第五話 金髪のパニュルジュと聖バレンタイン・デー
第五話 金髪のパニュルジュと聖バレンタイン・デー
暦の上では立春を迎えているが、まだまだ冷え込みが厳しい頃、聖バレンタイン・デーが近づいていた。
フランスの聖バレンタイン・デーは、夫婦や恋人が一緒に過ごしお祝いをする日であり、一般的には男性から女性へ薔薇の花束が贈られる事が多かったが、イギリスでは、片思いの相手に密かに気持ちを伝える日でもあるという。
——それなら自動人形の私が、人食い鬼と人間の娘の間の子であるあの人に、手作りお菓子を贈ってもいいわよね。
金髪のパニュルジュは自分に言い聞かせるようだった。
二月十四日の夜、今宵、彼女は、小さなお城、『お菓子の家』のロベールの居室に向かって、しんと静まり返った廊下を行く。
——私達身寄りのない自動人形を快く受け入れてくれた、ちょっと変わった人食い鬼、『お菓子の家』の城主、ロベール・マケール。
女性に限らず、誰もがはっとするような美形で、どこか幼さが残る顔立ちには可愛らしささえ感じる、燃えるように赤い髪に、空のように青い瞳をした青年。
だが、ロベールは人食い鬼の血がその身に流れている為に、時々、どうしても人間が食べたくて仕方がない時があるという。
どんなに見た目が人間と同じように見えても、やはり本性は人食い鬼なのだ。
——私達と、同じだ。
金髪のパニュルジュと銀髪のベルトラン——彼女達は、どんなに見た目が人間と同じように見えても、その実、機械仕掛けの自動人形なのである。
昔々、フランス南東部の都市、グルノーブルの発明家、ジャック・ド・ヴォーカンソンによって金髪のパニュルジュなら給仕を目的として作られ、銀髪のベルトランなら食卓の掃除を目的として作られた。
人間社会の一般常識はある程度、身についているし、給仕と掃除の他にも生活に必要な雑事はそれなりにこなす事ができる。
二人ともお菓子作りだって得意である。
だが、機械であるが故に古くなり壊れる事はあっても、人間のように年老いて死ぬ事はない為、子どもから大人になる事で経験する年相応の価値観や気持ち、人の心の機微というものには疎いところがある。
かてて加えて、歳を取らないので同じ土地に長く住んでいると他人から不審な目で見られる為、同じ場所に長く留まる事はできないし、もしできたとしても、人目を避けて、影に潜んで生きるしかなかった。
見た目だけは人間そっくりに作られているが、これでなかなか不自由な身の上なのである。
いや、今は自分の身の上を嘆いている場合じゃない。
ロベール様のもとに行って、大事な話をしなければ。
もしかしたら、ロベールの機嫌を損ねてしまうかも知れないが、だからこそ、話さなければならない。
——このまま何もしなかったら、結局、ロベール様は手の届かないところに行ってしまうのではないか?
彼女にはそう思えてならなかった。
——私はロベール様にこれを渡したい、渡さなければならない。
この日の為に用意した、お洒落な金色のリボンを巻いた小箱を大事そうに持っていた。
——私はあの夜、ロベール様を傷つけてしまったかも知れない。
あの夜の事を思い出しただけで、今も罪悪感に襲われた。
あの夜——彼女は『お菓子の家』の薄暗い廊下で、まるで夢遊病者のようにふらふらと歩くロベールを見かけた。
ロベールはその時、普段は空のように青いはずの瞳が血に染まったように爛々と輝き、口の端からは鋭い歯が覗き、まるで吸血鬼のようだった。
彼女は自動人形にも関わらず、恐怖のあまり、総毛立った。
やはり、ロベールはどんなに人間のように見えても人ならざる異形の者なのだ。
その体には、人食い鬼の血が流れている。
ふと目が合った彼女は悲鳴を上げそうになった口元を両手で押さえ、何事もなかったようにすれ違う。
彼女はロベールの血に染まったような赤い瞳に人食い鬼の本性を見た気がした。
自分の部屋に戻り、横になってからも、恐怖に苛まれた。
——ああ、早く朝が来てくれないかな。
まんじりともしない夜を過ごした。
——朝になればきっと気分も晴れるに違いない。
だんだんと窓の向こうで、空が白み始めていた。
——きっと眩しいぐらいの朝日が、ロベール様に感じた恐怖をかき消してくれるはずだ。
だから。
そう思ってしまったから。
彼女はどうしても、あの夜の事を謝りたかった。
二月十四日の今晩、直接、謝りたいと思ったのである。
——ううん、私は、ロベール様に謝りたいんじゃない。私は、私は……!
