part Aki 7/23 pm 4:02
温かいシャワーを 頭からたっぷりと浴びて 少しずつ身体が暖まってくる。
「フぅ………」
ゆっくりと息を吐いて 心を落ち着ける。
今日は なかなか良い雰囲気で こんのさんと過ごせてたハズなのに 桜橋に着いたあたりから 運気がガクッと落ちた感じ。今朝 見た星占いじゃ そこまで悪くないハズなんだけど…。昼の買い物で運を使い果たしちゃたんだろうか? 帰りの電車は 悪くなかった。寝過ごしそうには なったけど 肩寄せあって手を繋いで眠ったってゆーのは 悪くない。
……やっぱり 桜橋に着いてからだな。
降りたら ムワッとした湿った風。
今にも 降りそうだったし 100円均一 止めとこうってゆーのも 納得。こんのさんが残念な顔して 謝ってくれた。化粧品 買う気になってくれてるのが 嬉しかった。しれっと プレアデス行く約束もできたし…。三岡の300均に行こうって言ってたのは ボクなのに すっかり忘れてたから ホント 申し訳なかったんだけど…。
歩き始めてすぐに ザーッときた。
自転車押してるから 傘 させないし 一瞬で頭からずぶ濡れ。まぁ ボクはいいとして こんのさんから 預かった生地が濡れちゃうのは いかにもマズい。こんのさんも 生地を濡らしたくなかったみたいで『ウチまで走ろ』って駆け出した。
ここで 運動神経の差が見事に出た…。
勢いよくダッシュする こんのさん。
もたつく ボク…。
慌てたもんだから ミュールを踏外して 身体が宙を舞う。アドレナリンが 脳内を駆け巡り 時間の進みがコマ送りになる。
とっさに 自転車のハンドルから 手を離す。
自分が倒れこんでいく方向が視界に入る。
大きめの水溜まり。
このまま手を着いたら 生地の入った紙袋が水に浸かる。
コンマ数秒の間に思考が一気に展開する。
預かったものを 台無しするワケには いかない。そもそも 荷物 半分持ちますって 言い出したのはボクなのだ(ホントは 全部 持ってあげたかったんだけど 非力なんで半分だけ…) 。
紙袋とトートバッグを 身体の内側に抱え込み 首と肩を丸めながら 背中から落ちる。
右背中に衝撃が走るけど 痛くは……ない。
イヤイヤ受けてた柔道の授業が こんなところで活かされる。
ボクの人生最高の受け身だ。
思考の速度が通常に戻り 感覚も戻ってくる。
おもいっきり水が滲みた背中が冷たいけど やっぱり痛みは 無い。どうやらケガせずに済んだようだ。もちろん こんのさんの生地も守ったし 自分のスマホ その他も無事だ。ずぶ濡れになったのは 確かに嫌だけど 自分なりにやることやったので そこまで悪い気分じゃなかった。
……問題は ここからだった。
こんのさんが駆け寄ってきてくれて 助け起こしてくれたんだけど なんだか知らないけど 怒ってるみたいだった。生地は 濡らしてないって 伝えたんだけど どーやら怒ってるポイントは そこじゃないらしい…。
今 考えても やっぱり 分かんないんだけど……何に怒ってるんだろ?
