望みはでっかく。

原田楓香

第1話  ……いや、そこそこでええねんけど。

(いや、別に、そこまでのことは望んでへんねん)

僕は、心の中でつぶやく。


相手は、にっこり笑って、僕に、ムキムキになったオジさんの、使用前・使用後、みたいな写真を見せてくれる。

「こんなぷよぷよお腹でも、ここまでに! ……これほどの変化が見込めます!」


最近、ちょっぴり、ぷよっとしてきたことが気になっている腹を見下ろす。

「筋肉は、可愛がって鍛えてあげれば、ちゃんと応えてくれます」

相手は、力を込めて言う。

「はあ……」

 別に、僕は、そこまで、筋肉と親しくなりたいとは思っていない。

ただ、ちょっぴり余分な脂肪と、サヨナラしたいだけだ。


 いつのまにか、ここへ来る前に僕が抱いていた意気込みは、早くも薄れていきつつある。

 「こちら、今ご入会いただきますと、おうちでのトレーニングにも役立つグッズの中から、お好きなものを1点差し上げます!」

 (う~ん……。お好きなもの、ないかも)


  

 「ちょっと、やばなってるんちゃう? このごろ」

 Tシャツ姿の僕のお腹に、視線を注ぎながら、数日前に彼女が言ったのだ。

 確かに、ちょっと気にはなっていた。でも、やばいと言われるほどとは思っていなかった。

 「いや、やばいって。これから、露出の増えるシーズンやで」 

 彼女が危機感たっぷりに言う。

 ……あんまり、露出するつもりないけど。


 

 僕は、スポーツクラブのスタッフの人が、筋肉とお友達になれる方法を力説してくれるのを、ごめんなさい、と断った。そして、あっけにとられているその人を後に、クラブを立ち去った。

 そりゃそうだ。自分から、わざわざ来ておきながら、断るなんて、へんなやつ。きっとそう思っただろう。

 でも、少し緊迫感が心に芽生えたので、早く家に帰って、腹筋しよう、と心に決める。まずは、10回からでいいかな。毎日、少しずつ増やしていって……


 帰り道、本屋さんに立ち寄って、1冊の本を買った。

『むりなくやせる』 そのフレーズが気に入った。

  

 いい本を手に入れた。成功は、目前だ。ふふふ……

 僕は、ひとりほくそ笑む。


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