第116話 あの場所に
コボルトとゴブリンの戦いは続く。
戦場には五体の巨大な化け百足の死体と数百を超えるゴブリンの死体が転がっている。
ルセインは一時的に化け百足と距離を取り、ゴブとリュケスを使い反撃に出る。幸い、化け百足は幼生を放出している間は動けないようである、化け百足の幼生は極上のドラゴンの肉にありつけるという事でルセインに目もくれずに死体を喰らっている。
「ブリザーブドドラゴンごめん。でも、時間を貰えて助かったよ」
ルセインは自分の掌を傷つけ地面に手をつける、同時にゴブも掌を地面につけ、同じ姿勢をとる。
「礎に血と肉を 深淵の闇の先の沼地の王に従え 死者よ眷属となれ!」
ルセインの範囲数十メートルのゴブリンの死体が一斉に立ち上がる。死体は一様に苦悶の表情を浮かべており、やがて、起き上がったゴブリンはワラワラと化け百足と幼生に歩き始める。
「ウバァ」
「ジュル」
「ハァァァァ」
身体の損傷が少ないゴブリンはそのまま化け百足に向かい、損傷の激しいゴブリンは地面を這ったり、手招きをしているものなどもいる。ゴブリンというよりはゴブリンゾンビと呼べる見た目である。
(傷んだままの戦闘か。使役はこれっきりになってしまうかもな)
足を引きずるもの、片手がないもの、はらわたを引きずりながら歩くもの。全てのゴブリンが化け百足に攻撃を仕掛ける。
「キシャァァァァァ」
状況の異常さに気付いた化け百足がゴブリンの死体達に幼生を差し向ける。しかし、噛まれようと、攻撃されようとゴブリンゾンビは一切怯む事はない。ゴブリンゾンビは幼生を振り払いながら化け百足に向かう。
ザンッ
一匹のゴブリンゾンビが化け百足の身体を槍で傷つける。すぐさま触手で反撃され一瞬でゴブリンは動かなくなる。しかし、その攻撃をきっかけに化け百足の全身が刃物と鈍器で一斉に襲われる。一つ一つの攻撃は大した事はないが全身に浴びる刃物や鈍器での攻撃は無視できない攻撃力である。化け百足はあっという間に防戦一方となる。
「キシュゥゥゥゥ」
再び化け百足が大きく息を吐くと今までゴブリンゾンビを襲っていた幼生はルセインにターゲットを変えワラワラと走り始める。
(それが正しい。これからはどっちが相手を先に倒せるか我慢比べだ)
ルセインをリュケスが守りつつ、ゴブとルセインは次々とゴブリンゾンビを生成していく。化け百足も大きな身体を使いゴブリンゾンビを撃退するが、生きているゴブリンとは違いゴブリンゾンビは化け百足に対し一切怯むことはない。
(早く終わってくれ)
無理な同調使役で目の焦点が合わなくなりはじめる。ゴブやリュケスの意識だけではなく先程からゴブリンゾンビの負の感情が流れ込み始めている。ルセインの顔に脂汗が浮かぶ。目が窪み、隈はより一層濃くなりはじめている。
キシャァァァァァ、キシャァァァァァ
負傷した巨大な蟲をゴブリンゾンビが襲う。全身に纏わりつくゴブリンゾンビは全身を蟻に噛まれながら巣に運ばれる巨大な昆虫を彷彿させる。
バタン、バタン、バタ、バタ、バーー
大きく身体をのけ反り、身体を小刻みに震わすとしばらくして目の前の巨体が動かなくなる。それと同時に一斉に倒れ始めるゴブリンゾンビ。その様子を目の当たりにしていた敵方の残りのゴブリンも一斉に下層へと引き上げていく。
「ルセインさん!」
儀礼服を着たギブがルセインに駆け寄る。周辺では遠吠えに似た勝鬨が大きく上がっている。
「勝ったのか?」
「は、はい。化け百足を倒しました。我々の勝利です!」
「そうか」
ルセインは小さく微笑むと意識を失った。
※※※
「ハァハァハァ」
育成中の百足も惜しまず投入したにも関わらずこの有り様か。あの獣人に拘り、あの人族を疎かにした私のミスというわけか。確かに大きなミスだったかもしれない。文献で知る人族はあのような異様な者ではなかったはずだ……。
「うぅぅ」
先程の同胞より受けた傷が予想以上に深い。我の命もここままでか。あの場所に戻ったとして何ができるのだろうか? いや、私にとってはあの場所こそ深い意味がある。最後はあの部屋が良い。
ザッザッザッ
後方より何かが付いてくる。あの人族か? それともあの獣人か……? あの時の私の言葉は通じたろうか? あれは知識と支配以外の喜びを初めて教えてくれた事に対する《礼》だ。次に生まれ変わる時に出逢えるなら、その時にはこのような関係ではない事を願う。
キィィィ
扉を開き中に入る。久しぶりに入った。中にあるのは一体の骸と夥しい量の書物である。無造作に置かれている椅子に腰を下ろす。
キィィィ
再びドアが開く。現れたのは私の片想いの獣人である。
「最後がお前で良かった」
笑いが漏れたが獣人には不快なゴブリンとしか映らないだろうか? 獣人は一言言葉を放つと槍を大きく振り上げる。ゴブリンは背もたれに腰を落とし静かに目を閉じる。
「母さん。今からそっちに行くよ」
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