間奏 深淵を彷徨う

part Kon 10/7 pm 10:42




『あたしの名前は 紺野 瞳。

 ひとみちゃんって呼んでねっ

 

 5月19日生まれの17歳。

 牡牛座のO型。

 現役JKだよっ

 

 背はちょっと高いけど 友だちに〈美人〉とか〈綺麗〉とか よく言われるんだ~

 

 好きなことはバレーボール。

 ポジションはセッター。

 背番号は2。

 藤工のレギュラーなんだよっ。

 スゴいでしょ?

 

 これは 誰にもナイショだけど 好きな人がいるんだ。

 優しくって カッコよくて いつでも あたしのこと 守ってくれるの

 その人の名前は………』




 

「うっ きゃぁーーーーーーっ!」


 

 恥ずかしさに耐えきれなくなり スケッチブックのページを引きちぎり 丸めて壁に投げつける。


 

「姉ちゃん うるせぇ!勉強の邪魔すんなッ!」


 

 襖の向こうから 啓吾の怒鳴り声がきこえる。


 

「……ごめん。啓吾」


 

 啓吾は受験生。

 気を 遣ってやんないと……姉として。

 

 啓吾は 大吾兄貴やあたしと違って スポーツ推薦貰わず 学力試験で南高 目指すらしい。

 中間試験前の大事な時期に 隣の部屋で奇声とか アリエナイよね。

 

 …ホント ごめん。


 あたしは と言えば 例によって 数学のやる気が 起こらずスケッチブックに現実逃避中。

 数学 明後日だし マジ ヤバいんだけど…。



 インターハイ終わって この2ヶ月の間に ずいぶん色んなことがあった。

 

 インターハイは 2勝して次でベスト8ってところで 福井の代表校に負けた。

 3年生の受験組の先輩が引退して キャプテンはじめ幹部も交代。

 

 そんな中 監督がキャプテンに指名したのは 超意外にも あたしだった。

 ところが2年生ミーティングでも 異議無しで あたしがキャプテン引き受けることに。

 

 正直 明日香先輩みたいな感じで 部活引っ張るのは 無理だけど 明日香先輩に色々教えてもらったり 日菜乃や麗奈と相談しながら なんとかこの2ヶ月やってきて 最近 少しずつ形になってきた。

 神楽も 頼りには なんないけど 協力する姿勢は 見せてくれてるし…。


 

 ポジション争いも かなりスタメンが定着してきた。

 神楽と1年の玉木 そして日菜乃の3枚看板を生かした高速超攻撃的バレーってゆー今年のウチのスタイルは 高いジャンプトスが命。

 

 そのための あたしのセッター転向だったんだ。

 もちろん ベンチスタートの日もあるし 油断は できないけど レギュラー獲れないかも……ってゆー段階は 完全にクリアした。

 


 進学の話も 予想外のことがあった。

 夏休みの終わりに 大学に行きたいってハナシを親にしたら『学資保険ってのに入ってるから なんとかなる』って言われて 拍子抜け。

 てっきり 反対されると思ってたから 説得のための資料とか 色々用意してたんだけど。

 

 もちろん 行けるお金があるってゆーのと 入れてもらえるってゆーのは別の話だから 推薦もらうために勉強 頑張んないといけないのは いっしょだけど 気分的には かなり楽になった。

 

 ……そう。

 だからって 数学の勉強しなくていいワケじゃないのは 分かってる…。


 

「っんだよ この問題っ。ワケわかんねーしッ」


 

 イラついた啓吾の独り言が襖越しに聞こえる。

 まあ 下宿は ダメって言われたし 防音問題は 未解決なんだけど…さ。

 

 そういえば 大吾兄貴は『啓吾の勉強の邪魔になるから』ってゆーのを理由に 家を出てユキさんと2人暮らしを始めた。

 結婚とかの話も そろそろかもなってママが言ってた。


 

 あとは… と。

 

 そう。

 髪の毛のハナシ。

 

 春休みに 限界突破して切っちゃた髪の毛も 半年の間にだいぶ伸び 先週 久しぶりに 美容室へ行った。

 前髪 整えてもらったり 後髪を梳いてもらったりして ちょっと女の子らしい髪型になった。

 まだ括るほどじゃないけど ショートとボブの中間くらい。


 

 厚ぼったくて怖い一重瞼。

 これは さすがに変わんないけど 最近は 学校に行くときも あきちゃんに教えてもらったように ピンクのシャドウを ほんの少しだけ つけるようにしてる。

 

 ホント 気休めかもしれないけど ちょっとは 優しそうに見える気がする。

 確かに〈おまじない〉かも…。


 

 ……こうやって 書き出してみると 4月に悩んでたことは ほとんど全部 解決していた。

 

 

 でも そんな実感 全くなかった。


 

 キャプテンの仕事が忙しい。

 セッターとして 覚えること 考えることが いっぱいある。

 学校の勉強(特に数学…)が面倒。

 エプロンドレスも 中間試験が終わったらいよいよ本格的に作業が始まる。

 あきちゃんの分もあるから 前倒しで進めては いるけど ここからが正念場。

 

 やること山積みだ。


 

 ただ そんなことは 悩み事には 入らなかった。

 どれもこれも 大変ではあるけど やることの道筋は 見えている。


 本当の悩み事ってのは 何をどうしていいのか ぜんぜん わかんないこと。

 なのに 気がついたら そのことばっか考えてて 前に進めなくなること。

 

