第17話 舞い込んで
「あ! また……。もう」
彼女が満開の桜の下で、ぼやく。
平和な僕の毎日に、いつも緊張感をもたらすのは、彼女だ。
今日も、彼女の一言で、僕は、問題解決に動き出す。
17. 舞い込んで
満開の桜を見上げながら、僕と彼女は河川敷近くの桜並木を歩く。300メートル以上もの堤防沿いの道をずっと桜の木が並ぶ。
そばでみると圧倒的な存在感なのに、遠くに見える桜の木々は、ピンク色の綿菓子みたいに、どこか夢のようで、優しく儚い。
「落ちてくる桜の花びらを地面につく前につかめたら、幸せが舞い込んでくるんやって」
彼女が桜を見上げて言う。
「へ~。そうなん?」
そういえば、そんなことを聞いたことあるような、ないような……。
「だから、今日は絶対花びらつかまえようと思って」
ちょうどそこへ、気持ちよく風が吹いてきた。少し冷たい風に細い枝が揺れて、はらはらと花びらが舞う。
「よっ。はっ。おっ」
彼女は、右へ左へ前へ後ろへ反復横跳びみたいに、飛び跳ねながら、一生懸命花びらを追う。
追いついたかと思っても、手のひらから、するりと身をかわすように、花びらが逃げる。
夢中で花びらを追う姿は、なんだかお茶目で可愛くて、僕は思わず笑ってしまう。
「あ! また……。もう」
彼女が満開の桜の下で、ぼやく。
「……全然、あかんわ」
そのとき、彼女と花びらをぼ~っと眺めていた僕の目の前に、一枚の花びらがゆっくりと舞い落ちてきた。そっと手のひらで受け止めて、もう一方の手でフタをするように包む。
「あ! なんで! ずるい」
彼女が恨めしそうに僕を見る。
「あげようか? これ……」
僕が花びらを包んだ手を差し出すと、彼女は、首を振った。
「いや。自分の幸せは自分でつかむの! ひとからもらうもんとちゃうねん」
彼女は決然として言う。
「そっか」
「うん」
「……なんか、ちょっとカッコイイね」
「そう? やから、ごめんやけど、もうちょっとだけ待っててな。今あなたが花びらつかまえたの見て、ちょっとコツ見つけたかもしれへんから」
「いいよ。がんばって」
しばらくのチャレンジの後……。
「……なんか。コツだけではあかんのかも。運とタイミングも要るみたいやわ」
彼女がしょんぼり桜を見上げた。
そんな僕らの頭上を少し強めに風が吹き抜ける。さあっと雨のように雪のように、花びらがひとしきり降り注ぐ。
「わあ……きれい……」
「うん……きれいやなあ」
僕たちに儚い桜色が降り注ぐ。
その美しさに、彼女も花びらをつかむことも忘れて見とれている。
「花びらつかまえようと飛び跳ねてる場合じゃなかったわ。こんなにきれいな花びらの雨、見逃したらもったいないもん」
彼女がそう言って僕に笑いかけた。
そうかもしれへんね……そう言いかけてふと見ると。
小さな優しい桜色の花びらが彼女の前髪にとまっていた。
「ねえ。……幸せの方から舞い込んできたみたいやで」
僕はそっと彼女の前髪を指さす。
「……ん?」
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