言えなかった言葉

木場篤彦

第1話言えなかった呪い

い、いたい、いたい痛い痛い——。

身体中が軋んで痛みが増していく。

バスタブに満たされたぬるま湯に浸かっているような倦怠感に似た何かが私の身体中を駆け巡り、身体を覆い尽くしていく。

周囲の雑音が煩く、耳障りだ。

「きゃー」

「——れかぁ、——ゅうしゃをッッ!」

「——いっおいっっ!」

視界が揺れる。

そんなに揺さぶられなくったって、聞こえてるよ。

アスファルトの上でうつ伏せに倒れた身体を誰かに揺すられている。

私の身体を揺すり続ける誰かの手を煩わしく振り払おうとするが、腕が動かせない。

ああいたい痛い、煩い煩い……

もう死ぬのかな、死ぬのかな……わ、たし?

死ぬんだ、こんなところで——呆気ない死だなぁ、私って。

託したよ、確かに彼に託したよ私は。

でもこんな死にかたで、彼女らに別れを告げられずに死んでいくなんて……想像、していなかった。

見ず知らずの他人が運転する乗用車に轢かれて死ぬなんて、なんて平凡な私に相応しい死にかただろう。

平凡な私に相応しい死にかたか?

こんな死に様が、私に相応しい……ははっ、何言ってるんだろう、私。

何笑ってるんだろう、私。

意識が混濁し始めた。

ハンドバッグ……ハンドバッグは、どこだ?

私のハンドバッグはどこに?

「しの……ドバっ……こに……?」

「なんか言ってるぞ。あんた——」

私のハンドバッグはどこかって、言ってるんだよ。

視界にハンドバッグはない。

どこだ、どこだどこだ……?

眞奈美と撮った写真を入れている私のハンドバッグは……?

破れてないかな、眞奈美と私が写っている

眞奈美……姫咲……西條くん……帆乃美……最期に、別れの言葉を言えなくてごめん……遺言のろいを遺せずに逝くことになってごめんね、皆。

西條くん、忘れてないといいな。

お願いだよ、西條くん。

私が西條海音に託した生前の遺言のろいを、眞奈美に、眞奈美たちに、届けて——海音。



救急車が到着する直前に、阿嘉坂小百合という一人の女性が息をひきとった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言えなかった言葉 木場篤彦 @suu_204kiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