第106話 遠吠えは鳴りやまない

 野宿を繰り返してきたルセインにとって、コボルトが用意してくれた久しぶりのベッドは格別であった。


「もう五日か。皆は何してるかな?」


 オリビアにダンジョンに向かうことを伝えてきたが仲間はどう思っているのだろうか? あの変態に着いて行ったのを怒っているだろうか? 


(残り一ヶ月半で脱出しなくてはならない)


 ルセインは身体を起こすと部屋に置かれたゴブと二号をまじまじと見る。戦力差は四倍、百足は三匹。正攻法の攻略は難しい。こちらが圧倒的に優っているところはなんだろうか。……地の利、ガイブ、あとは俺自身位だろうか。あ、隠し通路もこちらが抑えているか。


「よし……。この方法で行くか!」


 意を決するとベッドから飛び降りる。ルセインは身体をほぐしながら使いの者が来るまでの時間を使い同調使役、魔力制御を駆使してトレーニングを始めた。


 ※※※


 二度扉が叩かれる。使いの者が来たようだ。内側よりゴブリンがドアを開け出迎える。ルセインではなく突然現れたゴブリンにギブは驚きのあまり腰を抜かしそうになり、その様子を見てルセインは慌ててギブに駆け寄る。


「オ、オハヨウゴザイマス。ルセインサン、ゴブリンハカンベンシテクダサイ」


 怒ってはいないようであるがギブは不満そうにコルセイに抗議する。


「ごめん、ごめん。悪気はなかったんだ。練習でしばらく連れ歩こうと思ってね。ダメかな?」


「ドウホウタチもオドロクトオモイマス。……マッテテクダサイ」


 ギブはそそくさとどこかに向かうと、木でできた小さな仮面二つを手渡す。


「マツリデツカウ、コドモノメンデス」


 これをゴブと二号にということだろうか? 二匹に面を渡し装着する。ちょうど顔のサイズも同じであり、目元を除き顔全体が隠れる。この状態なら皆を驚かせずに済むかもしれない。


「ありがとう。使わせてもらうよ」


 ギブは満足そうな態度を取るとこちらに来いと合図を送ってくる。ルセインがギブに続き、そのすぐ後ろを仮面をつけたゴブリン二匹が後に続く。すれ違うコボルトも怪訝な顔はするが驚く者はいない。とりあえず大丈夫なようだ。


「おはようございます」


 三度目の訪問となる石造の部屋へと合流する。目の前にはギョウブと体力を取り戻したガイブ。テーブルの上には暖かい具の入ったスープが用意されている。どうやら朝食も頂けるようだ。


「おはようございますギョウブさん。ガイブも動けるようになって良かったな!」


「キノウハワルカッタナ」


 意外な事にガイブが謝ってくる。ルセインは予想外の自体に思わずたじろいでしまう。


「いや、お前の強さを実感できた。これからも宜しく頼む」


 一瞬嬉しそうに歯を見せるとルセインの肩を軽く叩く。昨日の一件を経てどうやら信頼関係が築けたようだ。四人はテーブルに着き食事を食べながら今後の話を始める。


「さて、昨日一晩色々考えて見ました。ギョウブさん達に聞いてもらい。内容が良ければ実行したいと考えています。まず、昨日見つけた隠し通路はまだ生きていますか?」


「はい。見張りを立て埋める準備をしています」


「よかった。まだ埋めてないんですね。ちょっと待って貰って良いですか?」


「はい。構いませんが」


「俺が決めた作戦はこうです。あの隠し通路を使いゴブリンを出来る限り攫っていこうと考えています。その攫ったゴブリンを使いあの百足を駆逐、或いは操れないようにすれば大幅に戦力が削げます。その後にギョウブさん達全員で階層を取り戻して下さい」


「サ、サラウ……」


 さらっと人攫いのような話をするルセインにギブが若干引いている。昨日の二号解体の惨事をも目の当たりにしており、ルセインを見る目が更に濁っていく。


「しかし、それではかなりの負担がかかりますよ。宜しいのですか?」


「はい、敵にとっての一番のイレギュラーは俺だと思います。しかもこの作戦ならギリギリまでギョウブさん達に被害が出ません」


「我々がお手伝いできる事はありますか?」


「昨日の様子を拝見していますので少し気が引けるお願いなのですが……捕らえたゴブリンの解体を誰か手伝ってもらえませんか?」


「「「………………」」」


 一斉に静まり返る室内。そんな中ガイブがゆっくりと手をあげる。


「オ、オレガヤロウ」


「気持ちは嬉しいけど君にはやって貰いたい事があるんだ」


「オレに?」


「そう君にしかできないお願いだ。申し訳ないのですが解体は他の方にお願いしたいのですが……」


 《君にしかできない》という言葉が響いたのかガイブは尻尾をハタハタと振り嬉しそうにしている。解体を他の者に任せるべくルセインがギョウブを見る。しかし、それとなく視線を逸らされる。


「大変申し上げにくいのですが同胞の中にはあの解体作業を見てルセインさんを悪魔の使いなどというものも出ております。やはり言葉で意思疎通ができないのは誤解を生みやすいようです。ちなみに私は老ぼれ、体に負担がかかるのはちょっと……」


「言葉が通じて、俺の事を理解できて、若い者……」


 三人の視線がギブへと集まる。


「ムリデス、ムリデス。オネガイシマス、ヤメテクダサイ」


 ルセインが怯えるギブの肩にそっと手を置く。


「ウッ、ウォォォォォン!」


 遠吠えが部屋中に響く。しかし決定した解体役は覆らない。皆がそれぞれの作業に取り掛かる中、しばらくの間ギブの遠吠えは鳴り止まなかった。

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