クロとシロ

蓬井猯乃

クロとシロ

 私の目の前には、見渡す限りの砂が広がっていた。そして私の後ろにも、全く同じ様に砂が広がっていた。その違いは,砂の上に残された私の足跡だけだった。

 しくじった、と思った。ここに来た時、すぐに水場に辿り着いたものだから、てっきりあのような場所がどこにでもあるものだと思い、軽い気持ちで出発したのが間違いだった。茹だる様な暑さにうんざりしつつ、足裏に感じる砂の感触に、最初は物珍しかったものの、もう飽きたなと思いながら、当てもなく歩いていると、今までは聞こえなかった音が聞こえることに気づいた。音の近くまで歩いて見渡すと、大きさの違うさまざまな石で構成されている建物が見つかった。

 ひとまず暑さを凌ごうと中に入り、奥に進んでいくと、扉がいくつかあった。ああ、私は運がいいぞ。そう思いながら、そのうちの一つをこじ開けると、その先には、青々とした草原が広がっていた。


 私は、世界を旅する猫だ。私は物心ついた頃から、こうやって、さまざまな世界を渡り歩いてきた。扉を通り抜けると、今までとは全く違うところに出ることがあるのだ。   

 初めは、景色が全く違うだけで、同じ世界なのだと思っていた。しかし、行く先々の生き物に、扉を通る前の話をすると、常に会話が合わない。私は、自分だけがそれを通して全く別の世界に移動することができるのだろうと推測を立てていた。

 今まで、様々な世界を見てきた。空に浮かぶ島で暮らす世界、常に火が上がり、空から弾が降ってくる世界、ほとんどが海の世界……どの世界にも、興味深いところと、つまらないところがあった。いくつか「いいな」と思う世界はあった。ある世界では、そこの住民に随分気に入られて、寝ているだけで飯が出てくることもあった。しかし、自分でもはっきりとは分からないが、どこに行っても、何かが足りないような、胸が満たされないような感じがした。

 私はいつからか、を探すようになった。


⭐︎


 その日も、この世界ではは見つからなさそうだと思った私は、いつものように、近くにあった扉を通り抜けた。その先には、一匹の白い犬がいた。そいつは私と同じくらいの大きさだったが、ふわふわの白い毛玉みたいにまんまるな形をし、目も体と同じくらい丸かった。

 そいつは、私を見て驚いたのも束の間、

「あなた、だれ?どうやって、ここに来たの?その黒い毛と大きな尻尾、素敵だね!」

と、矢継ぎ早に話しかけてくるものだから、私は狼狽えてしまった。随分やかましいヤツに見つかってしまったようだ。見渡すと、そこにはそいつ以外には生き物の気配はなく、狭い部屋の中に置かれたベッドと、窓と、私が通ってきた扉以外にはおよそ私が興味を惹かれるものはなかった。窓の外の景色は、ほとんどが暗闇で、その中にいくつか光が見えるくらいで、何の音も聞こえなかった。

 ここは随分退屈な世界のようだ。ここには、私の探し物はないだろう、と思った。時間の無駄だ。手っ取り早く次の世界に行こうと、なるべく話を早めに切り上げようと思いながら、できる限り穏やかに返事をした。

「私は、外からやってきたものだ。偶然、ここを通りかかっただけなんだ。急に入って、失礼したね。お褒めの言葉、ありがとう。それじゃあ、失礼するよ」

扉に戻ろうとすると、そいつは私を引き留めようとしてきた。

「ねえ、ねえ、外から来たんでしょ?ちょっとでいいから、外の話を聞かせてほしいな!」

「この扉があるじゃないか。外なんて、君が知ってる以上のものはないよ」

「僕、体が良くなくて。外に出たことがないんだ。きっと遠くからここまで来たんだろうな。あっ!君の瞳、紫色なんだねえ、綺麗だなあ」

そいつは興奮した様子で捲し立て、私に顔を近づけて私の瞳を見てきた。ああ…面倒だ。私は、そいつの顔を見据えて静かに言った。

「……私は、外ではなく、別の世界から来た者だ。私は、君の知るような生き物ではないかも知れないよ。そういえば、前の世界では、君みたいなやつを食ったこともある」

私の目の色は、なぜだか多くの世界で珍しいとされて、物珍しさから捕まりそうになることがよくあった。こう言えば、大体のやつは気味悪がって私を解放する。そいつは一度は驚いたものの、予想に反して私に口答えしてきた。

