軍艦行進曲
宇野雪月
こうなるとは、思ってもみなかったのだけれど。
幼い頃から、祖母のレコードで聴く軍艦マーチが大好きだった。
別に軍隊とかが好きだった訳じゃない。ただ、軍艦マーチの力強いメロディーを聴くと何だか元気が湧いてくるようで、当時から何かと忙しく、また若干周囲から浮きつつあった私の原動力だった。
ご大層な家柄にそこそこの財力が付け足されれば、その家に生まれた子供に進路の選択肢などほとんど無いに等しい。それは我が家においても同様で、物心ついた頃から既に私の周囲は音楽で満ちていた。別に苦ではなかった。当然のように楽器を持たされ指導を受けても、それが私の世界では当たり前のことで、何ら反発する理由もなかった。だって音楽は好きだし。上手く吹けたら褒めて貰える。
この家の中が、私の世界の全てだった。
小学校に上がってからも特に変わることはなかった。学校が終わったら家で楽器の練習をする。新しくできた友達と遊んだことはない。他のみんなはよく遊んでいるらしいけど、何をしているのかもよく知らない。みんな習い事とか塾とかあるだろうに、要領いいんだなー、羨ましい、ってそれくらい。
後に遠い地でできた友人に指摘されるまでそれが異常だったことに全く気づかなかったのは、ただ単に自分がいろんなことに対して鈍かっただけではないと思う。
母の転勤で都会に引っ越したとき、初めていろんな環境の人と出会った。毎日聞く話はどれも新鮮だ。みんな夢がある人もいればない人もいて、自分で見つけた好きなことに夢中になっている。
そう、やりたいことを自分で見つけている。
それは、どんな気分なんだろう。
その時初めて、私は"それ"を知らないことに気づいた。
それとの出会いは本当に偶然だった。
中学2年の冬。希望外の場所へ行って、ただ義務として過ごすつもりだったそこはとても輝いて見えて、私の考えを大きく変えた。
何て、正しくて美しいんだろう。
───────遠くで軍艦マーチの力強いメロディーが聞こえた気がした。
.....そして今、目の前にはあの頃の自分がいる。
「おねえさんって警察の人?かっこいい!!」
目の前で瞳を輝かせてこちらに聞いてくる少女は純粋そのものだった。
「違うよ、私は───────」
正直、この身分を名乗れるようになるとは思っていなかったが。
「かっこいいって言ってくれてありがとう。嬉しいな」
そう言って微笑む。あの時私に微笑んでくれた人達のように。
あの時この選択肢を教えてくれた恩人達のように。
たとえ誰に何を言われても、理解して欲しい人に理解されなくても、守りたいと思うから。
4年前の2月3日、遥か西からこの地に来た意味があると思えるのだ。
軍艦マーチが聞こえる。
私はそっと目を閉じ呟いた。
「.....蒼き航路に祝福を」
軍艦行進曲 宇野雪月 @setsuka_uno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます