第16話 虎の尻尾に龍のうろこ

 私は「時の加護者」アカネ。

 私たちはN国の研究施設でルカを見つけた。ただの研究材料として口や鼻にチューブを通されて、体を切り取られていたルカを目の前にした時、言い知れぬ怒りが沸きあがった。『ルカ、すぐにこの忌まわしい場所から異世界アーリーに戻ろうね

』そしてルカを抱きしめた。


—独裁国家N 研究施設—


 拘束を解くと、急にルカは慌てだした。


 「ああ.. ぁぁああ 逃げて! 」


 彼の魔素が急激にあふれ出したのを感じた。もしかしたら、私たちの3主の力の一部が彼の魔素を誘発してしまったのかもしれない。


 「アカネ様、一旦逃げましょう! 」


 危険を察知したシエラが心でつぶやいた。


 既にルカの足元から闇色の炎があふれ出してきた。


 「離れて! ねっ、僕から離れて! 」


 私はそう必死で訴えるルカを両手で力強く抱きしめた。


 脚が炎に包まれたが構わない。もう決して放すものか。


 〖大丈夫だよ、もう、大丈夫だから.. 〗


 私は右手を高々と上げ、針を回転させた。


 全てが白くなり線画となっていく。


 「これは!? あ、あなたは.. いったい? 」


 真っ白なキャンバスに新たな線画が描かれると次第に色がついていく。


 異世界アーリー、運命の祠に戻って来たのだ。


 炎は地面へ消えていき、彼の魔素は大気中へ拡散されていく。


 私の身体からもシエラが抜けていった。急に身長が元に戻るとルカと同じ目線となった。


 「私はアカネ。時の加護者のアカネだよ」


 「3主の.. アカネさ..ま.... 」


 祠から飛び出してきたのはローキだった。


 「ルカ! 」


 ローキはがっしりとルカを抱きしめた。


 その様はまるでおじいちゃんと孫のようであった。


 「アカネ、ご苦労だったな」


 「うん、でもね、まだ私の用事は済んでいないんだ。シャーレ、悪いんだけど、私が時の狭間に入ったら、直ぐにシエラを送り込んで! 」


 ボロボロになっているルカの姿を見ると、シャーレは私がやる事を理解したようだ。


 「シエラは送るが、あまりやりすぎるなよ。あちこちに影響が出てしまうからな。わかったか。最低限にしろ」


 止めても無駄だと思っての言葉か、それとも言葉の裏返しで最低限まで好きにしろという事なのだろうか?


 「時の狭間」を開くとルカの魔素の残り香を辿りながらN国の研究所へ戻った。


 間もなくシエラが魂に入ったのを感じると、私はすぐに月の白女『ワム』へと変身した。そして通信機を耳に装着してラズウェルへ通じた。


 「こちら、ワム。あなた方のおかげで、私たちの目的は達成できたわ。でも、私たち、お釣りを渡し忘れちゃったから行ってくるね」


 『こちらドリス(ラズウェル)、いったい何をするつもりだ』


 「えっとね.. 私の国では月の使いは、お仕置きをしてもいい事になってるのよ」


 『 そうか..まっ、君個人のミッションなら、好きにすればいいさ』


・・・・・・

・・


 「アカネ様、るつもりですか? 」


 〖まさか、そんなことしたら異世界でも誰かが死んでしまうでしょ。私は一線だけは越えないから〗


 そんな事よりも効果的な方法がある。


 [ この独裁国の最高権力者はきっと怖いもの知らずなのだ。自分より力を持つ者はいない。ある意味、神になったつもりでいるのだ。 それならば.... ]


 私たちは駆けつけた兵により再び捕らえられた。当然、国の重要な研究材料を逃がしてしまった私たちはそれなりの刑が与えられる。


 既に国の最高指導者への報告がされているようだ。


 私たちはそのまま拘束着を身に付けられ、黒い血のシミを飲み込んだコンクリート広場に連れていかれた。


 コンクリート広場、そこは射撃場だ。


 ここで何が行われているのか、この血のシミの意味を直ぐに理解できるモノがそこにはあった。


 私たちを取り囲むように車輪付きの大きな機関銃がいくつも並べられている。それはとても対人用の機関銃とは思えない大きさだ。


 機関銃の横には大きい砲弾が発射される武器まで置いてある。


 この処刑場を特等席から覗き込む男が見えた。この横に立つ建物の3階から見下しているのだ。


 最高権力者の男は官僚たちの中でご満悦の様子だ。きっと彼にとっては暇つぶしのイベントか何かなのだ。


 コンクリートの上で行われること、そして今まで行われてきたことを理解したシエラの感情が伝わってきた。とてつもない怒りだ。



———最高権力を握った男はきっと神すらも自分にひれ伏すと思っているに違いない



 銃口が向けられる。そして全てを粉砕するような激しい音が空間を揺さぶる。


 空気を歪ませながら飛んでくる大きな弾を私の目はじっくりと観察していた。弾は空気の抵抗を受けながら僅かに振動しているようでもある。


 紙を破くように拘束義を引き裂いて、飛来する弾をひとつひとつゆっくり確実に蹴り飛ばす。


 目の前で起きていることに兵たちは次々と機関銃を手に取り撃ち始める。いろいろな方向から発射された弾丸。そんなもの、時の加護者の私には浮遊するシャボン玉と変わらない。


 脚のひと振りで7弾、ふた振りで16弾、蹴り飛ばしていく。私の脚は振る度にスピードを増し、既に触れた瞬間に弾は溶解し始めていた。



———シンプルな事だ、人智を越えた力をもって、愚者に人間だと思い出させればいい



 そしてついに放たれた大きな砲弾を足の裏で受け止め、静かにコンクリートに落とした。


 そこにいる人間は、目の前の白い化け物に畏怖している。武器を捨て逃げ出す者、ひれ伏す者、成す術のない人間たち。


 私は地面を渾身の力で踏みつける。コンクリートは今まで体験したことない絶対的なパワーに形を保つことを許されず、塵となり空気に消えて行った。



———愚者よ、世界には怒らせてはいけないものがあることを、お前は思い出したか



 地面を蹴って醜悪な権力者のもとに移動した。突然、目の前に現れた、白い化け物に官僚どもは怯えていた。



 「このまま消えるか、人間..」



 月のような光を放つ瞳はあまりにも冷たく、腰を抜かし小便を垂らす者もいた。


 誰もが自分の持つ武器が水鉄砲と変わりない事を理解しているのだ。


 慌てふためき無様に叫びながら逃げようとする権力者の首根っこを鷲掴みにすると、向かいの塔へ飛んだ。


 そして私はその男の衣服をはぎ取り丸裸にすると、耳元で囁いた。



—— 人間、私はいつでもお前を見ている ——



 脳裏に刻まれた言葉に男は失禁しながら気を失った。


 この先、N国がどうなるかはわからないが、絶対権力者は周りからの求心力を失うことは間違いないだろう。


 私が行ったことが世界にとって正義だったかはわからない。そんなことは、今の私にはどうでもよいことだった。



 私はこの傲慢な人間が許せなかっただけなのだ。



 ラズウェルは、あの小さなBARから全てを覗き見していた。バーテンダーにクロンダイク・クーラーを注文すると、レコード棚からフランク・シナトラの「Fly Me To The Moon」を手に取り蓄音機の上においた。


 シナトラの歌声が店内に流れると、ラズウェルはわざとらしく能天気な声で笑ってみせた。



 「時の狭間」に入るまで、私の耳の通信機にはその歌と笑い声が聞こえていた。

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