巻き込まれ宇宙人の異世界解釈 ~エリート軍人、異世界で神々の力を手に入れる?~
こどもじ
漂流者編
第1話 プロローグ:君と旅立とう
宇宙とは膨大である。
今なお無限に広がり続ける空間と時間の中で、人類の到達出来る範囲はあまりに小さい。
宇宙の中で砂粒のごとき矮小な存在でありながら、しかし人類は、知恵と工夫によって少しずつその生存圏を広げていった。
――そしてやがて、人類は自らのゆりかごであった地球を飛び出して、外宇宙へと航行する時代が訪れたのだ。
「ノア、何か音楽をかけてくれないか?」
小惑星資源調査団団長、ダン・タカナシは、地球から約7億5000万キロの木星付近を航行しながら、船の管制AIにそう呼び掛ける。
『畏まりました。何かリクエストはございますか?』
船の管制AI"Nautilus Organized Arbitrator Hyperlink system" 通称『
「そうだな……なら、『タイム・トゥ・セイ・グッバイ』を頼む。今の気分にピッタリの曲だ」
『了解しました』
そうノアが応えると同時に、船内に荘厳な音楽の前奏が流れ始める。
ダンは、操縦室の座席に深く腰掛けて、コーヒーの香りを燻らせながら、その美しい旋律にゆったりと思いを馳せる。
宇宙の旅はとにかく時間が有り余る。
時には一時たりとも無駄にしない有能さよりも、その暇な時間を楽しむ余裕が宇宙を航海する者の資質として求められた。
ダンは元々、地球連邦の中枢におけるエリートと呼べる軍人であった。
宇宙軍士官学校を主席で卒業後、現場で実績を積み、参謀本部の中央勤めの軍人として誰もが羨むキャリアを形成していた。
しかし、やがて生き馬の目を抜くような中央の出世争いの中、自身の軍人としての在り方に疑問を抱いた彼は、わざわざ官職を落としてまで、この完全に出世コースから外れた閑職とも言える小惑星資源調査団に志願したのだ。
調査団とは言っても、団員は彼一人。
あとはAIによって全てが管理されており、ダンはその誘導に従って現地を視察し、サンプルを持ち帰るだけでよかった。
なので現地に着くまではほぼ休暇のようなものである。
後は、最新鋭の航行管制システムを搭載した機体である『N.O.A.H』のテスト運用も兼ねている。
『N.O.A.H』は通常の航行の他にも、新規惑星の開拓及び
地球連邦が採算度外視でこんなオーバースペックな機体を作り上げたのは、これから宇宙航行技術の発達と、地球人口の爆発によって、大規模な宇宙開拓の時代が始まると予想されているからだ。
軍人だけではなく、民間企業や一般人までもが宇宙に漕ぎ出して、新たな星を開拓していく時代。
『N.O.A.H』はその先駆けとして、文字通り開拓時代を先導する方舟的役割を期待されている。
そのテストの第一段階として、今回の小惑星資源調査が命じられたのである。
『まもなく、20万キロメートル先付近、"木星圏ポータルステーション"に到達します。速度を第四速度から第二速度へと移行し、ワープ航法準備へと切り替えます』
「分かった」
ノアの無機質なアナウンスに答える。
宇宙はあまりにも広く、外宇宙を航行するのにワープポータルというものは必須であった。
ワープの原理として、ポータルに入った瞬間にダンとこの船自体の組成情報をスキャンしたあと、分子レベルに分解。
光情報に変換してから、ワープ先のポータルゲートに転送したあと、その場で再構成といったものである。
アナログの人体をスキャンするのは、本来ならとてつもない時間とエネルギーがかかるものであるが、ダンは身体の90パーセントを機械化した『強化人間』である。
一見普通の人間のように見えるが、その体の殆どは金属とカーボンで構成されている。
よって情報化も容易であり、ワープ先とワープ元では、ほとんど差異は現れない。
しかし、唯一生身が残っている脳幹と偏桃体の部分だけは、複製や機械化をしたりすると、当人の人格が失われて抜け殻のようになってしまうことが知られている。
そこは神のブラックボックスというべき部分なのか、人体の完璧な複製というものは出来ないのだ。
今でもなお、地球本土ではナチュラリストや宗教関係者の中には、強化手術に反対する勢力は根強いが、明らかに常人より肉体と頭脳の性能が向上していることから、今では一般的なものとして普及していた。
特にダンのようなエリートキャリアの軍人は、通常とは違う軍用の最高峰の強化手術を受けられることから、そこらの強化人間に比べて圧倒的な性能を有していた。
『こちら木星圏ポータルステーション。貴船の入港を歓迎します。所属と階級をどうぞ』
目の前の巨大な円環のような形の宇宙ステーションから、ダンの船に向かってそう宇宙公用語で通信が飛んでくる。
「こちら地球連邦小惑星資源調査団所属、ダン・タカナシ一等宙尉。目的地ははくちょう座61番星」
『照会しました。ただいまよりワープポータルを開放します。そのままゲートへとお進み下さい』
そう言うや否や、琵琶湖がまるまる入るくらいの巨大な円環がゆっくりと回り始めて、その円の中心に向かってレーザーを放つ。
この中心の最も高温な部分がゲートであり、超高出力のスキャニングレーザーで分解しながら、組成情報を取り出しているのだ。
『座標を確認……はくちょう座61番星。よい旅を、大尉殿。道中の安全をお祈り致します』
「ありがとう」
通信を切ったあと、ダンの船はゆっくりと前に進み出す。
ゲートを通って、体を分解されるということは、実質的に一度死ぬということでもある。
しかし、それまでワープを何度も経験して、なおかつ電子頭脳化による精神安定効果によって、今更ダンに恐怖心などはなかった。
しかし、その頃ステーション内部では――
「……ん? おい、ちょっと待て! 干渉信号が飛んできて急に座標がおかしくなったぞ! 今すぐワープを緊急停止させろ!」
ポータルステーションの責任者らしき男が、画面で突然異常な数値を叩き出す座標を見てそう声を荒げる。
「で、出来ません! 既に対象船の分解と転送が始まっています! 今止めると、ただ搭乗者を殺してしまうことに……」
「まずい……! 行き先を調べろ! こんなおかしな座標では、どこに繋がるかも分からん! 回収出来なければ、最悪彼は宇宙漂流者になってしまうぞ!」
そう男は焦った顔で言う。
「そ、それが……この干渉信号は、私たち地球人類の到達域の遥か外宇宙から送信されており、特定は不可能です! また、座標も宇宙航行上の基準に照らし合わせても出鱈目であり、AIからは、その座標位置には星どころか小惑星帯すら存在しない
オペレーターは、画面を見ながら青ざめた顔で言う。
「なんてことだ……。では、彼はこのままどこともしれない宙域に飛ばされ、光の粒になって消滅してしまうということか? この創設以来、一度もワープ事故を起こさなかった木星圏ポータルステーションが……」
――そんな物騒な会話がステーションで繰り広げられているとは露知らず、ダンは『タイム・トゥ・セイ・グッバイ』のサビに合わせて、鼻歌を奏でていた。
ポータルステーションの職員たちは、もはや出来ることは何もないとばかりに瞑目する。そして何も知らぬまま、ダンは自らを死に追いやる光の中へ身を投じたのであった。
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