「でも、本当に僕を食べるなら、僕とお話しする必要ないよね。それに、血の匂いもあんまりしないし。あっ、代わりに、これあげるからさ!」

そう言って、そいつはいい匂いのする飯を持ってきた。思ったよりも頭が回るヤツのようだ。仕方ない。ちょうど腹も減っていたし、少しだけだと前置きをしてから、前にいた世界の話をいくつかしてやった。


 私の話を聞いたそいつの感想は、頭が回るどころか、見当はずれのものばかりだった。そこに住む生き物のために、鉄のからくりが休む間もなく飯を作り続ける世界の話をしたら、そのからくりは休めなくて可哀想だと言うし、見渡す限り様々な色の花が広がる世界の話を聞かせたら、すごく素敵なところだね、なんて言う。からくりに命はないのだから、可哀想などという感情を持つのは間違っているし、花を見ても少しも腹の足しにもならないから、何が素敵なのかさっぱり分からない。なんなんだ、こいつは。脳内がお花畑なのか?

 私の考えとは真逆の反応に、だんだん腹が立ってきた。しかしそいつが、

「すごい、すごい!猫さん、なんでも知ってるんだね!」

とその真っ白な綿毛のようなしっぽをぶんぶん振り回し、目を輝かせて、あまりにも大袈裟に褒めるものだから、私は柄にもなく少し得意になって、前置きとは裏腹に、色んな世界の話をした。


 しばらくして、そろそろ腹も膨れたところで、私は話を切った。

「もう、ネタ切れだ。失礼するよ」

そいつはあからさまに悲しそうな顔をしたが、ハッと思い出したように顔を上げた。

「そういえば、君の名前は?ご主人は、僕のこと「シロ」って呼んでるよ」

実に単純な名前だ。単純なそいつに、よく似合うと思った。いい意味でも……悪い意味でも。

「私は……私には、名前はない」

世界を渡り歩く中で、勝手に名前をつけられたことはあった。その多くは、私の目の色からつけられた。私は、その名前がなんだか気にいらなかった。適当に名乗ろうとしたものの、思いつかず、つい本当のことを言ってしまった。

シロは吃驚した様子で、私を見た。

「えっ!名前がなくて、困らないの?」

「一度訪れた世界にまた行くことはないし、普段私から誰かに話しかけることなんてないんだ。だから、なくても困らないのさ」私は続けた。「君も、別に私の名前がなくても困らないだろう」

「困るよ!」

「どう困るんだ?」

「お話のお礼を、「きみ」に言いたいから!」 

シロはずい、と私に顔を近づけた。私は顔を少し後ろに引いて言った。

「別に、君でいいだろう。ここには私と君しかいないんだから」

「そうだけど、でもじゃあ、あっても困らないよね?」

「それは、……そうだな」

まさか納得させられるとは思わず、面食らってしまった。シロは間髪入れずに言った。

「じゃあ、クロでどうかな!」

「君が決めるのか?しかもそれ、君と意味が同じじゃないか」

「えっ、だめかな?だって君の黒くてつやつやした毛、とっても素敵だから」

「い、いや、ダメではないが」

「じゃあ、決まりだね!よろしく、クロ!」シロは続けた。「たくさんお話を聞かせてくれて、ありがとう。また、もっと他の世界のお話を聞かせてね!ご飯、用意しておくから!」

シロの期待に満ちた目に、私は淡々と答えた。

「ああ。気が向いたら、な」

 私は、ここに戻るつもりはなかった。飯なら、よほど運が悪くない限り調達できるし、少なくともこの部屋には私の探し物はなかった。変なヤツだったな、と思いながら、扉を通った。


⭐︎


 そのあと、四つ世界を渡り歩いた。四つめの世界は、特に奇天烈だった。極彩色のまだら模様の植物や、金色に輝く湖、怪しく虹色に光る山……今まで見てきた世界の中でも、見たことのないものばかりだった。

