第3章 七海堂

part Aki 7/23 pm 1:35




 

「あー はい。わかりました。……でも 迷わないと思いますよ? ほぼ一本道だし…」


 

 そう。どう考えても この路地を抜けて行く方がいい。

 別に地図読むのが得意ってこともないけど 方向音痴ってわけでもない。スマホで地図を調べれば 大抵は 目的地につける。そんなの当たり前って思ってたけど どーやら世間は そーでもないらしい。学校の友達で地図苦手って娘がけっこういる。ママも苦手。こんのさんも そうらしい。女の子は 地図 読むのが苦手。

 

 そしてボクは そうでもない。


 これってやっぱり ボクの脳が男だからか?って思って 前にネットで調べたことあるけど 科学的には 根拠は 無いらしい…。まぁ それは どっちでもいい。とりあえず こんのさんは 苦手。

 

 そしてボクは 地図が読める。

 

 ここで サッと路地を抜けて 稲荷町に戻れれば こんのさんもボクのこと 少しは カッコいいとか思ってくれるハズ…。


 ……いや ないか。〈女の子同士〉だもんな…。


 そうだとしても 今日は こんのさんがずっとリードしてくれてるから ボクが活躍する場面があってもいい。それに あのクソ暑い大通りを大回りして 歩かなくて済むだけでも値打ちあるし。



 

 一方通行の標識を右に曲がり路地に入る。

 もともと狭い路地だけど 両側に立った電柱と空を覆う何本もの電線のせいで さらに狭く感じる。


 その細道を こんのさんと肩を並べて歩く。

 

 ……いや これも嘘だな。

 

 身長差がありすぎて 肩なんか並ばない。日射しがホントにキツいから日傘を挿しかけてあげるんだけど こんのさんの背が高いから 腕をしっかり上げなきゃいけなくて これが けっこう辛い…。こんのさんも 気を遣ってくれて いつも伸びた背中が猫背気味。

 一応 相合傘なワケだけど なんともバランス悪い。こんのさんに 日傘持ってもらって その腕にボクが腕を絡めれば バランスは 良くなると思うんだけど 付き合ってもないのに そんな密着して相合傘とか気恥ずかしい…。それに 相合傘って やっぱり男が傘持って 女の子が寄り添ってこそ 絵になるよね。

 ボクが こんのさんに寄り添うんじゃ……ちょっとね。


 ……でもな。〈女の子同士〉だしな…。

 腕組んで歩いたら ちょうどオッパイの下あたりにボクの肩がくるんだよな…。上手くやれば オッパイの感触を 肩で感じることができるかもしれない…。

 そんな 痴漢心がムクムクと頭をもたげる。


 ……いやいやいや。

 ダメだダメだダメだ。

 

 さっきも反省したハズだ。こんのさんは ボクを信頼してくれてるんだ。自分の下衆さ加減にホントに辟易とする。



 おっと 下らない妄想してる場合じゃなかった。

 1度目の曲がり角だ。ほぼ一本道って言ったけど この辺りは 昔 城下町だった関係で きれいな碁盤の目状じゃなく 所々で鈎型にわざと曲げて見通しを悪くしてある。1度目の曲がり角は 少し北に曲がって 直ぐに西。とりあえず 突き当たりに来たら 北か南に曲がって 西向きの道を探せば そのうち稲荷町のアーケードに出る。西の方角だけ判ってれば たいして難しくは 無いミッションだ…。

 

 ………。

 ……。

 …。



 ……っと この角を西に曲がる。

 これで 何回目だっけ? 西に向かって歩いてるのは 確実なハズ。…なんだけど 同じような風景でだんだん自信がなくなってくる。コンクリートの2~3階建ての商店と町屋風のカフェと雑貨屋。さっきも 湯捏ね食パンの店の前を通ったような気がする。

 暑さで頭がボーッとしてるだけかもしれないけど。

 考えてみたら テスタバーガーでジンジャーエール飲んでから 一滴も水分を取ってない。いつもは 学校用のリュックに水筒を入れてるんだけど 今日は お出かけ用のトートバッグだったから不覚にも入れ忘れた。さっき 途中でこんのさんが『これ 飲む?』って水筒のお茶勧めてくれたけど〈間接キス!?〉とか思って 断ってしまった。そのあと 変に気を使って 自販機でお茶を買えず 気がついたら2時間くらい水分補給していない。

 さすがに この炎天下じゃヤバいかも…。お茶は 自販機で買うとしても どっかお店に入って 少し涼みたい。どこかに いいお店は ないだろうか? あと 自販機も見つけたい…。

 そんなこと考えてたら 珍しく黙ってたこんのさんが 声をあげた。


 

「ねぇ あきちゃん。ほら あそこ見て。七海堂がある」


 

