第32話 ある大検予備校の話
Xセミナー(仮称)という公務員系統の試験対策を中心とした予備校がある。
ここは1990年代頃より大検のための予備校を設置した。
それほど生徒が通っているようでもなかったが、各地に展開している校舎の一角で行うからさほどのリスクはない。しかも大検受験生の多くは昼間に通えるから、教室の有効活用にもなる。
かくしてXセミナーは、全国にある各地の教室で大検受験部門を設立した。
当時は学習塾業界自体に勢いのあった時代。夕方から講師として塾に教えに行く人たちも昼間であれば来られる。あるいは生活費を必要としている司法試験等の国家試験受験者でもいい。
当時の大検予備校は必ずしも1つの授業に何人もが集うマスプロ授業をしていたわけではない。その授業に来ているのはせいぜい数人という例も少なくなかったが、大検を目指す若者の居場所として存在しえた。
1990年代前半のある時期、真鍋氏と私、それにK市のZ先生とで香川県高松市の駅前ビルの一室を借りて「大検の集い」を実施した。
大検を受検して大学等を目指そうという人たちとともにその親御さんも何組か来られ、有意義な話になった。
そのこと自体は良かったのだが、この日の集会の途中、紺のスーツ姿の中肉中背で銀縁眼鏡をかけた中年男性が現れた。彼は私たちに名刺を渡した。
Xセミナー高松校 校長 朝原 勝次
と、その名刺には書かれていた。
何やら話したいとのことで朝原氏の話を聞いていると、わが校には何人生徒がいてどうのこうのと、自校の宣伝らしきことをひとしきり。この集いはどこで聞きつけたのかというと、新聞を見て知ったのだという。それは構わないが、この集いは本来大検を受検する本人やその親御さんのためのものであって業者の宣伝をしてもらうブースではない。Z先生がやんわりと諭してお引取り願ったが、しばらく後味の悪さを引きずった。
そのXセミナーの岡山校にある時面接に行った。結局採用されなかったが、岡山校関係者と話をしているとこんなことを言ってきた。
「大検はご存知の通り、1年か最悪2年あれば十分合格できます。通信制高校との併用とかそういう甘えのようなルートを選択することは、当セミナーは勧めておりません」
私は、ああそうですかと引下がった。同時に、ここはそう長く続かないと感じた。結果は予想通りであった。
そもそもXセミナーには大学受験部門があるわけでもなく、また、高卒資格を得る生徒のためのシステムがあるわけでもなかった。
通信制高校との併用など必要としない成績上位層はそもそも大検予備校などまず必要ないから、Xセミナー自体に用事などない。
国公立大学や難関私大対策ならいざ知らず、大検程度は過去問さえあれば自分で対策できる。
大都市部に限った話ではあったが、大手予備校には大検コースもあった。
第一成績上位層は、どうやっても大学に行く道が見つけられるからいい。
問題は中下位層。元高校教諭の内山氏が真鍋氏との共著で述べたように
「学力の背景もなく、勉強も満足にしていないのに、高校を中退したからといって大検を受検というのは不遜である。」
とまでは言わないが、そのままでは大検合格どころか高卒資格さえ覚束ない。
そもそも大検は大学への入学資格=受験資格を担保するためのものであり、高校卒業資格を担保するものではない。
これでは成績上位層も下位層も救われない。
目先の大検だけで講座を開いたところで、彼らがその後Xセミナーの受講生で来る保証もない。
Xセミナーは現在でも公務員試験や教員採用試験の予備校として存続しているが、ある時点で大検講座は閉鎖したようである。先日そのXセミナーのHPを見たところ、高認対策や通信制高校との連携などの事業は行っていないようであった。
ただ、ネット検索をしばらくかけてみたところ、どうやら通信制高校のサポート校としての役割を全国4か所の教室で実施しているような記述は見られたが、実態はネット上では不明のままである
当時の大検予備校には第一高等学院のように通信制高校としての機能も備えてきたところもある一方、このようにひそかに消えていったものも少なからずあった。
大検の歴史上、このXセミナーの存在は、時代の変革期に咲いた「あだ花」のようなものであった。
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