第50話 自宅兼店舗の応接室が「教室」に

 結局、はるかさんは周囲の人たちと相談の結果、その大手家庭教師会社が運営している高等学院が提携しているX高校の通信制過程に転入した。

 中退してしまうと高校在籍期間が途切れるので、在籍校の先生や受入先の通信制高校関係者のどちらからも中退ではなく転入の形をとるよう勧められた。

 これなら約半年遅れている状態にはなってはいるものの、あと2年半の間で高校卒業要件に合うだけの単位を取得できる状況を作ってくれている学校もある。

 その高校もそのような体制を作ってくれていたので、3年目には同級生と同時に高校卒業も可能である。

 2010年11月より、高卒資格を得るためのレポート対策に入った。

 大学に行くのなら高認を受験してもいいが、どうせ3年で卒業資格が得られるのなら無理してそこまでしなくてもよかろうということで、通信制過程での高卒資格取得に専念することに。


 普段は自宅兼事務所となっている1階の事務所で勉強し、その合間に母や事務員の手伝い等をしていた。

 高校に通っていたころに比べて、時間は格段にできた。


 そこで、彼女の住む地域に縁のある私が週に1ないし2回、家庭教師指導に行くことになった。移転した住居のある明石市から岡山に向かう途中でもあり、その行きや帰りの駄賃みたいな形で、私は彼女の自宅に通うこととなった。

 幸い1階の事務所には別に応接室がある。彼女はそこで勉強していた。

 私の家庭教師指導も3年時修了までそこで行うことになった。

 学校にあるイスや机等とは全く無縁の応接室のソファに腰掛けて、単位取得のためのレポートの準備。学校の授業や大学の講義やゼミ、あるいは学習塾での個別指導等に慣れている人が見たらずいぶん違和感のある授業ではあった。だがそれは私にとっても新鮮だった。


 はるかさんはもともと学力がない方ではないので、授業自体は順調に進んだ。

 ただ彼女は、以前の私のように目を吊り上げて何が何でも大学に現役で、それに無用なものは容赦なく排除といったがむしゃら感はなく、極めて淡々と単位取得に向けてのレポート作成準備を進めていった。

 彼女がどう感じたかはわからないが、少なくともこの2年半の授業を担当している間に関しては、お互いストレスはそれほどなかったと思う。

 少なくとも私は、ストレスをほとんど感じることはなかった。


 海野邸に授業に訪れるのは、たいていの場合午前中だった。幸い私の場合、他の家庭教師指導や塾の手伝い等は夕方からが主だから、午前中は空いている。これはありがたかった。

 ただ、明石から電車に乗って海野邸まで行くには、途中の播州赤穂で乗換してもう少し電車に乗らなければいけない。関西圏で人身事故や信号トラブルに巻き込まれた日には予定時間に行けないときも幾度かあった。姫路あたりで西に向かう列車に接続できず、そこで最悪1時間は待たされることもあったから。

 これが岡山市内あたりなら自転車で行けばどうにでもなるのだが、こちらでは公共交通機関の乱れがそのまま乗客らの業務に大きな影響を与えることとなる。

 そういうときは仕方ない。遅れてそのまま授業に入るか、やむを得ない場合は後日に振替させてもらうかするより他ない。

 もっとも相手は時間については融通が利くので、その点は問題なかった。

 大体は午前中に授業を組んだが、やむを得ない時は午前と午後に分けて、2回組んだこともある。そうでない限り、午後だけで組むことはほとんどなかった。


 授業自体は淡々と進んだが、彼女の表情は日によって機嫌のいい時といささか悪そうな時がはっきりしていた。ただそれも特段の問題になったわけではない。

 スクーリングについては、特に行っている様子は見えなかったが、一度、何かの学校行事で通信制高校の岡山の拠点校に行くと言っていた。

 

 彼女は難なく、3年目で高卒資格を得られた。その年の大学入試には間に合わなかったが、1年浪人の後、兵庫県のK女子大学に合格・進学した。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 公立高校の学区再編、それに伴う私立高校の活性化により割を食っているのは、進学校中でも不人気だった高校(総合選抜を外され、もとより伝統も人気もなかったのがそのまま優秀な生徒を集められないことにつながり、そのことが必然的にレベルダウンの原因となった)と、周辺地域の比較的優秀な生徒を集めていた公立高校である。まして、それほど学力優秀な生徒を集めていなかった周辺地域の公立高校の状況に至っては何をかいわんや。


 はるかさんのB高校もそうだが、次に紹介する少年の例はまさに、その状況の象徴ともいえるものである。

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