いつの間にかロベールの部屋の前までやって来ていたが、部屋の明かりは消えていた。
まだ寝るには早い。
——もしかして、ロベール様は今夜も呼ばれているのかしら?
廊下の窓辺から辺りを見回した。
宵闇に包まれた深い森に人けはなかったが、この間はロベールが寝巻き姿で彷徨い歩いているのを、偶然、見たのだ。
……こっちにおいで……こっちにおいで……
ロベールの耳には不思議と、地の底から響いてくるような声が聞こえてくるのだという。
……こっちにおいで……こっちにおいで……底なし沼のまた底にある、地獄の底に……
と、本当に地獄の底から囁きかけてくるような、得体の知れない声が。
彼女は以前、深い森を彷徨い歩くロベールを見た時は急いで外に出て、慌てて声をかけて引き留めた。
いったい、どうしたのか聞くと、『どこかから、こっちにおいで、と声が聞こえてくるんだ』という。
どこから声が聞こえるの、そう聞くと、『たぶん、地獄の底から』、と言って、黙り込んでしまった。
声のする方に行きたんですかと聞いてみると、『判らない』という。
それじゃ、私達と一緒にここにいましょうよ。
——あまりにもロベール様が呆然としているものだから、手を繋いで部屋まで一緒に帰ったら、今夜はよく眠れそうだよ、なんて言って笑ってくれたんだっけ。
「——?」
金髪のパニルジュは窓辺から闇夜に沈んだ深い森を眺めていたが、ふと背中に突き刺さるような視線を感じた。
振り返ろうとしたが、できない。
なぜか全身が硬直し、ぴくりとも動かなかった。
「……ロベール様? ロベール様なんでしょう?」
彼女は歯の根が合わず、がちがちと鳴り出しそうになるのを堪えながら、主人の名前を呼んだ。
しばらく待っても返事はなかった。
辺りはしん、と静まり返っている。
どれぐらい経っただろうか、実際はほんの一、二秒だったかも知れない。
「……ああ、僕だよ。よく僕がここにいる事が判ったね」
まるで永遠のような時が過ぎ去り、ようやく返事が聞こえた。
「ロベール様」
と、返事が聞こえた途端、金縛りが解けたように楽になった。
よかった、燃えるように赤い髪、空のように青い瞳、いつものロベール様だ。
がしかし、彼女はロベールと向き合っているうちに、なんだか逃げ出したくなってきた。
なぜなら、どう考えてもロベールは廊下の暗がりに潜んで、こちらの様子を窺っていた。
今も昼間のロベールとは、まるで別人だった。
——怖い。
彼女はなんだか得体が知れない血に飢えた獣と向き合っているような気がして、怖くてならなかった。
「こんな夜中にどうしたの?」
ロベールは彼女が自分に対して恐怖を感じている事を知っているのか、いないのか、にっこりと笑った。
まるで本心を隠した仮面のような微笑みを浮かべて、一歩、近づいてきた。
彼女は一歩、後退った。
もしかしたらロベールが主人の仮面をかなぐり捨てて襲いかかってくるのではないか、と不安が過った。
「…………」
ロベールはふいに、虚ろな瞳で笑った。
金髪のパニュルジュは胸を締め付けられるような思いがした。
——私はロベール様にそんな顔をして欲しくて、ここにやって来た訳じゃない。
いっそ、叫び出したいような気分に駆られたが、
「何ですか、その顔は!」
気づいたら、苛立たしげに言っていた。
ロベールの細い肩がぴくりと反応した。
「ロベール様は、なぜ、時々、そんな顔をなさるのですか?」
彼女は込み上げてくる衝動のままに続けて言った。
「いつもそうじゃありませんか? 昼間のロベール様もそうじゃありませんか?」
泣き笑いのような顔で、捲し立てるように言った。
「ロベール様はいつだって心から笑ってない。なぜか私達からちょっと離れたところで愛想笑いをするだけ」
彼女にそこまで言われても、ロベールは黙りこくっている。
「私は見た事があるんですよ。ロベール様が一見、笑っているように見えても、どこか寂しそうにしたお顔を。まるで私達と自分は違うとでも言いたげに、退屈そうにしたお顔です」
ロベールは俯きがちで、何も言わなかった。
これではどちらが自動人形なのか判らない、物言わぬ人形のように身動ぎもせず佇んでいる。
「うふふ」
