侵入



しん…



この場には勿論朋美一人。

無音なのは当たり前だが、噂話の張本人が来た時だけおしゃべりをやめる女集団のような、作られた沈黙感があった。

何もおかしいことはない。

朋美が幼い頃に観たホラー映画の影響で、日本家屋というものにオカルト的な偏見を持っている点を抜きにしても、人間の第六感的な「なんか〇〇」という感覚は、割と当たる事が多い。



「…き、」



”気味が悪い”

そうこぼしそうになり、はっとしてやめた。

口にしてしまうと出た言葉が耳から入り、暗示になる。自分自身を余計に怖がらせるような事は避けたい。


朋美は何も無い事を確認するため、敢えて周りを見渡してみた。

曲がりなりにも売り物件である。

いかにも幽霊屋敷のように蜘蛛の巣が張っているわけでもなく、どこかが老朽化しているなんて事はありえない。

床はピカピカに磨かれて鈍い光を放っている。

突き当たりにある扉のすりガラスから光が差し込むからだ。


しかし、個々の部屋に入ると話は別である。



「さっさと開けてしまおう」



朋美は自分を奮い立たせるようにそう呟くと、ふうと息を吐いた。


・・・


一階の暗さはそうでもない。前回も開けてはいたのだ。

朋美は縁側に面する一番大きな居間へと入ると、渡り廊下からの僅かな光を頼りに雨戸のロックを外し、手をかけた。

そして、戸袋と呼ばれる重ねて雨戸を収納する部分まですべての引き戸を横へスライドさせ、その中に収めなければならない。

サッシ部分は建て付けが悪いというほどでもないが、かといってスムーズでもなかった。

ただ一枚一枚が非常に重く、全ての雨戸を戸袋に仕舞い終える頃には汗だくになっていた。


この家の主はどんな人物だったのだろうか。

なぜこの家を売ろうと思ったのだろうか。

つまらない事を考えながら15分後、朋美はようやく一階全ての雨戸を開き終えた。


しかし、一息ついている暇はない。

この場所は事務所も近いため、いつまた辻が観にくるかも分からない。

重い足取りで二階へ向かおうとした所、スマホが振動した。

鮎川からの着信だった。

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