序章 仙女と姫と令嬢と ーようこそ蒼き月の海へー
♯0 月が綺麗ですね
死して尚
熱き想いの冷めぬ者は
死の川トゥオネラの白鳥となりて
ただ一羽
凍てついた水に心を癒す
――ある白夜の国の詩
☽
今、ボクの目の前に、『仙女』や『天女』いった存在を
「――船長。あなたにはここの
もはや人間離れした美貌と言ってもいい。
それもそのはずだ――彼女は事実、人間ではないのだから。
「当初は『こちら』の常識をろくに知らず、トラブルにばかり巻き込まれ、自分で『なんも船長』を
……そうかな…………そうかも………………いや本当にそうか?
ボクは今も変わらず、みんなにおんぶに抱っこの『なんも船長』だと思うのだけれど。
操船だって、この
……トラブルに巻き込まれたときはちょっとだけ頑張ってるけどさ。でも、それだってちょっとだけだ。
「振り返れば、あなたは旅の途中で<魔女>と呼ばれ迫害されてきた娘たちとその身内を見つけては、邪悪な連中の手からこれを救い、この楽園へと導いてきましたね。それにより彼女たちはようやく安住の地を得ることが出来ました。あなたの優しさ、気高い行いを、わたしは誇りに思います」
そう言って女の子は
……おかしいな。
目の前の女の子は相変わらず微笑んだままだし、セリフだけ見ればべた褒めと言ってもいいくらいボクを讃えてくれているのに、その微笑みや視線に含むモノを感じるのは気のせいだろうか……。
「――また、あなたは世界各地の<神域>へ辿り着き、神の課した様々な試練を乗り越えてみせては、雪と氷で完全に閉ざされた地球を少しずつ少しずつ解放、復活させることにも成功してきましたね」
そう言った女の子の頭上、満天の星空の中心では、黄金に
……いや、あの純白に輝く月は、正確には月ではない。
地表と海面の大半を雪と氷で閉ざされてしまっている地球――『スノーボール・アース』。
『こちら』で言う月は、地球のことなのだ。
ではボクにとっての月、地球の光を反射して黄金に煌めくあの衛星はどこに行ってしまったのかといえば――無論、そちらはそちらでちゃんと存在する。
形や大きさ、そして姿を変えて。頭上の星空に――ではなく、ボクの目の前、足元に在る。
そう……ここが月だ。
ボクが今いる場所は、月の表面を満たす大量の水――
大樹の
彼女たちがずっと探していた逃げ場。安住の地。隠れ里。理想郷。
「見てのとおり、あなたの活躍によって地球は既に半分近く復活を果たしています。……あなたも『もうすぐ地球に帰れるかな?』と思い始めた頃合いではないでしょうか」
ぎくっ。
「……許しませんよ、船長? ううん――だ・ん・な・さ・ま!」
わざわざ言い直すその女の子――カグヤの笑顔がメッチャ怖い……。
「だいたい、無責任だとは思わないのかな? ここまでみんなの心をガッチリ掴んでおいて! いろいろなことが一段落したからって、『もう自分がいなくても大丈夫だろ』なんて決めつけて、途中で放り出そうなんて!
普段のどこか幼さが残る口調、雰囲気に戻ってプンプン怒るカグヤに、ボクの背後に並び立つ仲間たちがウンウン頷く気配がする。
ボクの仲間は
誰もボクを庇ってくれない。
……いや、みんな薄情すぎない?
誰か一人くらいボクを庇ってくれてもいいと思うのだけれど。
とか思ってたら、
「カグヤちゃん、イサリさまは悪くありません! イサリさまはわたくしのためにガムシャラに頑張ってきてくださっただけなんです。決して皆さんと作ってきた
それまでずっと無言でボクの
亜麻色に近い金髪(
ボクと一緒にこの月の海へ流れ着いた地球人で、名をルーナという。
何故か今はボクの弾劾裁判みたいな感じになっちゃってるけれど、元々は長期にわたる航海から帰ってきたボクたち『航海班』を
……この格好のルーナは久しぶりに見たなぁ。ボクと一緒に『こちら』に流れ着いたとき、彼女はこのフリルの付いた水色のドレスを着ていたんだよね。なんだか既に懐かしいや。
最近はずっとセイラー服だったし……(ちなみにセイラ―服と言っても、学校の制服ではなくその元となったほうだ。
「そんなことはわかってるんだよ、ルーナ。でも、重要なのはそこじゃないんだ」
現実逃避していたボクの思考を引き戻すように、カグヤがキッパリと言う。
「みんなはね、だんなさまがいなくなってしまうのがイヤなんだよ。船長として、郷長として、これからもずーっと自分たちの
「ず、ずーっと?」
「そう。<魔女>である娘たちは特にね。……だって彼女たちにはもうだんなさまがいない世界、人生なんて想像すら出来ないんだから」
やれやれ……といった感じのカグヤのそんな言葉に、
「そーだそーだカグヤの言うとおりだぞコンニャロー! ルーナのためなのはわかるけどさ、アンタは地球へ帰る方法を見つける前にまずその朴念仁をなんとかしなさいよね! あんなふうに救われちゃったら、アンタ以外の隣なんて考えられるワケないじゃない!」
腰に届く
「ゴメンね、船長クン。お姉さん、船長クンの絶対の味方を自負しているつもりだから、今回も庇ってあげたいトコなんだけど……。こればっかりは擁護できないかなぁ、って」
ふわりとした亜麻色の髪を肩の上で切り揃えた二十代前半の女性とか、
「まったくですわ! そんなだから、わたくしたちに『釣った魚にはなんも船長』とか陰で呼ばれてしまうんですのよ!?」
「そーだそーだ姉様の言うとおりだぁ! ちなみに『遠回しにOKサインを出してるのになんも船長』とも呼ばれてるよー!」
「……『寝所に忍び込んでもなんも船長』とも呼ばれてる……」
艶のある黒髪を
「……
他にも、
「そーだそーだ!」
「センチョーの鈍感!」
「朴念仁!」
「甲斐性なし!」
「女の敵!」
「ロリコン!」
人種も年齢もバラバラな乙女たちが、一斉にボクを責めてくる。
「………………え。」
ボクはそこでようやく気付いた。
遅まきながらも――『それ』に。
「まさか……」
恐る恐る振り返り、<魔女>と呼ばれる乙女たちを順繰りに
彼女たちの頬は例外なく朱に染まり、ボクへ向けられた瞳は熱を帯びて潤んでいて。
それはまるで親に留守番を言いつけられて悲しむ
あるいは――恋する乙女のような。
そんな、ひどく切なげな表情で。
……いや待て。
流石に『それ』はボクの勘違い、思い上がりに決まって――
「彼女たちの心を射止めた責任。男なら、ちゃんと果たさなきゃダメだよ?」
ボクの心理を読んだカグヤがトドメを刺してきた。
こちらの逃げ道を塞ぐように。
ちょっとだけ複雑そうな表情で。
「はわわわわ……」
ボクの
いっぽう、背後では、
「「「「「「「地球へ帰るなんて絶対許さないからね、船長!」」」」」」」
目を血走らせた<魔女>たちが、こちらを囲み、じりじりと距離を詰めてきていて……。
それ以外の仲間たち――<魔女>たちのお父さんやお母さんなんかは、「じゃあ、あとは若い者たちに任せて」「私たちはあっちで宴会を続けましょうか」「こりゃ遠からず孫の顔を見られるかもしれませんなぁ」とかなんとか言いつつ、そそくさと逃げてしまって……。
この状況から
「………………どうしてこーなった………………」
ボクは凍り付いた
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