彼女は何を思ったのか、突然、笑い始めた。
「今日は聖バレンタイン・デーですよ。ロベール様は人間に化けて紛れ込んでいる『マゴニア学園』の女子生徒に、何か贈り物をしたのかしら? 学園では〝妖精の騎士〟なんて一部の生徒から持て囃されて、大変な人気をお持ちらしいじゃないですか?」
彼女は卑屈に笑った。
「ロベール様はその時、いつも通り穏やかな笑みを浮かべていたんでしょうね。さも優しそうな微笑みを」
と、そう言った彼女は、悲しそうである。
そうだ、ロベール様は何も口に出さない。
いつも何も話してくれない。
だったら……。
「でも、本当はロベール様の笑顔は、みんなの事を莫迦にしているお顔。他人の事を自分にすり寄ってくる小動物か、纏わりついてくる羽虫か何かだと思っているみたいに!」
金髪のパニュルジュが茶化すように言うと、
「ああ、その通りだよ」
ロベールはなんでもない事のように言った。
「だってあの子達は、僕の事なんか少しも見ていないからね。僕の上っ面だけ、表面だけ見ているんだよ。僕の事なんかまるで判っちゃいない……そう、この僕が人食い鬼である事も、何もね」
ロベールはしかし、今も笑っていた。
「ねえパニュルジュ、そう思わないか。僕はその気になれば彼女達の首根っこを掴んで簡単にへし折る事だってできるっていうのに、彼女達の方が僕の事を可愛らしい小動物か何かだと思っている、全く、お笑いじゃないか?」
ロベールは、終始、笑みを絶やさなかった。
「君もこんな夜更けに僕のところにのこのこやって来て、僕が何かの拍子に人食い鬼の本性を現したら、どうするつもりなんだ?」
ロベールはいつの間にか笑っていなかった。
彼女はロベールの瞳が一瞬、変わったのを目の当たりにして、ぞっとした。
ほんの一瞬だったが、空のように青い瞳はどこにもなかった。
あの夜と同じ、そしていつかと同じ、まるで血に染まったような双眸。
あれはいつの事だったか、陽が傾き、夕日に包まれた時、傍らのロベールをふと見やると、目つきが一変していた事がある。
普段はいつも優しげな視線をしたロベールが、なぜか冷たい眼差しをこちらに向けていた。
そうして夜の帳が下りた時、ロベールの瞳は時々、血に濡れたように赤くなる——きっと、人食い鬼になるのだ。
「私は、人食い鬼のロベール様に会いに来たんです」
金髪のパニュルジュは、落ち着いた様子で言った。
「…………」
ロベールはじっと見つめていた。
「私は、人食い鬼のロベール様に会いに来たんです。だって私は……その、もしかしたら、ロベール様は全然、気にしていないかも知れませんけど、でも、私はあの日、ロベール様にひどい事をしてしまったので」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「そう言えばいつか僕の事を見て、なんだか怯えていたような事があったね」
ロベールはふと思い出したように言った。
「……やっぱり気がついていたんですか?」
彼女は恐る恐る聞いた。
「——人食い鬼だからね」
ロベールはこともなげに言った。
「それじゃ、私が今、どんな気持ちなのかもお判りですか?」
彼女は半ばやけになったように聞いた。
「…………」
ロベールは耳を澄ますように、視線を落とした。
「心臓の鼓動が早い。早鐘をつくように高鳴っているよ。これじゃ犬猫だ。どうしたの、そんなに胸をどきどきさせて?」
ロベールは彼女に視線を移し、意地悪な子どものように聞いた。
「わざわざ言わなくたって判るんじゃないですか。大体、ロベール様がさっき言っていたじゃないですか……私はロベール様の事が、怖いんですよ」
観念したように、呟くように言った。
「人食い鬼である僕の事が?」
「はい」
二人の間に、静寂が訪れた。
「自分の部屋に戻って、もうお休み」
ロベールは今度こそ、にっこりと微笑んだ。
さながら作り物のような、心底ぞっとする表情だった。
「……ロベール様!」
彼女は戸惑っていた。
「ロベール様、どうしたっていうんですか? 人食い鬼だと言ったのは、ロベール様じゃないですか? それがどうして、私がそう言った途端、そんなに気分を害されるんですか?」
