってやってくれ』と頼まれているカラ……」


 ! ミズキさんってクロエのお母さんだよな?

 え。イリヤ姉ちゃん、クロエのお母さんにそんなことを頼まれてたの?

 でも、だとしたら――


「では最後に、アリシア、シャロン、リオン。お主ら三人に確認じゃ」


 ボクの思考をツバキが遮った。


「お主らは今、『トゥオネラ・ヨーツェン』の正式な乗組員クルーという扱いじゃが。今後はどうしたい? 『トゥオネラ・ヨーツェン』を降りてここで暮らすという選択肢もあるワケじゃが」

「降りるワケないでしょ。私には大事な約束があるんだから!」

「わ、わたしも同じく、です……。待ってるだけなんてイヤです」

「娘もこう言ってるし、私はほら……旦那様の『お母さん』として旦那様を褒めてあげたり叱ってあげたりしないとダメだから」


 三人とも即答だった。

 ツバキは『いいじゃろう』と満足げに頷いて、


「よし――ではこのあとの流れを説明する。全員、耳をかっぽじってよく聞くんじゃぞ」


 と、再度一同を見回す。


「まず、前提としてじゃが。ここの整備……いや、アデリーナにならって開拓と呼ぶか……開拓は、明日から本格的に取り掛かることとする。開拓にかける期間は一ヶ月じゃ」

「「「「「「「一ヶ月⁉」」」」」」」

「わかっとる。もちろん、一ヶ月で何もかも整えるのは不可能じゃ。じゃが一ヶ月後、妾たちの船がいったんここを離れられるくらいには、お主らの暮らしが軌道に乗っていないと困る。そう――妾たちの留守中も、自分たちで開拓を進めておける程度にはの。……おそらく一ヶ月後には食糧を始めいろいろな物資の補給が必要になってくるじゃろうからな」

「「「「「「「あ……」」」」」」」


 それもそうか。

 でも、一ヶ月か……。一から集落を作らなければならないと考えると、時間はあるようで無いな。

 そのぶんボクとルーナの地球への帰還が遅れることにもなるワケだけれど。まあ、それはこの際仕方あるまい。


「で、じゃ。このあと、野営用の天幕をここに設置するが、今晩そこに泊まるのは妾と旦那様とカグヤ、あとは……そうじゃな、どうせダメじゃと言っても無駄じゃろうルーナの四人だけとする。これは今晩、妾たちが代表してマリナからここの話をじっくり聞くためじゃ」


 あ。男性陣みんなで天幕のパーツを手分けして持ってきたのは、それが理由だったんだね。


「じゃあ、私たちは?」とアリシア。

「他の面々は、今晩以降も引き続き『トゥオネラ・ヨーツェン』で寝泊りしてもらう。妾たちも明晩以降は同様じゃ」

「あの……」


 と、そこでマリナが挙手する。


「天幕など張らなくても、四人くらいでしたらわたくしの家に泊まっていただいて構いませんよ?」

「では妾とカグヤ、ルーナはそうさせてもらう。旦那様だけ天幕じゃ。旦那様も一緒じゃと、旦那様が襲われる可能性があるからの」


 ボクが襲われるほうなの⁉

 誰に⁉


「ていうか、ボク一人のためにわざわざ天幕を張るくらいなら、ボクは船に戻って船長室じぶんのへやで寝たほうがよくない?」


 たとえマリナの話が終わるのが真夜中になり、真っ暗な中、一人で船まで戻ることになったとしてもボクは平気だし。


「別に船で寝るのは構わんが、どのみち天幕は張るぞ? 荷下ろしした物資を集積しておく場所は必要じゃからの」


 あ、それもそうか。


「つまり、」


 と挙手して確認するリオンさん。


「少なくとも住居が完成するまでは、みんな引き続きあの船で寝泊りして、朝になったらここに開拓しに来るということねっ?」

「そういうことじゃな。なお、お年寄りや幼子おさなごについては基本、日中は船で待機していてもらう。今日はここがどういう場所かその目で確認してもらうために同行してもらったが、毎日ここへ来るのは大変じゃろうし、重労働をさせるワケにもいかんからの」

