part Kon 7/23 pm 1:34




 

 ドアを開けると 熱風が吹き込んでくる。

 相変わらず 外は 灼熱の暑さ。

 ビルの扉を出たとたんに 汗が吹き出す感じ。


 でも 暑い中 ここまで来て良かった。

 先輩に会えたのも良かったけど 生地に詳しい人としっかり相談して いい布地が買えたのが ホント良かった。

 

 ブラウス用のブロードも あきちゃんのお陰で安く手に入れることができた。

 チノ買って満足してたあたしに ブロード4mちょうどのハズだから値段聞いてみたら?ってアドバイスしてくれたのだ。

 

 三原先輩に調べてもらったら 富永の方が 断然 安かった。

 しかも家まで送ってもらえるし。

 あきちゃんって 色々と気が回ってスゴいなぁ…。


 そんなこと考えてたら あきちゃんが また 賢いことを言い出した。


 

「あの こんのさん。次 また 稲荷町のお店に戻るんですよね?」


「うん。そうだけど?」


「だったら そこの路地を東に抜けて行きませんか? 光岡大通り回るより近道になると思うんです」


「えっ…? そうなのかな?」


「そのハズですよ。ちょっと調べますね…」


 

 そう言いながら あきちゃんはスマホで地図を出して見せてくれる。


 

「ほら 見てください。現在地がここで 稲荷町のお店がココですよね? で あそこに見えてる道が ここの細道になるワケじゃないですか。だから こうやって抜けていったら けっこうショートカットできるんじゃないですか?」


 

 確かに そんな気がするけど 地図読むのってスゴく苦手だから 確信は持てない…。


 

「うん。そんな気がするけど あたし 方向音痴だからさ… 初めての道って迷っちゃうんだよね。あきちゃん ナビしてくれる?」


「あー はい。わかりました。…でも 迷わないと思いますよ? ほぼ一本道だし…」


 

 あきちゃんに言われるまま 路地を曲がる。

 車1台通れるかどうかってゆーような細い道。

 しばらく歩くと背の高いビルは 減って2~3階建てのビルやお店が増えてきた。


 ほとんど車も通らないし 真夏の昼下がりだからか人通りも まばら。

 遠く聞こえてくる車の排気音に混じって 何処からか風鈴の涼しげな音…。

 

 時間が 止まったかのような感じ。

 あきちゃんは 角にくるたびに サッと曲がる方向を教えてくれるけど あたしは 正直 いまいち自分が何処を歩いてるのか 判らない。

 

 どこか遠い外国の街か 魔法の国にでも迷い込んだような心細いけど 心にさざ波が立つような 風に浮き立つような フワッとした気分。

 

 そして あたしの隣をあきちゃんが歩いてるってゆー その奇妙な確かさ。

 なんだか 五感 全部が研ぎ澄まされているような 逆に全部 靄に包まれたような…。

 なんなんだろう?

 この白昼夢を見てるような現実離れした感じは…。

 ………。

 ……。

 …。


 

 歩き初めて5分くらいのハズだけど1時間も歩いてるような気もする…。

 

 ……いやもう ただ ホントに暑い…。

 

 それだけは ホントに確かな感覚。

 お茶も無いし もう限界。

 

 もしかしたら熱中症になりかけてるだけかも。

 次 自販機見つけたら お茶かスポドリ 買おう…。


 そう思って 辺りを見回すと 2階建てのお店の軒先に小さな看板を見つけた。


 

「ねぇ あきちゃん。ほら あそこ見て。七海堂がある」


 

 七海堂ってゆーのは こないだあきちゃんが教えてくれたスゴく美味しいハーブティーのお店。

 ケーキも美味しかったし。

 前 行ったときは 桜橋だったけど こんなところにもあるんだ。

 


「あー ホントです。〈Seven Sea's Treasure 七海堂〉って書いてますね 」


「あきちゃん ちょっと早いけど お茶にしよ? あたし ノド渇いて死にそうだよ」


「あー いいかもです。アタシも ちょっとノド渇いてますし…」


 

 立派な金属製の取っ手のついたガラス扉をあきちゃんが引く。

 ウインドチャイムの音が 店先に響くけど その音もすぐに収まり 元の静寂が戻る。

 

 あきちゃんを先頭にしーんと静まり返った店に入る。

 2人で 薄暗い店内を見回すけど 思っていた七海堂とは 少し雰囲気が違う。

 

 桜橋のお店は アクセサリーやアンティークの小物も置いてある喫茶店って感じだった。

 だけど ここは 入り口から ガラス戸棚に一目でアンティークって分かる小物やティーカップ・指輪やカメオ・時計なんかが ところ狭しと並んでいる。

 洋風のものばかりじゃなくて 桐箱に入った茶碗や鼈甲の簪・掛軸なんかもある。


 

「あきちゃん… ここって 喫茶店じゃないんじゃ…」


 

 出よ?って 言いかけて口をつぐむ。

 あきちゃんは ガラス戸棚に張り付いて うっとりとアクセサリーを眺めている。

 

 こないだ桜橋の七海堂に行ったときも そうだったけどあきちゃんは アンティークの小物とか 大好きみたい。

 さっきから あたしの買い物に付き合ってもらってばっかだし 少しは あきちゃんの趣味に付き合うのも悪くないかも。

 

 そう考え直して あきちゃんが眺めている戸棚をあたしも覗いてみる。


 

「この陶器のブローチ 素敵じゃないですか? スゴく可愛い…」


 

 あきちゃんが 棚を覗き込んだまま 話しかけてくる。

 あきちゃんの視線の先には クリーム色のブローチ。

 少しくすんだ金色の縁飾りにフランス人形が描かれた陶板が嵌め込まれたレトロなデザイン。


 確かに可愛い。

 

 いつ使うんだ?って思わなくはないけど フランス人形みたいに可愛いあきちゃんなら 似合うかもしれない。

 ゴスロリとか メッチャ似合いそうだし。


 きっと高いんだろうけど もし買える値段だったら あきちゃんにプレゼントするのもいいかも… そう思って値札を見る。


 

 ……えっ?


 

 見間違いかと思って二度見する。

 そこには あたしが買ってもいいかもって思ってた〈ブローチの値段〉を3倍した上で さらに0が2つ多い数が書かれていた…。

 

 あまりの金額に 思わず腰が引ける。

 そのつもりで見ると どの値札も0が2つは多い トンでもな値段。


 カバンでも引っ掛けて壊しちゃったりしたら…とか思うと怖すぎる。

 『やっぱり 喫茶店じゃなみたいだし 早く出よ?』って あきちゃんに声を掛けようとした瞬間 店の奥から声が聞こえた。


 

「お嬢さん達 お茶が淹ったわよ~。奥へいらっしゃい」


 

 ………。

 ……。

 …。



                        to be continued in “part Aki 7/23 pm 1:35”








 

 

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