第21話 救出作戦

 いよいよ僕らは『星の牢獄』を目指して出発することにした。今回はアギト君と僕、それから「どうしても行く」と譲らなかったガールジェシカちゃんの三人だ。


 外に出られないトミ丸君も「何か役に立ちたい」と言って、ホンモノの鷹よりも鷹らしく造られた最古のドローンの戦国秘密兵器、鷹匠ドローンをつかって遠隔操作で上空から救出作戦に加わることになった。


「トミ丸、この城に自転車とかないのか。ちょっとでも早く現場につきてえからよ」とアギト君。


「競技用の馬ロボならあるよ」


 ということで三人それぞれが三頭の馬ロボにまたがっていざ出陣。これで旗差物があれば完全にいくさだ。


 地上に出てそこから疾駆しっく。慣れないながらもなかなかの早さで進む僕ら。


 ふと、前をゆくアギト君を見ると、短パンのポケットが膨らんでいる。何かを押し込んできたようだ。


「ねえ、なにを持ってきたの?」と追走しながら僕は尋ねる。


「あん?これか?これは硬式ボールだ。いざというときに武器として使うのさ」と上半身だけ振り向いたアギト君が答える。


 なるほど、たしかにアギト君にとってはボールが一番の武器かもしれない。


 かなり後方からガールジェシカちゃんの声。


「ねえー、二人とも、ちょっと待ってよー」


 なんと馬ロボを後ろ向きに走らせてきている。どうやったらできるんだろうか。


「おーい、ガールジェシカ、もっと急げ、置いてっちまうぞー」


 アギト君はそう言うと、さらにスピードを上げた。


 後方の空に、夕日を浴びたドローン鷹が飛んできているのが確認できた。完全に鷹だ。ドローン鷹は翼をひろげて、徐々に僕らに追いつくと、そのまま僕らを見下ろしながら追い抜いて、一直線に突き進んでいった。