「じゃ、じゃあ、」


 次いでシャロンが挙手、確認する。


「最初に作るのは皆さんの住居ですか?」

「うむ。男性陣にはまず丸太小屋の建築に取り掛かってもらう。一家族につき一戸想定じゃ。中には身寄りのいない<魔女>もいるから、その者たちには当面、共同生活を送ってもらおうかの。建てなければならん小屋の数はなるべく少なくしたい」

「待ってよ。簡単に言うけどさ、素人に家なんて作れる?」


 アリシアは不安そうだ。彼女はニコニコしているマリナをチラリと見遣みやり、


「それとも、マリナだっけ? 彼女に手伝ってもらうつもり? 見た感じここには彼女しか住んでいないっぽいから、そこの家も彼女が建てたと見るべきよね? なら、カグヤと同じ仙女様なだけあって、彼女も不思議なチカラを持っていて、それを使って建てたと考えるべきでしょ。そのチカラを借りて――」

「……いえ、」


 それにアデリーナさんが異を唱えた。


「アリシアさんが言うところの『不思議なチカラ』を最初からアテにするのは、わたくしは反対です。自分たちの力で築けなかったモノを自分たちの力で維持できるとは思えません。『不思議なチカラ』に頼った暮らしは、その『不思議なチカラ』がアテに出来なくなったときに必ず瓦解することになります」

「……確かにそうね」

「もちろん、誰かが重傷を負ったり病気になったときにあの不思議な実のチカラを借りるなど、最初は『不思議なチカラ』に頼らざるを得ない場面も出てくるでしょう。……ですが、最初からアテにするのは違うと思います」

「そうじゃな」


 肯くツバキ。


「住居の建築は基本ここにいる男性陣で行う。が、男衆――妾の部下たちにも手伝ってもらうつもりじゃ。『トゥオネラ・ヨーツェン』はしばらくの間あそこに停泊していることになるから、連中も暇を持て余すに違いないしの。それにあの船には『船大工カーペンター』がいないぶん、みな大工仕事が得意でな。頼りにしてくれていいぞ」

「ちょっといいかい?」


 そこでターニャさんが口を挟む。


「さっきアリシアが『素人に家なんて作れる?』って心配してたけどさ、それについてはウチの亭主を頼りにしてくれていいよ! ウチの亭主はこれでもれっきとした大工なんだ! 材料さえあれば、一人でだって家を建てられるからね! ね、アンタ!」


 え、ロビンさんって大工だったの⁉


「ま、まあ、流石に一ヶ月で全員ぶんの家を一人で建てるのは無理ですが、それなりにはお役に立てると思います」


 お、おお……! ついにロビンさんが輝くときが……!(何気に失礼な感想)


「あ。ちなみに俺っちも大工なんで。お役に立てると思います」


 そう言って挙手したのは、ボクがシャロンやリオンさんと同時に『秩序管理教団』の船から救出した<魔女>の父親の一人だった。

 以前ボクに貝殻をぶつけて怪我を負わせ、カグヤをブチキレさせたあの男性だ。

 名前は確か……ダイアンさんだっけ?


「おお、大工が二人もいるのか。それは心強いの」


 嬉しい誤算にツバキが顔を輝かせる。


「ところデ、女性陣は?」


 そう訊ねたのはイリヤ姉ちゃんだ。


「女性陣は何から取り掛かるノ? 住居の建築は男性陣だけでやるんでショウ?」

「畑と、あとは灌漑かんがいの整備じゃな。日持ちする食糧は大量に買い込んであるし、船で定期的に補給するつもりじゃが、早めに自給自足できるようになるに越したことはない。補給するにしても、元手が必要なワケだしの」