 こんのさんが指差す先には 古い木造の商店。

 町屋を改造してあるんだけど 今 流行りの和モダンな感じじゃあない。正面はガラス張りのショーウィンドウにしてあって ドアもガラス製の片開き。昭和レトロって言えば聞こえは いいけど かなり古ぼけた印象だ。

 そのドアのガラスに 白いカリグラフィで店の名前。


 

「あー ホントです。〈Seven Sea's Treasure 七海堂〉って書いてますね 」


 

 桜橋のお店は イングリッシュガーデン風の小庭のついた 小洒落た現代建築なんだけど この店と関係あるのかなぁ? でも 確か こないだ桜橋のお店でチラッと見た案内に 稲荷町本店って書いてあったような記憶がある。


 

「あきちゃん ちょっと早いけど お茶にしよ? あたし ノド渇いて死にそうだよ」


 

 こんのさんは 喫茶店と信じて疑ってない様子。

 ボクは 一抹の不安は 感じなくもないけど まぁ 喫茶店じゃなかったところで冷房くらいは 入っているだろう。アンティーク眺めながら少し涼むのも悪くない。

 ちょっとは 体力回復できそうな気がする。


 

「あー いいかもです。アタシも ちょっとノド渇いてますし…」


 

 これまた嘘。

 

 ボクも 喉カラカラで死にそうだけど つい見栄張って『ちょっと』とか言ってしまう。

 なんとかなんないかな この性格…。

 ………。

 ……。

 …。



 ガラス扉の取っ手を引いて 仄暗い店内に入る。

 ウインドチャイムの澄んだ金属音が 耳に心地よい。よくある甲高い音じゃなく 少し重みのあるよく徹る音。見上げると黒いツバメ型の鉄風鈴が ドアに取り付けられていた。ウインドチャイムの音1つ取っても お店の人のこだわりを感じる。外見は いまいちだけど 桜橋と一緒で隠れた名店ってヤツだろうか?

 

 素敵な品物に出逢えるかもしれない……そんな期待感。


 店の中は ひっそりとしていて 時間が止まったかのように物音1つしない。灼熱の路上とは 別世界の ひんやりとした空気。アンティークショップ特有の微かな黴の匂い。エアコンや扇風機の音すら聞こえない。 まるで早朝の冷気が そのまま留まっているかのような錯覚を覚える。柱時計のたてる振り子の小さな音だけが 店の中に こだまして時間が動いていることを教えてくれる。

 しっとりとした重たい静けさだ。



 入り口近くのガラス棚に ブローチや髪飾りのコーナーを見つけた。

 値段は 3万~くらい。もちろん買える値段じゃない。ただ 眺めるだけ だけど 夢が膨らむし 作品のイマジネーションが ふっと湧いてきたりする。新品のアクセサリーも悪くないけど アンティークには 物語があって ボクは 好きだ。ちょっとしたクスミやキズにも きっと何かしらのドラマがあったんだって思えるし。

 ボク好みの品物は ないかなと 棚の中を眺める。

 

 特に目についたのは 小さな陶器のブローチ。

 

 付けられた手書きの値札には〈19世紀 フランス製 ¥150000-〉と書かれている。クリーム色の陶板に青い瞳の女の子が細かな像嵌で描かれている。薄紫のドレス部分が僅かに剥がれているようにも見えるけど ほぼ完品だ。きっと大事にされてきた 品物なんだろう…。

 仄かな温もりが近づくのを 肌で感じる。こんのさんも 寄ってきてボクと同じ棚を眺めているみたいだ。ブローチから眼を離さず こんのさんに話しかける。


 

「この陶器のブローチ 素敵じゃないですか? スゴく可愛い…」


 

 3㎝ほどの楕円形の陶板に描かれた 女の子の小さな青い瞳は100年以上もの間(ボクのお祖母ちゃんが生まれるより前だ)どんな物語を見てきたんだろう? 遠いフランスから どんな人達の手でこの街までやってきたんだろう? ブローチが辿って来た 様々な情景に想いを馳せる。

 もう少しイメージを膨らませて 影絵風のイラストに仕上げるのもいいかも…。


 

「……え゛っ!?」


 

 こんのさんの小さな呻き声で 現実に引き戻される。

 なんだろ? 足でもぶつけたのかな? 振り向いてこんのさんを見ると 片頬の引き吊ったような奇妙な表情。どーしたんだろ? どっか痛めたとかでは なさそうだけど…。

 声を掛けようとしたとき 店の奥から 女の人の声が聞こえた。


 

「お嬢さん達 お茶が淹ったわよ~。奥へいらっしゃい」


 

 ………。

 ……。

 …。

 


                        to be continued in “part Kon 7/23 pm 1:45”









 

 

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