 20分後、ようやく現場まであと少しのところにたどり着いた。


 と、そこで携帯している貝フォンからトミ丸君の声が。


「こちらトミ丸。現場に近づいてきた。みんなはいったんその場で待機されたし。ボクがドローンで状況を確認してくるから」


「了解」と僕は答えると、二人にもそのことを伝えた。


 そこで下馬した僕ら三人はひとまず物陰に隠れて、トミ丸君からの報告を待つ。


 現場上空をトミ丸君のドローン鷹が旋回しているのが見える。星の牢獄への突入の時は近い。いやがおうにも緊張が走る。


 アギト君が黙ったままポケットからボールを取り出し強く握る。


 と、そこへトミ丸君の声が入る。


「こちらトミ丸。すこぶる視界良好。今のところ特に人影は見あたらない」


「了解。気をつけて」と僕。


「おや?なんだ?あれは」


 何かを発見したらしいトミ丸君の声だ。


「どうしたの?トミ丸君」


「こちらトミ丸。こちらトミ丸。二時の方角に散歩中の犬を発見。どうやらケルベルスではないようだ。安心されたし」


 それを最後まで聞いていた僕ら三人の肩から同時に力が抜ける。


 アギト君が僕の手から貝フォンをもぎ取り、「くだらねぇこと言うなっての、こっちが混乱するじゃねえかよ」と小さめに怒鳴る。


「ごめん、ごめん、ありゃ、ありゃ」


 今度も慌てた声だ。再びトミ丸君が何かをみつけたんだろうか。


「今度はなんなんだよ」とアギト君。


「こちらトミ丸。ただいま星の牢獄があると思われる地点の真上を飛行中。どうやら星の牢獄は雑木林の中にあるようだ。したがって上空からの確認はできない」


「そうか、雑木林のなかなんだな、わかった」


 アギト君はそう答えると僕に貝フォンを戻して腕組みした。


「どうするの?」とガールジェシカちゃんが決断を迫る。


 しばらくがあって、そして決まった。


 アギト君の一声。


「よし、行くぞ!みんなついてこい」


 アギト君は現場に向かって走り出す。


 僕ら二人も遅れまいと、すぐさま追いかける。


 しばらく走ると、前をゆくアギト君の行く手に不気味色を帯びた雑木林が見えた。もうすぐそこだ。


 雑木林の手前の空中ではドローン鷹が旋回運動のまま僕らの来るのを待っている。


 すぐそこが雑木林というところまで来て、アギト君は「いったん止まれと」僕らを制した。


 ガールジェシカちゃんが林の奥をのぞき込むように見ながら「本当にこの中なのかしら……」とつぶやく。


 もってきた配置図を広げてもう一度確かめてみる。やはりこの林の中、200メートル先くらいのところだ。


「こちらトミ丸。林の中を飛んでみるよ。うまく操縦すれば大丈夫だと思うから」


 かなり生い茂ってるから無謀な気がしたけど、止める間もなく、勇壮とドローン鷹は林の中へ飛びながら入っていって見えなくなった。


(木にぶつかったりしなきゃいいけど……)


 そう思ったのもつかの間、「ぎゃあああ」というトミ丸君の悲鳴が送られてきた。


 急いで確認する。


「トミ丸君、大丈夫?なにがあったの?」


 僕は貝フォンに耳を押しつけ応答を待つ。


 ── 返事がない。


「こちらかずゆき、トミ丸君応答せよ、応答よ」


 この呼びかけから少したって、申し訳なさそうな声が返ってきた。


「こちらトミ丸。木にぶつかって墜落しちゃった……、ごめん……」


「トミ丸君、あとは僕たちに任せて」


 とは言ってみたものの、どうしていいかわからず、二人の顔を見る。


「こうなりゃ、一か八か突っ込むぞ!びびって突っ立てるだけじゃ何もできねえ。虎穴だろうが竜穴だろうが、とにかく突き進んで助け出すんだ!」


 アギト君は闘志をみなぎらせた顔つきでそう言い放つと、勢いよく雑木林の中へ飛び込んでいった。


「かずゆき君、アタシたちも行こう!」とガールジェシカちゃんもつづいて中へ。


 僕も行かなきゃと思い、一歩目を踏み出したその瞬間、木の根につまずいて転んでしまった。地面に膝のあたりをしたたかに打ちつけてしまい、血が流れはじめた。でも、そのまっ赤な自分の血を見たとたん、なぜだか全身に気合いがみなぎった。僕はすぐに立ち上がり、二人の後を追った。


 道なき道がつづいた。木々や古い蜘蛛の巣ををかき分けながら進んだ。とにかく目の前のもの全てをかき分けながらがむしゃらに進んだ。薄暗さも、漂う冷気も、そして恐怖をも、僕らはまとめてかき分けた。


 みんな無我夢中だった。途中で墜落したドローンを見かけたかもしれない。途中でもう使われていないらしい古びたマンホールの蓋を見たかもしれない。でもそんなことはもう関係なかった。僕ら三人の頭の中はただひとつ、星の牢獄からヤマモトモウタを救い出すこと、ただそれだけだ。


「おいっ、あそこになにかあるみてえだぞ」


 先頭を行くアギト君が立ち止まり、前方20メートル先を指さした。見るとそこには、物置小屋くらいの大きさのガラス張りの建物が木々に囲まれて窮屈そうに立っていた。


 僕らは姿勢を低くして目立たないようにした。磨り硝子づくりなのではっきりとは見えないが、その中では人影のような物がもぞもぞとうごいているのがわかる。ヤマモトモウタの体型に見えなくもない。


 すぐに貝フォンでトミ丸君に状況を伝える。


 まもなくして返事が返ってきた。


「こちらトミ丸。いま調べたところによると、その建物はきっと『ガラスの城』を意味してるんだと思うよ。ガラスの城は欧州の古い伝説によると、日の女神や死の女神と結びついた『星の牢獄』なんだ。だから、その建物に間違いないよ」


