第51話 結局、無理は効かなかった

 高丸君のところでも紹介した備作アカデミーは、この数十年来不登校生の受入れを積極的に行ってきた。

 以前は先ほどの高丸君のように講師の私がかねて知っていたD高等学院を紹介する等の手法を使っていたが、最近では私立通信制・X高校の提携校として通信制高校の校舎運営も受持っている。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 高校2年にあたる学年の鈴木隆雄君は、津山市内の中学出身。

 中学時代には野球部に所属し、投手でキャプテンもしていた。

鈴木君は中学時代から備作アカデミーの事務所兼教室に通っている。彼は、私立のS高校はもちろん、公立M高校にも推薦で合格した。


 とはいうものの、推薦入試で聞かれた教科的な内容はほとんど「わかりません」としか答えていなかったとのこと。

 正直不安ではあったが、それでも無事合格できた。当時私は彼の入試指導もしていたが、実はその頃から何か胸騒ぎというか、何かが起こりそうな予感がしていた。実は彼もそうだったという。


 私と彼が感じていた予感は、見事に的中した。

 彼はM高校入学後、わずか1週間で学校に行かなくなった。

 他校から新たに赴任した野球部顧問の男性教諭が彼の担任となったのだが、この先生、やたらに張り切って鈴木君に野球部への入部を熱心に勧めた。

 そればかりか学級委員を押しつけようとするなど、一見熱心な指導をしてくれたのだが、それが鈴木君には精神的な重荷になってしまった。

 加えてその学校は自宅から列車で30分ほどかかる場所にある。

 6か月分の定期券を数万円払って買っていたのだが、結局それも1か月と利用しないうちに払戻となった。

 学校に置いていた教科書類は、母親が、挨拶がてらに引取りに行った。

 かの野球部の顧問で担任の先生、かなり反省されていたようだが、後の祭りだ。


 鈴木君の話によると、その学校には岡山市内からも多く生徒が来ているが、その生徒たちのレベルはかなり低いとのこと。

 彼自身その時点ではそれほど学力が高い方ではなかったのだが、その彼でさえも呆れるほどの場所だから推して知るべし。

 鈴木君はこの後、4月中にもM高校に転学届を提出、5月の連休明けよりX高校の通信制過程に転入し、週に何度かレポートの添削で講師の指導を受けた他、毎日のように備作アカデミーの教室兼事務所に来て高校卒業資格の取得と大学進学に向け、一所懸命に自習した。

 3年次となった2020年3月、彼は高校卒業資格を確実に得られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る