それでも蝉の夢を見る
mackey_monkey
第1話 蝉の夢
蝉の声が煩わしく鳴り響く夏の日。
僕は夏休みという名の自由を謳歌していた。
寝ては起きて、起きては食べて、そしてまた寝る。
なにもしないでそんな日々を過ごした。
日は昇ったり沈んだりを繰り返して、刻々とだらけきった僕を置いていくかのように時間だけが過ぎていく。
そんなある日、日差しが強く、ゆだるような暑さのある日。
僕はもう昼だというのにまだ寝ていた。
そして夢を見た。
薄暗い玄関に立っている。
(あぁ、またこの夢か)
心の中で呟くと、僕はゆっくりと扉の方へ歩いて行く。
そして扉の前まで行くと、そのノブをひねって扉を押す。
すると古い金属の扉がキイィという小さな悲鳴をあげながら開いていく。
扉が開ききって、見えてきた家の外の_すぐ近くの地面にはいつものように一匹の蝉が落ちている。
僕はその蝉に向かって手を伸ばすと、蝉は耳を劈くような声をあげながら羽をばたつかせ、体を数センチばかり浮かせる。
しかし数秒もしないうちにまた力尽きるように地面に落ちると、また動かなくなってしまう。
僕はそんな様子をみて、慌てて手を引くと「ごめん」とだけ呟いて足早に家の中へ戻っていく。
_そんな夢だ。
いつからかこの夢を定期的にみるようになっていた。
別に何度も見たところでどうということもないのだが、目を覚ますたびに何となく胸のどこかが痛むというのは、あまりうれしいものではない。
その夢を最後にやっと目を覚ました僕は、昼まで寝てしまったという罪悪感と満足感を抱えながらキッチンへ行って適当なものを物色する。
ひとりぼっちの家の中は外の明るさに反して薄暗く、静かでどこか不思議な雰囲気をまとっている。
なんとも言えない気分で一言もしゃべらないまま食事を終えると、僕はまたのそのそとした足取りで自分の部屋へ戻っていく。
自分の部屋へ戻るとそこからはほとんどの時間を寝ている時と同じように動かずに過ごす。
そうしていればやがて日は暮れて、親がかえってきて食事を用意してくれる。
そしてそれを自分の部屋で一人で食べて、また眠るまでの時間を怠惰に過ごす。
こんな風にして気が付いたころには、永遠のようにも、一瞬のようにも思えた休みが明けていた。
朝、母の声で目を覚ます。
少し前まで見ていたような気のする夢の内容はどこか遠方へと消えていく。
まだ寝ていたいと主張する頭と体に鞭を打って起き上がると、よたよたとした足取りで学校へ行く準備をする。
準備をしていると、親は仕事へ家を出て、僕も朝食も食べないまますぐに家を出る。
家を出てしばらく歩くと一つの公園が見えてくる。
小さいころよく遊んだ公園だ。
_僕はここを、この公園の前を通るのが嫌だった。
ここを歩けばいやでもここで遊んだ日のことを、一緒にいたヤツのことを思い出してしまうから。
_むねが締め付けられるから。
僕は少し目をそらしながらその公園の横を通り過ぎていく。
「_______」
その時、声が聞こえた気がした。
いつも、毎朝この場所で聞いた、懐かしい声だ。
ただ、そのこえがどんなものだったのかは思い出せない_。
ふと振り返って声のほうを見てみるがやはり誰もいない。
僕はそれを確認して安心したようにため息をつくと、またうつむき加減にポチポチと歩き始める。
学校につくと、嫌なほど元気な声がそこら中から聞こえてくる。
僕はそんな中を黙って、肩を縮こまらせながら進む。
そんな調子で教室まで行くと自分の席に荷物を置いて、適当な人の集まりへ入っていき、その中でのらりくらりと会話をして過ごす。
しばらくすれば教室に担任が入ってきて朝礼が始まって、あれよあれよといううちに授業が始まる。
そしてなんとなくその日を過ごしていると、気が付いたころには終礼が終わっている。
みんながボチボチと帰り始めたころ、僕もそれにまぎれて下駄箱へ行く。
下駄箱につくと人がごたごたとしていて、自分の下駄箱まで行くのに苦労する。
そんな時に人と人の隙間から一人のクラスメイトが不思議な動きをしているのが見えた。
そのクラスメイトは辺りを気にしながら誰のでもない下駄箱を焦った表情で順番に開けている。
明らかに不審な彼の行動を誰もが見て見ぬふりをしていた。
僕も周りと同じように彼を無視して自分の靴をとると、帰路に就いた。
家に着くといつもと同じように、だらりと転がって時間をつぶす。
なにか生産性のあることをするでもなく、聞いているのかも見ているのかもわからない音と映像を垂れ流しながらぼーっと時間を過ごす。
そうして無意味に時間が過ぎて、日が傾き始めたころに親が蹴ってきて食事を用意し始める。
僕はそれをいつものように自分の部屋で一人で食べると、また何もしない時間を過ごしていつの間にか寝ている。
そんな風に過ごすと、何も変わらないまま一ヶ月、二ヶ月と時間が過ぎていく。
そんなある日、その日もまた夢を見た。
玄関に立っていた。
扉を開けるとやはり、蝉がそこにいる。
またか、僕はそう思いながら手を伸ばす。
すると蝉はいつものようにはねて、うごかなくなる。
僕はどうすればいいのか分からなくなってその手を引っ込める。
そして、家に戻ろうと扉に手をかけた。
その時、声が聞こえた気がした。
僕はただ、ごめんんとだけ答えて、扉を閉めた。
扉がガチャンと音を立てて閉まると、目を覚ました。
やっぱりむねがチクリと痛んだ。
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