 (あいつに聞かせたら、なんと言うだろう)その時、私の頭によぎった。今まで、目の前にあるものを見た時に、そのものを見たこと以上のことなんて、考えたことがなかったから、自分でも驚いた。私は、思った以上にあいつとの会話が記憶に残っていたらしい。私は今まで別の生き物と会話した内容を思い出すことなんてなかったから、その原因を考えた。シロはどんな話をしても、私の考えの裏側の感想を言ってくる。これは、中身の分からないからくりを見かけた時に、どこを押したらどういう反応をするかを楽しむときに感じる気持ちに近い気がした。


 あの世界には、探し物はなかったから、もう一度行く必要は全くなかった。ただ、私はそのからくりの、別の釦を、もう一度だけ押してみたいと思った。それに、シロは飯を用意すると言っていた。この世界ではまともな飯にありつけそうになかったから、ちょうど良い。

 ただ、行こうと思ったのはいいものの、今まで一度訪れた世界にもう一度渡ろうとしたことなどなかったから、果たして行けるのかという考えが浮かんだ。しかし、私にできることは、扉を通るだけだ。考えていても行く方法は思いつくとは思えなかったから、とりあえず、近くの扉を開けた。すると驚いたことに、その先は期待通りの部屋につながっていた。


 私に気づいたシロは、目を輝かせ、力の限りその白いしっぽを振り回しながら、私を出迎えた。

「わあ!クロだ!また、来てくれたの?嬉しい!ご飯、たくさんあるよ!」

「次の目的地に行くために、ここを通らなくてはいけなくてね。まあ、腹ごしらえもできると言うから」

世界は直接繋がっているのだから、ここを通る必要は全くない。ただ、なぜだか気恥ずかしくて、無意味な嘘をついてしまった。


 幾つかの世界の話をしてやると、シロは相変わらず楽しそうに私の話を聞きながら、的外れな感想を絶え間なく話した。あまりにも楽しそうにするものだから、

「私の話の何がそんなに楽しいんだ?」と、思わず口をついて出てしまった。シロは不思議でならないという様子で、首を傾げた。

「クロは、知らないことを知るのは、楽しくないの?楽しいから、知らないところに行くんじゃないの?」

「いや、まあ、確かに知らない世界を見るのは興味深いが」私は少し考えて言った。「話だけを聞いていても、実際に見たことがないものは、想像できないからな」

「そっかあ」

シロはあまり釈然としない様子だった。

「君は、私の話を聞いて、イメージが湧くのか?」

「うん!クロが本当に見たものとは違うかもしれないけど、でもクロは細かいところまで話してくれるから、すごくイメージしやすいんだ」シロは、私の顔から視線を外し、どこか別のところを見つめながら続けた。「だから、その中で、僕はクロと一緒にそこを冒険するお話を考えるんだあ」

「ふむ、なるほど」

随分、想像力がたくましいヤツだ。現実が見えていないとも言えるが。

 私が考えていると、シロは突然口を開いた。

「あっ!ねえ、クロのことを聞かせてよ!」

「私の話なんて、聞いたって何も面白くないぞ」

「クロが話してくれる話は全部面白いから、大丈夫だよ!」

何が大丈夫なのか全く分からないが、拒んでも無駄だと判断し、私は仕方なく話し始めた。


 物心ついたころから旅をしていること、様々な世界を渡り歩けるのは自分だけであること、探し物をしていること……シロは相変わらず楽しそうに聞いていた。

「探し物、見つかるといいねえ」

「しかし、未だにそれが何なのかすら分からない始末だ」

私はため息をつきながら答えた。

「もしかしたら、もう知ってて、気づいてないだけなのかも」

シロはつぶやいた。ふむ。その発想は、なかったな。

「君にしては、なかなかいい視点じゃないか」私は続けた。「例えば、何か思いつくものはあるか?」

「例えば?うーん……僕だったりして!」

あはは、と笑うシロに、私は呆れ、はあ、とため息をついた。

「君に聞いた私が馬鹿だった。そういう君は、どうなんだ」

「僕?」

シロは珍しく面食らった様子で答えた。

「ああ。君は生まれてからずっとここにいるのか?体が悪いと言っていたが」

「僕が覚えてる限りでは、そうだよ。ご主人は、外の空気が汚くて、僕はそこに長くいられないって言ってた」シロは顔を横に向けて、「僕が見たことあるのは、その窓から見える景色だけなんだ」

私はその窓の外を見た。窓から見えるこの世界の景色は、夜のように暗かった。背の高い灯りが規則的に設置されていて、その近くには同じように規則的に扉が設置されていた。何か動く物体がある様子はない。しばらく見つめていても、景色にはなんの変化も見られなかった。窓の外の景色は、時間的にも、空間的にも、淡々と続いていた。

「外の景色に、変化はないのか?例えば、扉から誰かが出てきたり」

「ううん。開いたのは見たことないし、外はずっと暗いよ」

「さぞかし退屈だろう」

「そんなことないよ!外にある扉は全部同じかと思ってたんだけど、この前、よくみたら、大きさが違うことに気づいたんだ。だから、その大きな扉を使う大きな生き物を想像してたりしたよ。その生き物は何を食べるんだろう、とか、どんな姿をしてるんだろう、とか」

存在するかも分からない生き物について考えるなんて、なんと無駄な行為だろうか。

「想像力豊かなことだ」

その声色は、自分で思っていたよりも幾分か嘲笑的だったが、私はそれを取り繕おうとも思わなかった。

「うん!まあ、それくらいしかできないから!」

シロの顔は、変わらずにこやかだった。私は急にバツが悪くなり、シロから目を逸らした。

「あ……そ、その…悪かった」

「どうしてクロが謝るの?」

シロは小首を傾げた。

「いや…な、何でもない。私は探し物を探すのに忙しいんだ。今日は、もう行く」

「わあ!また来てくれるの!?」

シロはその尻尾を全力で振り回した。私が無意識に「今日は」と言ってしまったがために、シロは私がまた来ると解釈したらしい。訂正するのも面倒だったし、内心、また来てやってもいいかなと思っている自分がいた。


「まあ、腹が減ったら来るよ」

そういって、私はまた扉の向こうへと旅立った。


⭐︎


 次にシロのところに行ったのは、世界を三つほど渡った後だった。私を嬉しそうに出迎えたシロは、ハッと気づき、しょげた様子でその尻尾をだらんと垂らした。

「今日は、君にあげられるご飯がないんだ。せっかく来てくれたのに、ごめんね。お話、聞きたかったなあ」

それに対して私の口から出た言葉は、自分でも驚くべきものだった。

「いや……飯は、なくても大丈夫だ」

「えっ、いいの?あっ」シロははたと気づいた様子で続けた。「もしかして、僕、食べられちゃう?」

そういえば、そう言って話をはぐらかそうとしたことがあったことをすっかり忘れていた。しかし、本当のことを言うのも決まりが悪い。

「今は腹は空いていないからな。それに、お前は食っても美味くなさそうだから、私に食われる心配はしなくていい」

「えっ!僕、不味いの?それはそれで残念だなあ」

シロは本気なのか冗談なのか分からない調子で言った。

「お前は、食われたいのか食われたくないのか、ハッキリしてくれ」

シロはえへへ、と笑った後、遠慮がちに言った。

「でも、ここでは、探し物は見つからなかったんでしょ?僕と話してたら、その間、探しにいけなくなっちゃうよ」

私は少し考えた。

「新しい世界にそれを探しに行ってもいいが……君は、私にない視点で私の話を聞くだろう。だから、君と話していたら、手がかりが見つかるような気がしてね」

 これは、半分は本当だったが、半分は嘘だった。シロと話していると、今までは感じられなかった何かが、胸を満たすような感じがした。それは、に近い感じがしたのだった。

「そう?なんでも知ってるクロがわからない手がかりを、僕が見つけられるわからないけど……クロがいいなら!」

シロは不思議そうな顔をしたが、分からないながらも納得した様子だった。


 それからというもの、私は新しい世界を訪れる度に、シロにそれを話に行った。だんだん、シロがとくに興味を示すことや、好きなことが分かってきて、それを中心に話すようになった。シロが期待通りの反応をすると、狙い通りに行ったぞ、と私はほくそ笑んだ。

 私はいつの間にか、探し物よりも、シロが喜ぶネタを探すことが増えた。


⭐︎


「残念ながら、今日は店じまいだ」

私は見てきた世界の話を終え、ベッドから立ち上がり、扉に向かおうとしていた。シロは寂しそうな顔をしながら、私を縋る様な目で見た。

「もう行っちゃうの?僕、クロともっとお話ししたいな」

「仕方がない。私のことも君のことも、もう話してしまったし」

私の返事に、シロは納得できない様子で、

「ネタがなくても、お話ししてるだけで、楽しいんだよ!」

と言いながら、私の体を短い前足でぺしぺしと叩いた。

「あいにく、私はもう何も思いつかなくてね。……そういえば、君は私の話を聞いて、頭の中で私たちを冒険させる物語を考えると言っていたな。よかったら、それを聞かせてくれ」

シロはえっ、と驚きの声をあげ、私の体を叩く前足が止まった。そして、顔を伏せながらぽつぽつと呟いた。

「……実は、いろんなシーンは思いつくんだけど、一つの物語にはなってないんだ……きっとクロには退屈だと思うよ」

私はシロの方に向き直った。

「聞かせてと言ったのは私だし、退屈かどうか判断するのも私だ」私は少し考えて、続けた。「……気にしなくて良い。それに、お話ししてるだけで楽しいと言ったのは君だろう」

「それは、そうだけど……じ、じゃあ」

シロは珍しくもじもじしながら、話し始めた。


 それは、どこかの世界にあると言われている宝物を求めて、様々な世界を冒険する黒猫と白犬の話だった。ふたりは時に喧嘩をし、時に協力し合って、絆を深めながら、手がかりを集めていった。そして、宝物がようやく見つかりそうだというところで、話は終わった。

 確かに、シーンは飛び飛びで、展開に、ちょっと……いや、かなり、無茶なところがあった。しかし、その物語を聞いていると、まるで本当に私たちが旅をしているみたいで、悪くない気分だった。

「……ふむ。思ったよりも、なかなか」

私は呟いた。シロは顔をぱっと明るくした。

「ほ、ほんと?わあ、クロに褒められるなんて!」

「一つの物語には、しないのか?」

「僕もそうしたいと思うんだけど、お話の繋ぎ方が全然思いつかないんだあ」シロは苦笑いした。

私はしばらく考えてから、

「……例えば、一つ目の世界と二つ目の世界の話は……」

そう言って、私は思いついた話の"繋ぎ"を話した。


「わあ……すごい……すごい!!そうすれば、お話が繋がる!やっぱりクロはすごいや!」

シロはいつにも増して目を輝かせ、喜び、尻尾を振り回し、仕舞いには私に突進してきたので、私はそれを避けた。シロは後ろにあった布団に頭を突っ込んだ。私はシロの尻を見ながら言った。

「と、突然来るんじゃない。……随分嬉しそうだな」

シロは布団から頭を抜き出し、満面の笑みで私を見た。

「だって、僕とクロの、ふたりで作ったお話ができたんだよ!僕、誰かと一緒に何かを作ったの、初めてだよ!」

確かに、今まで他の誰かに協力したことなんて無かったな。そう思うと、悪い気はしなかった。

 ふと思い立ち、シロに聞いた。

「そういえば、その宝物は、見つからないままなのか?」

シロは少し悲しそうな顔をして、答えた。

「見つけちゃったら、ふたりの冒険が終わっちゃうんだと思ったら、終わらせられなくなっちゃった」

「別に、宝は一つだけとは限らないだろう。また新しい宝を探しに行けばいい話だ」

「あっ……そっか!そうだよね!」

シロはぶんぶんと頷いていた。そんなに嬉しかったのか?まあ、いい。

「だが、物語は結末があるからこそ意味がある。いつかは終わりを考えねばならないだろうな」

シロはうーんと少し考えたが、何かを思いついた様に私を見た。

「そういうなら、クロがお話の終わりを考えてよ!」

「わ、私がか?」

思わぬ提案に、私はたじろいだ。シロは私の反応を全く意に介さずに、興奮した様子で続けた。

「今すぐじゃなくて大丈夫だよ、あ、そうだ!クロが、探し物を見つけるまでに考えてくれればいいよ。クロが探し物を見つけるのが先が、展開を思いつくのが先か、競争だよ!」

「競争は、二人でするものだろう。私同士で競争してどうする」

「あはは、そっかあ!」

 無茶苦茶な理屈に、私は小言を続けようかと思ったが、シロのバカみたいに嬉しそうな顔を見ていたら、なんだかどうでもよくなってしまった。

「全く……まあ、期待しないで待っててくれ」


⭐︎


 それから、私が新しい世界の話を持っていくと、シロはそれを舞台にした話を考えて、私に話した。それを私は繋げたり、展開を修正したりして、そうして、私たちは物語がだんだんと形になっていくのを楽しんだ。慣れてくると、私が思いついた物語を話す事や、シロが話の繋がりを考える事もあった。

