点と黒と春

子黒蓮

点と黒と春

 そこにはなにもなかった。何もないというのは正確ではないかもしれない。ただ黒く濃く暗く外からは何も見えなかった。(外があればの話だが…)

 暗闇という風に言えばそれはあまりにちょうどいい言い回しだが、それを暗闇というのも何か違和感を覚えるそんな例えるならば黒がそこにあった。暗黒だった。

 そしてその暗黒が今ここに横たわっている。その中を顕微鏡や何かで覗いて見ることができるとするならば、そこに青白い小さな点を見つけることができたはずだ。青白い点は我々の世界の日本人の感覚ではちょうど線香花火の火の玉を想像してもらえばいいだろう。その線香花火の玉が青白く泡立っているように見えるだろう。そして蓮の葉の上の水の玉のようにあちこちへうごめいている、まるで迷い星のように。

 青白い火球は使い古された偉人の言葉を引用するならば『せはしくせはしく明滅しながら』それでも確かに灯り続けていた。火球には名前はない。実際には名前があるのかもしれないが、そんな名前はみんなよく知らないものだ。それは星のようにも見えた。やり場のない力を持て余しながら激しくぶつかる若者のようにも見えた。

 火球はその暗黒のあちこちにぶつかりながら火花を散らす。

 火球はあちこちに火花を散らしながら、また次の場所へと遠く飛び去る。

 残されたその場所は微かな光を保ちながらぼんやりと青くひかる。

 火球はいつか停止するものと信じられていた。火球が暗黒のそこここにぶつかるたびにそれは停止するものと信じられていた。ときに長くそこにとどまることがあったから。しかし火球は動かずにはいられなかった。それはまるで火球自身が意志を持っているかのように見えた。実際にそれがそうなのかはわからない。悶え、跳ね、廻り、ぶつかり、何度となく繰り返したが、やはり火球が泊まることはなかった。

 暗黒は火球がいることによって少し、また少しと変化を遂げた。それはどこか遠くから眺めればやはり闇黒なのかもしれないが、やはり近づいて見るとそこここに仄かな青白い光を咲かせているのだった。

 火球は暗黒にわずかな光を注ぐために沸騰し、暴れ、飛び去っているようにも見えたが、それは正しくないかもしれない。ただ、その青白い光を撒き散らすために暴走しているのかもしれない。

 それは火球だけが知っている。

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点と黒と春 子黒蓮 @negro_len

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