第22話 二択

 アヤカから貸して貰った特殊な聴取機を耳から外しながらルセインは水中より顔を上げる。


「この聴取機で笛の音を聞くまでは良かったんだけど、これ防水だよね? なんか変な音が聞こえるんだけど……まさか、壊れてないよね」


 視線の先の黒外套は膝をつき、仰けに反った姿勢でブスブスと煙を立てている。黒いコールタールの様なものは剥がれ、黒い外套全てが焦げ付いている。この爆風を浴びて生きていられる人間はいないだろう。


 黒外套を背にルセインも水路を脱出すべく走り始める。聴取機もだが、簡易ガスマスクも水に潜ったせいか先程から調子がおかしい。アヤカに「弁償して下さい!」と言われたらきっとルセインの安月給では払いきる事はできないだろう。そんな事を考え、暫く走っていると先程の隠し扉付近に行き着く。


「アヤカ! 梯子を頼む!」


 返事はこない。しばらくの静寂の後、背後に違和感を覚える。瞬間、ルセインの目の前に黒い閃撃が迫っていた。反射的に避けようとするものの避けきる事が出来ずに顔を腕で覆うだけの形となる。黒い閃撃の衝撃はルセインを直撃し、吹き飛ばされた身体はゴロゴロと水路を転がる。


 水から何とか顔を上げたものの、その先には何事もなかったかのように黒外套が佇んでいる。黒い外套には先程にも増して黒いコールタールのようなものが巻きついており、まるで生きているかの様に不規則に蠢いている。


「もう、二度と。繰り返しては、ならない」


 水路の中で額を切り出血が止まらない、先程の不意打ちでショートソードを落とし、ゴブはダメージが大きかったのか使役しようとしても反応がない。


 丸腰の状態で構えるルセイン。頭上からは未だに梯子がかかる気配はない。


「あの爆発で生きてるって、どういう体してんだよ」


 強がっては見たものの黒外套は特に反応する事もなく刀を構える。丸腰のルセインにとって次の一撃が致命傷になるのは間違いない。ダメージを食らう前と何ら変わりない足取り。黒外套は半歩足を開くと、こちらに向け踏み込んで来る。


 水飛沫が勢いよく飛び散り、ルセインの間合いに刀が振り下ろされる。


「――!?」


 巨大な質量が黒外套を覆い、天井より突如現れた何かに叩きつけられる。


「はぁ。はぁ。間に合って良かったよ。――スケさん!」


 穴から落ちてきた巨体は巨大スケルトンことスケさん。スケルトンはそのまま左手で黒外套を握り、そのまま頭を下にして叩きつける。


 グシャ! グシャ!


 死角から不意を突かれ、抵抗することもできずに二度、三度と勢いよく左腕で黒外套を水路に叩きつけられる。すかさずにそのまま水路側面に勢いよく擦り付けると、水路の壁面に向けて黒外套が思いっきり投げつける。


 再び生き物が潰れる音が豪快に鳴り響くと、そのまま黒外套は起き上がる事はなくなった。


 ※


 梯子の上からアヤカが降りてくる。オルタナは負傷が酷いようで、穴の上で待機している様だ。こちらに声だけが聞こえてくる。


「返事がないから心配したよ」


「それくらい余裕がなかったんです。ルセインの使役範囲も聞いていなかったですから全パーツを下に投げ入れるのかと想像したら憂鬱になりましたよ。本当にルセインが動かさないとただのデカイがらくたですね」


「が、がらくたとか言わないで下さい。スケさんのお陰で俺らは助かったんですから」


「それも、そうですね。ありがとうスケさん」


 アヤカの声にたいしてすぐさまスケさんが頷く。


「えっ! 嘘? 意識があるんですか?」


 得意げな顔を向けるルセイン。スケさんも当たり前だという表情をしている……様に見える。


「馬鹿だな。ルセインが動かしているに決まってるだろう」


 頭上よりオルタナが顔を覗かせる。アヤカは歯を食いしばると力いっぱいの張り手でルセインの額に応急テープを貼り付ける。


「いっ、痛ぁーーっ!」


「次やったら腕折りますから」


「えっ。腕!? 怖っ。冗談だよ冗談。怒らないでくれよ」


 アヤカは無言でルセインから横たわっている黒外套に視線を移す。先程の攻撃により一切動く事はなく、身体からはドクドクと黒い液体が流れ続けている。呼吸もしていないように見えるが、そもそも生き物であるかもわからない。念の為、持ってきたロープで足以外の全てを拘束する。


「で、こいつはどうするの? 私はヒエルナに連れて帰るべきかと思うけど」


「賛成だ。こいつから得られる情報はラマダン滅亡の解明につながる可能性が高い。残りはこの先の小部屋に向かうだけだな」


「ん? オルタナ馬鹿なんですか? そんな場合じゃないですよ。あなたの出血は一刻も早く手当しなくてはなりません。しかも奥に向かうにしてもその先に何があるかわかりません。後で瘴気対策をしっかりとして向かえば良いではないですか?」


「いや、あの小部屋自体に奥がある可能性はかなり低い。この黒外套がその部屋の前に張っていたのが証拠だと思わないか?」


 アヤカとオルタナの意見が食い違う。二人はルセインを見て意見を聞きたいと考えているようだ。小部屋の先は見たい。しかし今ではない。そこはアヤカと同意見だ。

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