「もう夜も遅いし、早く寝ようよ。それに君には判らないよ」
ロベールは疲れたように言った。
「……私にはロベール様の何が判らないっていうんですか?」
彼女は食い下がった。
「第一、ロベール様だって私の何が判るっていうんですか? いくら人間と同じ見た目をしていても、古くなって壊れるだけの、機械仕掛けの、自動人形の私の! お互いに違う存在だから、判らないからこそ、話すんじゃないんですか!?」
思いの丈をぶちまけるように言った。
「……パニュルジュ」
ロベールの顔色が変わった。
「…………」
金髪のパニュルジュはごくりと生唾を飲んだ。
「いくら口で言っても判らないのなら、その目で見るといい」
ロベールはにやりと笑った。
刹那、彼女の目の前に立っていたのは、頭から角を生やし、血に染まったような赤い目をぎらつかせ、口の端から鋭い牙を覗かせた、人食い鬼だった。
「これが、本当の僕だよ」
ロベールは北叟笑んだ。
「…………」
金髪のパニュルジュは呆然と立ち尽くしていたが、知らず知らずのうちに震えていた。
「これが僕の本性だよ。そう、僕は君とは、君達とは違う」
ロベールは独りごつように、嘲笑うように言った。
「僕は、人食い鬼だ」
もしかしたら彼は、自分自身の事を嘲笑っているのかも知れない。
——ロベール様が、人食い鬼?
嘘だと思った——なぜってロベール様は、私達が作ったお菓子をおいしいって食べてくれたじゃない。
なのに、それなのに、ロベール様が人食い鬼だなんていう事がある訳がない。
「ロベール様は、人食い鬼なんかじゃありません」
ロベールの告白を聞いた、彼女の口からついて出たのは、否定の言葉だった。
「ロベール様は人食い鬼と人間の娘の間の子、半分は、鬼、半分は、人……半分は、人なんですよ?」
「下らない」
ロベールは鼻で笑った。
だが、彼女には、どうしてもロベールが、涙しているようにしか見えなかった。
「それ以上、何か言うようなら、本当に食べてしまうよ」
ロベールは彼女の戯言にはもう付き合っていられないという風に、肩を竦めた。
ロベールはいくら話したところで、言葉が通じないとでも言わんばかりだった。
実際、彼女自身も仕方ないと思う。
ロベールが言うように、自分がどんなに考え、どんなに思ったとしても、決して判りはしない。
もちろん、思いやる事はできるだろう、察する事もできるかも知れない。
だが、本当に、本人と全く同じ思いは、同じ気持ちは抱く事はできないだろう。
どうあっても自分は自分であってロベール本人ではないのだから。
——ましてや私は自動人形、ロベール様の心の機微を肝心なところで理解する事はできないかも知れない。
何の力にもなれない、いてもいなくても、変わらない存在。
いや、そんな見た目ばかりが人間そっくりな自動人形がそばにいるからこそ、ロベールにとっては、時にひどく目障りで、邪魔だと感じられるのかも知れなかった。
「どうした、あまりの事に言葉を失ったか。どんどん心拍数が上がっているよ。恐怖に駆られて、息もできなくなったのか? ほら、落ちついて、部屋に帰るまでに転びでもしたら大変だ」
ロベールはまるで子どもでもからかうように言った。
「うふふ、そんな風にいくら人食い鬼だのなんだのと偉そうにしていても、ロベール様にも判らない事があるんですね」
が、彼女は面白そうな顔をして言った。
「…………」
ロベールは眉を顰めた。
「まだ判らないんですか? 今晩、私が緊張していたのは、ロベール様にこれを渡そうとしていたからです」
金髪のパニュルジュは緊張した面持ちで、あるものを差し出した——彼女の髪の色と同じ、お洒落な金色のリボンを巻いた、やはり金色の小さな小箱。
「これは……」
ロベールは怪訝そうな顔をした。
「今日は、聖バレンタイン・デーですよ」
「で、でも、なぜ、こんな夜中に……?」
「あの夜のロベール様は人食い鬼だったから——だからどうしても、人食い鬼のロベール様に渡したかったんです」
彼女はバツが悪そうに笑い、居住まいを正すと、一言、「ごめんなさい」と言った。
「……パニュルジュ」
「開けてみて下さい」