その時は なんで怒ってるのか考える間も無く 半ば強引に こんのさんの家に連れて行かれて シャワーを浴びろって言われた。しかも 洗濯するから 服を脱げって言われた……怒り口調で。
……これがホントに嫌だった。最悪だ。
怒ってる理由は 分かんないけど シャワー浴びて洗濯した方がいいってゆーのは 親切で言ってるんだろう…。確かに 雨に濡れて身体は 冷えてるし 服も汚れてる(頑なに 自分で洗うことに拘ってるのは 謎だけど…)。
だけど ボクは 人前で服を脱ぐのは マジに嫌なんだ。
もちろん 理由は ボクの身体にある。
前に 女風呂も更衣室も覗き放題みたいな話をしたことがあると思うけど 実は その話には 前提条件がある…。……それは『他の女の子にボクの身体を見られないこと』。
〈あき〉ってゆー着ぐるみを着てるんだって自分に言い聞かせて ボクは 女子校暮らしをしてるワケだけど 他の女の子の前で裸になるってゆーのは やっぱり生々し過ぎる。他の子に 女の子の身体してるって思われるのが 本当に 嫌でたまらない。服着てれば大丈夫なんだけど やっぱり裸は ダメだ…。
だから実際には 中学のときの宿泊学習では 生理ってことにして みんなと同じ時間には お風呂に入らなかったし こないだの修学旅行のときは 部屋のシャワーで済ませてた。更衣室でも できるだけ急いで そそくさと着替えるようにしている。見たいって気持ちがないワケじゃないし 見えちゃってドキッとするようなことも もちろん あるんだけど それより見られたくないって気持ちの方が100倍強い…。
「あきちゃん シャンプーとか石鹸とか適当に使ってくれていいからね? あと 籠に着替えとタオル入れとくね」
脱衣所から こんのさんが声をかけてくる。
こんのさんは 洗面台で ボクの服を洗ってくれてるらしかった。ボクが脱いだ女物の下着を見られてるのかと思うと また 恥ずかしさと悔しさがこみ上げくる…。涙が出るほどでは ないけど。
さっき 脱衣所で こんのさんに『シャワー浴びてきて』って言われたときは 涙が出そうになった。なんだか 無理矢理 脱がそうとしてる気がしてホントに嫌だった。ボクが ちゃんとした男の子の身体だったら こんなこと言われること無いのに…って 悔しくて 恥ずかしくて 最悪の気分だったんだ。
その上 こんのさんは かなりの怒り口調で 見るからに不機嫌そうだった。昼 会ったとき 怒ってるかもって思ったのは ボクの勘違いだったんだけど さっきは 明らかに怒っていた。しかも ボクに対してだ…。桜橋に着くまでは 全然 大丈夫だったし 一体 何が原因なのか 見当もつかない。
きっとボクが気に障るようなことしたんだろうけど 全く思い当たる節がない。ホント とことん運気が下がってるとしか思えない状況だ…。
なんか ボクの服を洗うことに拘ってるみたいだし そのことと関係あるんだろうけど…。
………。
……。
…。
ざっと 汚れも落とせたし身体もそれなりに暖まったから 上がりたいんだけど こんのさんが脱衣所で作業してるから 上がりにくい。身体を見られるのは どうしても避けたかった。仕方ないので こんのさんの言う通り シャンプーを借りて髪を洗う。ボクがいつも使ってるのとは違うメーカーの製品だったけど 時折 漂ってくるこんのさんの髪の匂いは とっても素敵だし こんのさんとお揃いだって思うと ちょっと嬉しいかも。
そう思うとこのお風呂って こんのさんが いつも使っている場所。
しかも 裸で…。
このバスチェアに座って 髪とか洗ってるワケだよね…。こんのさんのあられもない肢体を想像して 喉の奥がゴクリと鳴る。自分の身体を見られるのは 泣くほど嫌なクセに こんのさんの身体は 見てみたいとか ホント 身勝手…。
ホント ダメなヤツだな……ボクは。
………。
……。
…。
コンディショナーを流し終わって 一旦 シャワーを止めると 脱衣所からドライヤーの音が聞こえていた。どうやら 服を乾かしてくれてるらしかった。
……もう しばらく上がれそうもない。
どうしたものかと ふと バスミラーを見ると 化粧が流れて 酷い顔になっていた。このまま 上がったりしなくて マジに良かった。家だと 洗面所でクレンジングした後 お風呂だから こんなことには ならないんだけど…。石鹸を借りて メイクを丁寧に落としていく。ホントは クレンジングフォームで 落としたかったけど 贅沢は 言えない。一回 石鹸で落としたくらいでお肌のトラブルになったりは しないだろう…たぶん。
考えてみると お化粧ってゆーのも ボクの生身を晒さないためにしてるのかも。朝の5分間でササッと化粧して ボクは〈あき〉になる。お化粧は ボクが〈あき〉になって笑うための〈おまじない〉…。
鏡に映る姿を見る。
濡れた長い髪 華奢な肩 細い首 そしてノーメイクの素顔。どう見ても女の子の姿だったけど これがボク。いくら〈あき〉を洗い流しても 女の子の姿にしか見えない。
それでも ボクは 絶対〈男の子〉。
鏡に映るボクの姿が歪みはじめる。頬を シャワーより熱い何かが 伝い落ちる。それはボクの涙。嘘偽りのない本物のボクの涙だった…。
………。
……。
…。
to be continued in “part Kon 7/23 pm 4:12”
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます