第72話 暗黒の戦い
こちらに迫る大口目掛けて、ダンは身をかわしながら大口径の水中銃からいくつも銀色の槍のようなものを射出する。
"ハープーン・ボルト"と呼ばれる水中専用の小型ミサイルであった。
元は採掘用で水中の硬い岩盤を破壊するためのものであったが、まさか別の星の巨大生物に打ち込むことになるとは、以前のダンでは考えもしなかっただろう。
しかし、事実としてこの謎の生物が跋扈する星においては、そういうことが現実に起こりうるとダンは学習していた。
「ボォォォォォォォ……!」
海中を震わせるような重低音を響かせながら、怪物は自分の甲殻に突き刺さった矢じりに対して身を捩る。
ハープーン・ボルトは地中貫通型のミサイルであるが故に、触れた瞬間爆発するのではなく、一度表面に深くくいこんでから先端から内部に向けて炸裂する。
その瞬間的な温度は三千度を超えて、衝撃波は五百キロ爆弾に相当する。
如何に頑強な生物と言えど耐えられる威力ではなかった。
ボン!
ボン!
とくぐもった爆発音が連続で響くと同時に、怪物の横っ腹に刺さったハープーンが炸裂し、大量の水泡が湧き上がる。
「ボォォォォォォォ……!!」
その痛みにのたうち回ると同時に、周辺の海が真っ赤に染まる。
――しかしそれがかえって相手の怒りに火を付けたのか、怪物はダンに大口を開けて食らいついてくる。
(二発では足りないのか!? 艦艇も真っ二つな威力のはずなのに、なんてやつだ!)
ダンは100ノットで逃げ回りながら、次弾を装填する。
怪物の速度も先程より明らかに上がってきていた。
ダンを本物の脅威と認識したのか、目の色をかえて追いかけてくる。
その迫力は常人なら身を竦ませて動けなくなるほどであるが、電子頭脳によって恐怖心をコントロールされているダンは、仮に死ぬ直前であっても冷静に最善の答えを導き出すようプログラムされている。
そしてダンは、今もなおこの怪物をどう仕留めればいいか思案していた。
そんな時であった――。
『本機は
そう突如として頭の中に、ノアからの通信が入り込む。
ノアの通信は広範囲ではあるが、流石に沖合十キロの海底に対しては電波が届かないはず。
不思議に思ったダンが周囲を見回すと、そこには――空中ドローンと水中ドローンを何十機も経由して無理やり電波を届かせて、海底に通信網を作り上げていた。
そのノアの強引なやり口と、主人の危機を即座に察する有能さに舌を巻きながら、ダンは半真空状態のスーツの中で苦笑をこぼした。
そして、声ではなく電気信号をもって返事をする。
(有能な相棒を持って私は幸せだな。許可する、やれ!)
『――承認しました。水中誘導雷発射。目標到達はおよそ300秒後となります。対象周囲百メートル近辺からの避難を推奨します』
(そう簡単に出来たらいいんだがな)
ダンは声には出ない愚痴をこぼしながら、追走してくる怪物の猛攻を退ける。
相手の速さもさることながら、この巨体が海中で暴れ狂うことで起こる乱気流ならぬ乱海流も如何ともし難いものがあった。
ジェットスクリューが余計な空気を噛み込んでひどく動きづらい。
方向が乱れて危うく追い付かれそうになる所を、ダンは再びハープーン・ボルトで迎撃して追い返した。
「ボォォォォォォォ…………!」
顔面にミサイルを受けて流石に応えたのか、怪物はのたうち回ったあと、少し泳ぐ速度が落ちる。
(TNT二トン分の爆薬を食らってまだ生きてるとかどんな生命力だ? まったくこの星には馬鹿げた生き物がいるもんだな)
ダンはリロードしながら、ようやく大人しくなったかとほっと安心した。
しかし、それも束の間――
「ボォォォォォォォ……!」
怪物はあろうことか、ダンに適わぬと見るや、一気に沖合いに向けて逃げ始めた。
今ここで逃がすのは不味い――。
ダンはそう危惧する。
半端に手負いの獣を逃がすと、後に報復が何倍にもなって襲い掛かってくる。
今度怒り狂ったこの怪物の被害に遭うのは、ダンではなくまた別の誰かかも知れない。
そもそもこんな獰猛で危険な生物を、手負いのまま逃がしたら、ここら一帯がダンのせいで、死の海になってしまう。
(逃がすか!)
ダンはまっすぐ沖合いに逃げる怪物と並んで泳ぎながら、その横っ腹に向かって再びミサイルを打ち込む。
ボン!
ボン!
と連続で弾ける音と同時に、怪物の横っ腹の鱗が剥がれ落ち、周辺の海が真っ赤に染まるほどの大量の血が流れ出す。
「ボォォォォォォォォォ……ッ!!」
怪物はこれまでで一番大きな雄叫びを上げて、体を大きく波立たせる。
そしてもはや進退窮まったのか、ダンになりふり構わず襲い掛かった。
知恵を使ったのか、全力で体をうねらせて海流をめちゃくちゃにかき乱しながら食らいついてくる。
ダンはそれをジェットスクリューをフル回転させながら、リロードする暇もなく躱しながら時間を稼ぐ。
やがて、相手の抵抗が少しずつ弱まってきたその時であった。
『魚雷到達まで、10、9、8、7……』
ノアのカウントダウンが頭の中に聞こえてきた瞬間、ダンはあえてその場に立ち止まり、怪物の前にその身を晒す。
相手に余計な動きをさせて狙いをズレさせないため、自らを囮とした。
「ボォォォォォォォ……!!」
そして、怪物が怒りに任せてまっすぐダンに大口を開けて襲いかかった、次の瞬間――
『3、2、1…………今!』
(お別れだ)
ドン!!
と海中すべてを震わせるような衝撃波と共に、怪物の横っ腹の直ぐ側で魚雷が炸裂する。
魚雷は相手に命中するその爆薬の威力でよりも、爆発によって起こるジェット水流によって引き裂くほうが本命である。
よって直撃するよりも、少し手前で爆発したほうが致命的なダメージが与えられるのだ。
「ボォォォォォォォォォッ!!」
如何に巨体といえど、瞬間的に数万トンを超えるジェット水流の圧力に生物が耐えられるはずもなく、怪物は雑巾が引き絞られるようにズタズタに引き裂かれていく。
ダンはその水流に巻き込まれないよう、全力でジェットスクリューを回転させながらその場から離脱していく。
「ォォォ…………」
やがてその巨体は真っ二つに折れ、悲しげな声を上げながら怪物は海の底に沈んでいった。
(……過去一で危険な生き物だったな。流石に今ので死んだと思うが)
ダンはそう考えつつも、やはりあの脅威の死を最後まで確認できなければ安心できなかった。
(ノア、私はヤツの最期を確認してから戻る。後は引き続き子供たちの警護に気を配ってやってくれ)
『了解しました。お早めのお帰りをお待ちしております』
その言葉と同時に、ノアはドローンを引っ込めたのか通信が切れる。
そしてダンは、水深1000メートルを超える暗黒の海の底に更に向かっていった。
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