 元手を稼ぐための貿易も時間が掛かるしね……。

 あと、ロウガさんの漁船を使って漁をすることも出来るだろうけれど、毎日獲物が獲れるとも限らないしなぁ……。


「畑に灌漑……。なら、作るのは川の近くがいいわネ。でも、灌漑についてはあの船の殿方たちの力を借りないと難しいカモ……。ちなみに農作物は何から育てるのカシラ?」

「そうじゃな。いろいろな農作物の種や苗を大量に購入してあるが、まずは比較的育てやすいネグ、シシト、ミニトメット、ピマン、ジャガモ、サツメモ、オックラ、ナウス、ニンジヌ、キュリ、タマネグ、ホレンソ、コマッナ辺りの畑から作るとするか」


 えーと……確か、日本で言うところのネギ、シシトウ、ミニトマト、ピーマン、ジャガイモ、サツマイモ、オクラ、ナス、ニンジン、キュウリ、タマネギ、ホウレンソウ、そしてコマツナに似た農作物だっけ?

 へー……。ボクは農業や家庭菜園には明るくないから知らなかったけど、これらって比較的育てやすい農作物なんだ……。

 ツバキってお姫様のワリにホント博識だよね……。

 いや……。こういう世界だし、案外お姫様だからこそ、なのか?


「農作業なら任せてください!」

「ウチも今挙がった農作物なら一通り育てたことがあります!」

「夫が農夫だったため、いろいろ手伝ってました! ですので、私もそれなりにお役に立てるかと!」


 奥様がたが次々と挙手する。おお……これは頼もしい。


「ゆくゆくは酒造にも挑戦したいわねっ! 私、サツメモからお酒を造る方法を知ってるわっ!」


 リオンさんも燃えている……のはいいのだけれど、なんでニヤリと笑ってボクを見るの?

 何か芋焼酎を使って変なこと企んでないよね……?

 何故かアリシアまで『それだわっ!』って顔を輝かせているし……。


「……ひとつ懸念があるのですが」


 これまで黙り込んでいたクロエが、そこで初めて口を開いた。


「あの川を流れているのって、塩水なのでは? この『樹』って、海のど真ん中に生えていますよね? あの川の源流である泉……というか滝の水は、元は『樹』の根が吸い上げた海水なんじゃないかと推測するのですが」


 あ。確かに塩水なら農作物を枯らしちゃうんじゃ……。

 海水農業なんて言葉を聞いたこともあるけれど、あれで育つのは基本的に耐塩性の農作物だけだったはずだし……。


「ご心配には及びません」


 クロエの懸念をマリナがニッコリ笑って払拭する。


「この『樹』の内側を流れる水は、『樹』が吸収した時点ですべて真水に変換されていますので☆ 農作物を育てるのになんの支障も無いはずです」


 マジか。どこまで常識が通用しないんだ、この『樹』は。


「それと、あとで『ザナドゥの実』が大量にっている場所もお伝えしますので。皆さんが飲み水に困ることもありませんよ☆」

「『ザナドゥの実』?」

「ほれ、あれじゃよ旦那様。『トゥオネラ・ヨーツェン』では飲み水やかわやの水を確保するのに使われとる水色の実。強く握り締めると果汁のように真水がドバドバ溢れ出てくるヤツ」


 ああ、あれか。トマトくらいの大きさの実ひとつから手桶ておけ百杯ぶんの真水が確保できるってヤツ。なるほど、あれが大量に生えているのなら飲み水には困らなさそうだ。あれ、そんな名前だったんだね。


 ボクに『変身』能力を与えてくれたのが『デイジーワールドの実』。

 同じく自動翻訳能力を与えてくれたのが『バビロンの実』。

 大抵の負傷ややまいを治してくれるのが『桃仙郷の実』。

 発熱して湯を沸かしたり、爆弾になったりするのが『竜宮の実』。

 ヘタを取ることで発光し、照明代わりになるのが『エル・ドラードの実』。

 ……で、ぎゅっと絞れば真水が手に入るのが『ザナドゥの実』か。

 よく考えたら、他にも冷気放出の実とか、害虫及び害獣駆除の実とか、名前を知らない実が結構あるなぁ……。今度ちゃんと確認しておこう。


「さて。このあとの流れについて、妾からの説明は以上じゃ。何か質問がある者はおるか? おらんのなら、天幕を張って、妾の部下たちが荷下ろしした荷物を手分けしてここへ運び込む作業に移るが」