「了解」と僕。


 どうやらついにたどり着いたようだ。


「ぱっと見では、入り口らしきものはないみたいね」とガールジェシカちゃんがひそひそ声で言う。


「そうみたいだな、よし、じゃあ、ガラスを割って中に入るってことでいいな」というアギト君の提案に僕らはうなずく。


 今から突入を開始する旨をトミ丸君にも伝えた。するとトミ丸君は意味深に言った。


「いよいよだね、かず君。もし、この救出作戦が成功したら……、そのときは……、ボクね……」


 急にそこで電波の状況が悪くなり、声はそこで途切れてしまった。いったいトミ丸君はぼくに何を言おうとしたんだろう。


「よし、行くぞ!」


 アギト君の掛け声とともに僕らは走り出し、星の牢獄のすぐそばまで近づく。


 そして、そこからアギト君が中で動いている人影に向かって声をかける。


「おい、聞こえるか?聞こえたら返事しろ。お前はヤマモトモウタなのか?」


 返事を待っているとすぐに弱々しい声がした。


「そうだよヤマモトモウタだよ、早くここから出してくれよ、お願いだよ」


 それは間違いなく聞き覚えのあるヤマモトモウタの声だった。鼻水をすする音も一緒に聞こえてくる。


 アギト君がガラスを手で叩きながら「すぐに出してやるぞ、ガラス割るから、離れてろ、いいな」と声をかける。


「わかったよ」と声が聞こえた。


 アギト君によると生物マシンだから安全にガラスを割るボールを投げられるんだとか。


 すぐにアギト君は少し距離をとって、持ってきた硬式ボールを絶妙な角度と強さでガラスめがけて投げる。鈍い音とともにガラスにひびが入る。もう一度投げてきれいに割った。アギト君が中へ入る。僕らもつづいて中へ。


 中には手足を縛られて横たわるヤマモトモウタの姿が。とにかく無事みたいだ。


 そしてここにはほかには誰もいないし、いた痕跡もない。


 すぐに縄をほどきにかかる。


 ところがなぜかヤマモトモウタがそこで泣きながら意外なことを口にした。


「黒須、おまえが助けに来てくれると思ったよ。ありがとう」と僕に言ったのです。


「どうして?どうして僕が助けにくると思ったの?」


「犯人がそう言ったからだよ。『黒須かずゆきが助けにくるだろう』って、そう言ったんだ」


「なんで犯人が僕のことを知ってるのさ?」


「そんなこと俺は知らないよ」


 ヤマモトモウタは横になったままで、だだっ子みたいに首を横に振っている。いつもは大きく見えるヤマモトモウタが、今日はひとまわりもふたまわりも小さく見えるように感じた。


「じゃあ、犯人の顔は見た?」と僕。


「いや、見てない。俺が気づいたときにはもうここへ閉じ込められてたんだよ。なにがなんだか今でもわからないよ。その声はこの建物の外から聞こえたんだ。甲高い男の声だった気がする」


(そうか……、犯人の顔は見てないのか……)


 犯人が僕のことを知っているというのはなんだか気味が悪い。


 ヤマモトモウタが急に僕の袖口をつかんで泣きじゃくりながら「なあ、黒須」と言ってきた。


「なに?」


「俺がクローンってこと……。今までいやなこと言って悪かったよ。許してくれよ。ぜんぶ自分を守るためだったんだ……。それでも友達だよな」


「当たり前だよ、クローンだろうがなんだろうが関係ないよ」と僕は強くうなずいて言った。


 黙々と手を動かして縄をほどき終えたアギト君が「お前ら、つべこべ言ってねえで、さっさとずらかるぞ。三十六計逃げるにしかず、だ」と言って立ち上がりながら僕らをせき立てる。


 自由を得て立ち上がったヤマモトモウタは思い出したようにそこで声を上げた。


「あ、そうだった!忘れてた。そういえば犯人はこんなことも言ってた。この場所から脱出するときは決して振り返るなって、振り返ってはいけないって、そう黒須に伝えろって言ってたんだ」


 それを聞いた僕は混乱した。


(なぜ犯人は僕にそんなことをいうんだろう……。わけがわからないよ)


 とにかく僕らは、一刻も早くここから脱出することにした。安全なところに出るまで、もと来た道を走った。衰弱しているヤマモトモウタはアギト君が背中におぶった。


 そして僕らは一度も振り返らなかった。


 べつに犯人の言うとおりにしたわけじゃないけど、結果的にそうなった。


 なぜだか、犯人の残した言葉が僕の心の中にひっかかりつづけた。 

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