 しかし私は、物語の結末をなかなか思いつくことができなかった。


 ある時、シロと話していると、シロからする音がいつもと違うことに気づいた。それについて聞いてみたものの、シロは微笑みながら首を振った。

「クロは凄く耳がいいんだねえ。僕、自分の音はよくわからないや」

 それから、シロはだんだんとその尻尾を振り回さなくなり、飯を残すようになり、寝ている時間の方が長くなった。


⭐︎


 その日は、物語の結末をようやく思いついた日だった。私は早くシロに伝えたくて、扉を開け、シロがいるベッドに飛び乗った。シロの顔を覗き込むと、うたた寝をしているようだった。起きるまで待とうと隣に座り込んだ時、シロは目を覚ました。

「ふわあ。クロだあ、おはよう」

「すまない、起こしてしまったな」

私は、寄り添って話しかけた。こうしないと、最近のシロは私の声もなかなか聞こえないようだった。

「ううん。大丈夫だよ」

シロは微笑んだ。


「物語の、最後の展開を思いついたんだ。聞いてくれるかい」

「もちろん。聞かせて」

「……ふたりは、様々な世界で冒険をし、そして、知る限りの全ての宝を全て手に入れた。しかし、二人はなぜだか満たされなかった」

私は少し間を空け、続けた。

「そこで、ふたりは一緒に冒険するその日々こそが、宝物だと気づくんだ。そして、いつまでも冒険を続けた」

シロは、しみじみとその話を聞いていた。しばらく目を閉じてから、シロは口を開いた。

「うん…うん!すごく……いいねえ」

シロも私も、今出来上がった物語を思い返していた。


「……君と、こんな旅ができたら、楽しかっただろうな」

私はいつの間にか呟いていた。

「そうだねえ。……でも僕は、クロとお話の中で旅をするのも、凄く楽しかったよ」

シロは、ここではないどこかを見ながら、続けた。

「このお話、僕たちだけが知ってるのは、もったいないと思うんだ。僕たちだけの、宝物にしておくのもいいけど……クロがさ、行く先の世界の人に、聞かせてあげてよ。きっと、みんな楽しんでくれると思う」

私はシロと同じ方向を見た。

「……ああ、分かった」


「そういえば、最後の展開を思いつくまでに、クロの探し物は見つからなかったね。僕……何にも力になれなかったなあ」

「いいや、君は、私の知らなかったことを、沢山教えてくれたさ。それに、探し物なんて、もうどうでもいいんだ。君と話している時間の方が……楽しい」

「わあ、今日のクロは随分素直だねえ」

私がムッとすると、シロは口元を緩め、はにかんだ。シロは、私の頭に鼻をこつんとぶつけた。

「でも、僕も……クロ、君に会ってからずっと、楽しいし、幸せだよ。いつもありがとう」

シロの目が、ゆっくりと閉じられてきた。

「ごめんね……いつもたくさん寝てるのにねえ」

「ゆっくり寝るといい。……私も、君と出会えて、良かった。……ありがとう」私は自分の顔をシロの頬に擦り付けた。シロの白く長い毛が私の顔を撫でた。

「おやすみ。良い夢を」

シロは目を瞑りながら答えた。

「うん……おやすみなさい」


その後、シロの音が鳴る事は無かった。

その時、私はようやく気づいた。探し物は、君だったのだと。


⭐︎


 君は、世界を旅する黒猫の話を知っているかい?

 その猫は、ふたりで世界を冒険する、偏屈な黒猫と、好奇心旺盛な白い犬の話を聞かせてくれるんだ。

 それを聞いた者は、皆、なんでか幸せな気持ちになる。だから皆、その猫に駄賃やら飯やらを払おうとした。でもその猫は、決まってこう言った。

「私の話に、対価はいらないよ。その代わりこの話を、他の誰かに聞かせてやってくれ」

「そうすれば、黒猫と白い犬は、ずっと冒険できる」

「私がいなくなった後も、いつまでも」

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クロとシロ 蓬井猯乃 @gorilla_chikuwabu

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