 こんなに本気で悩んだことは 初めてだった。

 夜 眠れなくて 食欲もない。


 ……いや 食事は 部活あるから 無理矢理にでも食べてるけど。

 

 でも あんまり 美味しいとか 感じなくなってる。

 ご飯が楽しくないなんて ホント 生まれて初めてだ。



 もちろん 悩みのタネは あきちゃん。



 あたしは あきちゃんが好き。

 スタートは いつもここから。


 

 賢くって頼りになるとこが好き。

 子どもっぽくて なんか危なっかしいとこも好き。

 男の子っぽくって あたしのこと 女の子扱いしてくれるとこが好き。

 綺麗な髪 可愛い顔 華奢な身体 お人形みたいに愛らしい外見も好き。


 

 だから 7月のライブの時に『好き』って伝えた。

 そしたら あきちゃんも『好き』って言ってくれた。

 

 でも あたしは ぜんぜん 満足できなかった。

 だって あきちゃんの『好き』は〈友だち〉の〈好き〉だったから。


 

 〈友だち〉でいいじゃん。

 

 って思う日もある。

 昨日の夜は そんな結論になった。

 

 〈友だち〉でも あきちゃん 優しくしてくれるし 2人で買い物行ったり お化粧教えてもらったりできる。


 

 ……でも〈友だち〉じゃあ やっぱ ダメ。


 

 聖心の文化祭が 近くなってきて あきちゃんの話に〈なっちゃん〉って子が 時々出てくる。

 同じクラスで 聖歌隊も一緒に活動してるみたい。

 

 だけど あたしは この〈なっちゃん〉が大嫌い。

 理由は ただ1つ あきちゃんの仲のいい〈友だち〉だから。

 ……いや 実際には 会ったこともない子なんだけど。


 もうホント 自分でも辟易とするくらいの醜い嫉妬心。

 

 話 聞いてると スゴくいい子みたい。

 だからこそ あきちゃん盗られちゃうんじゃ…。

 って心配になって 居ても立ってもいられない気持ちになる。


 

 だから あたしは あきちゃんの〈特別な人〉になりたい。

 きっと あきちゃんの〈特別な人〉になれれば こんな醜い自分にサヨナラできると思う。

 あきちゃんの友だちの話聞く度に ドロドロ モヤモヤするとか ホントに最低だもん。

 〈友だち〉じゃあダメ。

 〈親友〉でも不安。

 〈恋人〉がいい……だって好きなんだもん。



 だいたい あきちゃんも悪い。

 あきちゃんに彼氏がいるとか 好きな人がいるとか分かってれば あたしだって 諦めついたハズなんだ。

 

 あんなにカッコよく現れて あたしのこと助けて いっぱい優しくしてくれて ちょっと弱味見せたりして あたしが どうしようもなく ホントにどうしようもなく好きになってから〈友だち〉扱いなんて あんまりじゃない?

 少女マンガのドS男か?って ツッコミたくなる。

 

 マンガだったら 不意討ちで壁ドンとかされて 一気に話が進むんだけど…。

 そんなこと思って 自分のこと少女マンガ風のチビキャライラストにして 自己紹介させてみたんだけど そのあまりのイタさが冒頭の『うっきゃぁーっ』って ワケだ。


 やっぱ あたしが いくらカワイコぶったって あきちゃんが あたしを好きになってくれるワケじゃない。

 あきちゃんが あたしのこと好きかどうか?

 ってゆーのも ホント どう考えていいのか ぜーんぜん わかんない…。


 あきちゃんが男の子なんだったら『2人でライブ行こう』って誘ってくれた時点で…。

 ……だよね?

 

 デートスポットで 手を繋いで歩いたんなら あとは もう告白するだけって感じ。

 

 でも あたしの『好き』は 見事に空振り。


 

 あきちゃんが あたしのこと好きかもってゆー感じは それでも あたしは感じるんだ。

 もちろん あたしの願望が入ってるとは思うけど…。


 

 やっぱ あきちゃんは あたしに特別の好意を持ってくれてると思う。

 

 知り合って半年の間に 色々話したけど あきちゃんって 結構 醒めた人。

 優しいんだけど 友だちに対しても 家族に対しても 半歩引いてる。

 そんな感じがする。

 家族仲も良さそうだし 友だちとも上手くやってるみたいだけど なんか醒めてる。


 それなのに あたしには 信じられないくらい優しくしてくれる。

 泥水に突っ込んでニッコリなんて アリエナさ過ぎる。

 

 その あたしにだけってゆー感じが ますます あたしを狂わせる。

 それとも 口で言ってるだけで 他の友だちにも とことん優しいんだろうか?


 ちゃんと あきちゃんの気持ちを確かめたい。

 そして〈好き〉だって 伝えたい。


 ただ それだけなのに 何をどうしたらいいのか ぜんぜん わからない。



 作業台の上の時計を見る。

 22:57

 もうすぐ23時。

 

 あきちゃんに『おやすみ』のメッセージを送って シャワー浴びてこよう…。

 気分変えなきゃ ホントに狂っちゃいそうだ…。

 ………。

 ……。

 …。



   

                        to be continued in “part Aki 10/7 pm 11:00”






 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る