「は、はい」


 ツバキの確認にシャロンが恐る恐るといった感じで挙手する。


「なんじゃ、シャロン」

「そ、その……。動物さんたちはどうするんですか?」


 そう言ってシャロンが指さした先では、牧草をんでいる牛と山羊、地面の匂いを嗅いでいる豚、そして地面をツンツンつついている鶏たちの姿があった。

 今はカグヤとルーナとサシャちゃんが『あっ、こら! そっちに行っちゃダメ!』『山羊さん山羊さん。美味しいですか?』『サシャお肉すきー☆ 焼き鳥がいちばんすきー♪』とかなんとか言いながら動物たちがあっちこっちに行ってしまわないよう遠巻きに見守ってくれているが……確かにどうするんだろう?

 ここ、飼育小屋も無ければ柵も無いし……。


「別にどうもせんでよかろ。当面はそのへんで好き勝手させておけ」

「い、いいんですか⁉ 放っておいたらどこに行っちゃうかわかりませんよ⁉」

「どこに行ったとしても、この『うろ』に中にいるのは間違いないんじゃから問題なかろ。コイツらを襲うような危険な獣もいないようじゃし。いろいろ落ち着いて、小屋や柵を作る余裕が出来てからまた集めればいいじゃろ」


 なるほど……確かに。万が一来たルートを戻ってしまったとしても、『枝』の坂を下った先には停泊中の『トゥオネラ・ヨーツェン』と海しかないしね。


「で、ですがここ、とっても広いですよ? 森とかもあるんですよ? 遠くまで行ってしまったり、森の中に隠れられたりしても、ちゃんとこのコたちを見つけられるでしょうか?」


 それも確かに。『森の中に隠れた鶏を見つけられるか?』と訊かれたら、ボクは自信が無い。


「いったん船に戻したほうがいいのでは……?」

「いや……大丈夫じゃろ」


 ツバキがカグヤのほうをチラリと見、彼女がコクリと頷くのを確認して、断言する。


「動物たちもここまでの航海で相当ストレスが溜まっている様子じゃったからな。これ以上はコイツらが作ってくれる乳や卵の量に影響が出かねんし、何よりストレスで死なれたりしたら元も子もない」

「ほ、本当に大丈夫でしょうか……?」

「まあ、シャロンの危惧ももっともじゃ。動物たちを入れる小屋や柵の製作には、なるべく早めに取り掛かるようにしよう。あんまり時間をかけ過ぎて野生化されても困るしの」


 野生化……、そういうのもあるのか。


「よし、他に質問がある者は? おらんな? なら早速――」

「ちょっと待ってツバキ!」


 なんで誰もツッコまないの⁉ さっきから気になってるのはボクだけ⁉

 それともみんな、『彼女たちはそういうモノだ』ってもう割り切ってるの⁉


「なんじゃ、旦那様。はようせんと日が暮れてしまうぞ」

「ボクからひとつ確認というか、指摘したいことがあるんだけれど」

「指摘? なんじゃ?」


 なんじゃって。


「自分でおかしいと思わないの? ツバキとリオンさんだけじゃなく、アリシアとシャロンも?」

「だから何がじゃよ」「「「?」」」


 マジか……。ツバキだけじゃなく他の三人まできょとんとしてるんだけど……。


「あのさぁ……まだ子供のルーナは最初から戦力外だからいいとしても、ツバキとアリシアとシャロンとリオンさんはこのあと、みんなと一緒に物資の運搬をするんだよね? で、明日以降は農作業とかにも従事するんだよね?」

「「「「? だから?」」」」


 ここまで言ってもまだきょとんとしている四人……ヒトとしての大切な何かがすっかり失われてしまっているメンバーに、ボクは半眼でツッコんだ。




「そんな格好で荷物の運搬や農作業をするつもり?」




 はよ、その『セイラー服の襟がついたスクール水着モドキ』から普通の服に着替えなさい。



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