金色のリボンを解き、金色の小箱を開けると、中に入っていたのは、胡桃があしらわれたケーキだった。
「——『グルノーブル』です。私は、グルノーブルで作られた自動人形なので」
フランス南東の都市、グルノーブルは胡桃の産地で、同じ名前をした『グルノーブル』というパウンドケーキは、胡桃とメレンゲをたっぷりと使い、周りがサクサクとした歯応えとなっている、贅沢なケーキである。
「当たり前だけど、私はロベール様じゃありません。だから、いくら考えても本当のところはロベール様の事は判らないし、そうじゃなくても、私は自動人形ですから、きっと自分でも知らないところで、ロベール様の事を傷つけたり、色々、間違えてしまう事もあると思います。でも、そんな私でも、本当に、本当に……」
金髪のパニュルジュは不甲斐ない自分に、悔しそうに唇を噛みしめた。
まるで何か意を決したように、小さな拳を強く握る。
やがて決心したように、顔を上げた。
「私は、ロベール様の事が、好きです」
彼女は真っ直ぐ、ロベールの事を見つめて言った。
「…………」
ロベールは驚きに目を見開いた。
「私はあの夜、普段の見慣れたロベール様ではなく、突然、目の当たりにした人食い鬼であるロベール様にびっくりして……」
「いいえ、こんな言い訳はいいんです」
「確かに私は人食い鬼であるロベール様が怖かった。それまでずっと普通の人間と変わらないと思っていたから……ううん、何か大切な事から逃げ出して、そう思い込もうとしていたから、そんな風だったから、ロベール様が人食い鬼だという事を思い知って怖くなったんだ……」
「でも、だけど、ロベール様は、人食い鬼と人間の娘の間の子。そうです、なんて私は莫迦なんだろう。本当にお笑いですよ、どちらでいる事がいいとか、悪いとかじゃないんだから……」
「……きっと、昼間のロベール様は人間に近くて、夜のロベール様は人食い鬼に近くなるのかも知れない」
「だから、だから、今更だけど、ロベール様に言いたいんです。聞いて欲しい事があるんです」
金髪のパニュルジュはロベールをしっかりと見つめた。
ロベールの瞳は、まるで血に染まったように赤かった。
「胡桃の花言葉は、『知性』です。私は今まで、ロベール様の半分しか知らなかったのかも知れない、知ろうとしなかったかも知れない」
「だから、これからは、これからは……」
パニュルジュは何か、言いあぐねている。
「ロベール様」
パニュルジュの胸の内は、ロベールの事でいっぱいになっていた。
「これからは、ロベール様さえよければ、ロベール様の事、全てを、全部を、教えて下さい」
金髪のパニュルジュは真っ赤になって言った。
ついに思いの丈を伝えた。
伝えてしまった。
「もちろん、ロベール様が、私の事をどう思っているのか判りませんが」
金髪のパニュルジュは頭から湯気でも出ているようにしどろもどろになった。
「それでも、昼間のロベール様も、夜のロベール様も、私の好きなロベール様なんです」
勢いに任せて自分の気持ちを言い切った。
あまりの恥ずかしさにますます頬が紅潮した。
さっきから自分の心臓が、飛び出しそうなぐらいに脈打っている。
目の前にいるロベールに、心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思ったぐらいだ。
「パニュルジュ」
ロベールは思いがけない告白をされ、パニュルジュの事をじっと見つめている。
次いで、とても嬉しそうな、くしゃくしゃの笑顔になった。
ロベール自身、自分でもよく判らない灰色の思いを抱いているのかも知れないが、今、この時だけは、心の底から笑ってくれているようだった。
——ロベール様は心から笑ってくれた……たぶんそれは、私の勘違いじゃない。
と、彼女は自分が差し出した自分と同じ髪の色をした金色のリボンを巻いた小箱を、ロベールが受け取ってくれた時に思った。
金髪のパニルジュとロベールの二人は、それからなんでもない事を話して談笑した。
彼女はこのままいつまでも、ロベールと一緒にいたいと思った。
もうすぐ、夜明けが訪れる。
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