地球侵略プロローグ

イツミキトテカ

第1話 地球がほしいの

着信を告げるバイブレーションが手に持つ携帯を震わせた。


「あっ…つながった! えと…こんにちは…なの!」


「…こんにちはじゃないの?」


「だってマニュアルにそう書いてあるの。あいさつする時は『こんにちは』だって…えっ、夜は違うの?」


「…そうなんだ…夜は『こんばんは』なの…勉強になっちゃった。メモしとくの」


電話越し、ペラペラとページを繰り、何やらカリカリ書く音が聞こえてきた。


「これでよしっ…教えてくれてありがとうなの」


「……うん…うん…それじゃあまたね!」


一度途切れた携帯が再び震える。


「じゃないの! お電話切らないでほしいの!」


「違うの! 間違い電話じゃないの。だから、お願いだから、お電話切らないで欲しいの…」


「うん…そう…ちょっとお話聞いてほしいの。えっ、知らない人とお話するのダメ? 私が悪い人かもしれないから? こんなに愛らしい声をしているのに? え、壺を買わされる…? 地球っていったいどんなところなの?」


「じゃあ知らない人じゃなければお話いいの? 私ちゃんと自己紹介するの!」


「私、地球から300光年離れた星の宇宙軍の『元帥ちゃん』なの。ほらね、ちゃんとした身分なの。だから安心して欲しいの」


「お名前…? そんなのは私の星には無いの…みんな役職で呼び合うの。だからみんなには『元帥ちゃん』って呼ばれてるの」


「うんそうだよ……えぇーそんなに変かなぁ。そうだ、いっぺん私のこと『元帥ちゃん』って呼んでみて欲しいの。呼んだら案外しっくりくるかもなの」


「でしょ♪ 絶対しっくりくると思ったの。昔は『軍曹ちゃん』とか『中佐ちゃん』とか呼ばれてた時期もあったけど『元帥ちゃん』が私も一番お気に入りなの」


「ところであなたのお名前?は何ていうの?」


「知らない人にお名前を教えちゃいけない? ひどいの! 私はちゃんと教えたのに、それはあんまりなの」


「私が教えたのは役職だって? それは…しょうがないの。だってそれしかないの。お名前、私だって欲しいの……そうだ! いいこと思いついたの。あなたが私のお名前を付ければいいの」


「うん。お名前付けてほしいの」


「うん? いいの。私いつまでも待つの。いっぱい考えて私だけのとびきり素敵なお名前をつけてなの。それまでは私もあなたことを『地球人』って呼ぶの」


「え? 『地球人』は嫌? …ウゾウムゾウみたいだから…? あんまり難しい言葉は使わないでほしいの! まだ地球の言葉勉強中だから分からないの」


「なるほど…そういう意味なの。また一つ勉強になったの。メモしとくの」


「『地球人』が嫌なら『地球人の男』はどうなの?」


「それも嫌なの? まったくもう注文が多いの。じゃあ何て呼んでほしいの」


「うん? ふむふむ、地球には年上の男の人を呼ぶ時のお名前がある…? そういうことはもっと早く言ってなの。焦らされるのヤなの」


「うん。分かった。じゃあ言ってみるの」


「おにいちゃん…!」


「なんだか胸のあたりがムズムズするの…初めて言った言葉だからなの…? きっと練習が必要なの」


「おにいちゃん! おにいちゃん? おにーちゃーん おにいちゃん♪ うん。少し慣れてきたの」


「え? そもそも用件は何かって? あっ、忘れてたの! おにいちゃんとのお話が楽しくてつい…」


「もぉー笑わないでなの! うっかりさんじゃない! 私はしっかりさんなの…! まぁ、それはいいとして…こほん、それでは改めまして、おにいちゃん。今日はお願いがあってお電話したの。あのね、私、地球がほしいの!」


「…えー、くれないの?」


「そっか…地球はおにいちゃんだけのものじゃないもんね。さもありなんなの」


「ん? そもそもなんでおにいちゃんに電話してきたかって? それはね、私の好きな番号を組み合わせていったらおにいちゃんに繋がったの」


「そうなの。すごい確率なの! きっとこれは運命なの。だって、私、今日、初めて地球人にお電話したの。だから地球人と話すのも初めてなの。初めてがイヤな人だったらどうしようってちょっと心配だったけど、おにいちゃんの声を聞いた瞬間ほっと安心したの」


「なんで安心したかって? それは聞かれても困っちゃうの。だけどなんだか落ち着く声だったの…優しい人なんだろうなってすぐに分かったの!」


「ちょっとぉ! 大事な話をしてるのにあくびをしたらヤなの…ふわぁ〜っ…あくび感染っちゃったの…恥ずかしいの…」


「違うの! 眠くなんかないの。ほんとなのぉ。だってこのままじゃ地球侵略できないの。おにいちゃんが地球をくれないなら侵略するしかないの」


「え? どうやって侵略するのかって? それは…考えるの…今からおにいちゃんと一緒に考えるの…にゃむ…地球…侵にゃむ……はっ、眠くないの!」


「…! 明日もお電話していいの? ほんとうにいいの? 迷惑じゃないの…?」


「嬉しいの! またおにいちゃんとお話できる…じゃなくて、地球の情報収集が出来て嬉しいの!」


「そ、そうなの! か、勘違いしないでほしいのなの…これも全部地球侵略のためなの」


「あっ、おにいちゃんまたあくびしたの…ふわぁ〜っ…もう…私にも感染っちゃうの。うん…そうするの…私は眠くないけどおにいちゃんが眠そうだから今日はこのくらいにしといてあげるの。こういうときに何て言うか私知ってるの。ちょっと待つの…」


ペラペラページをめくる音がする。


「おにいちゃん、おやすみなさい…なの」

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