疎遠になった年上幼馴染のポンコツお姉さんをブラック企業から助けたら、そのまま両片思いで半共同生活が始まってしまった。

トウフ

年上ポンコツ幼馴染お姉さんとの再会編

1.小さい頃の夢


 夕焼けで赤くなったドロ道を、俺はジョシコーセーと歩いていた。


「ほーら、しっかり歩く。帰ったらおじいちゃんがカレー作って待ってるわよ?」

「じいさんのカレーは嫌いだ。タマネギがデカい」


 ジョシコーセーはデカい。俺より九つも歳が上だから当たり前だけど背が高いのだ。

 それに髪が長い。真っ黒のカーテンみたいな髪で、お尻の方まで伸びてる。

 顔は──メチャクチャ奇麗だと思う。


「なに、律。私の顔に何かついてる?」

「彩姉はデカいなぁと思ってた」

「当然でしょ? いくらあんたが男の子だからって小学校低学年よ? でも私は高校生。比べるまでもないわ。ほら、手もこんなに小さい」


 ジョシコーセーが意地悪な笑みを浮かべて、俺の手を握る。

 ジョシコーセーの手は、ちょっとひんやりしていた。

 けれど、不思議と暖かかった。


「俺もジョシコーセーになったら、彩姉と同じくらいの身長になれる?」

「律は男子でしょ? 女子高生にはなれないわ」

「そうなの?」

「ジョシコーセーのジョシは女って事。これ意味分かる?」

「分かる。ダンシコーセーになれば彩姉の身長に追いつける?」


 ずっとこのままの身長だったらどうしよう。夜、トイレに行きたくなってしまった時以上の怖さを覚えた。

 それなのに、彩姉は何でもないように肩を動かして笑った。


「律のお父さんは背が高いから、そこそこ伸びるんじゃない?」

「良かった」

「なに? そんなに私を見下ろしたいの?」


 彩姉がニヤニヤと笑った。


「違う」

「じゃあなに?」

「デカくなれば、熊が出た時に彩姉を守れる」


 ここは都会から車で三時間はかかる田舎で、山と田んぼしかない。熊も出る。


「……あんたが私を守ってくれるの? 熊から?」

「うん」


 肯くと、彩姉は黙った。

 何か変な事を言っただろうか、と思って、彩姉を見上げた。


「……ありがと」


 彩姉がまた笑った。

 今度は意地悪な感じじゃない。

 嬉しそうに──笑ってくれた。

 それがとても嬉しかった。よし、今日から毎日牛乳を飲むぞ。


「じゃあ頑張ってタマネギを食べられるようにならないとね」

「タマネギは食べられなくても背は伸びる」

「伸びたとしてもモヤシみたいな貧相な身体になるわ。好き嫌いせずに何でも食べないとだーめ」

「彩姉だってニンジン嫌いじゃん」

「……何の事かしら?」

「今日遊びに行く前に、じいさんにニンジンを小さくしてくれって言ってた」

「ヒュルル~」

「口笛、吹けてない」

「ちっ……! わ、分かった、分かったわ! 私もニンジン食べるから! だから律もタマネギを食べなさい!」

「分かった。彩姉が食べるなら、俺も食べる。好き嫌いもしないようにする」


 だから。


「明日も一緒にいて、彩姉」


 握ってくれていた彩姉の手を、そっと握り返す。


「いいわよ。明日は部活も無いし、思い切り遊んであげる。あ、でもあんた夏休みの宿題ちゃんとやってる?」

「してる。去年の彩姉みたいに三十一日に朝から晩までドリルをやりたくないから」

「そういう反面教師にします的な事は言わなくていい! ま、まぁあんたの教育にプラスになったのならいいわ」

「彩姉の宿題、手伝う?」

「ありがと。気持ちだけ貰っとく」

「でも」

「……じゃあ、疲れた時に肩叩きお願いしてもいい?」

「いいよ。じいさんが、彩姉はおっぱいがデッカいから肩が凝って大変じゃろうなぁって言ってたし」

「権三郎さん……! 小学生に何教えてるのっ……!」


 彩姉のオッパイは大きい。小さなスイカくらいある。


「と、とにかく……! 明日も明後日も遊んであげる。だから安心しなさい、律」


 そう言って、彩姉は頭を撫でてくれる。

 それが嬉しくて、俺は眼を細めて。その優しい手の感触を味わって──。




 俺──高浪律たかなみ りつは眼を覚ます。

 見えたのは、当然見慣れた部屋の天井だった。


「……夢か」


 寝惚けたまま頭に触れる。

 彩姉──森村彩音もりむらあやね。両親の都合で田舎の祖父と暮らしていた子供の頃、とても良くしてくれた九歳年上の女性。


「いつぶりだ、あの人の夢を見たのは」


 祖父が亡くなり、俺は急遽東京に住む親元に戻る事になった。

 結果、彩姉には満足に挨拶もできずに別れてしまったのだ。

 それ以来、連絡は取れていない。当時小学生だった俺はスマホを持っていなかったし、彩姉は持っていたものの、電話番号もメールアドレスも聞いていなかった。

 口が悪くてちょっと意地悪で。でも、一緒にいてくれた暖かな人──。


「元気にしているだろうか」


 そんな事を考えつつ、俺はベッドを離れて顔を洗いに洗面所へ向かう。

 高校に進学してから、これまた親の都合で一人暮らしをはじめたせいで、朝は慌ただしいのだ。


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