第2話 僕の出自

 家に着く頃には日が暮れかけていた。公園から僕の家まではけっこう距離があるから仕方がない。


 町の南にある僕の家はゲノミクス先端多様性地区のなかにあるマンションの四階にある。ノーマル地区とは暗に棲み分けされていて、居住地域ひとつとってもいろいろと分断が進んでいる……。


 いつも四階までは足腰を鍛えるために階段でのぼる。すべて自動化された住居が多い中で、こんな古い建物は珍しい。でも、運動になるからオッケー。いいピッチャーは下半身が強いからね。


 ドアノブは手の形をしていて握手して生体認証でロック解除するしくみ。IOTでクローンチェックもされて報告されている。とにかくクローンに厳しい。無届けクローンや脱走クローンの話はよく聞く。戦後に今の政権になって、強権統治による人々の不満を解消するためにクローンの身分を下げて利用したんだそうだ。ひどい話だし、そんな差別は早くなくなるといいと思う。


 家の中に入る。「ただいま」は言わない。だってだれもいないから。


 僕はコンピュータ上で設計されたゲノムを合成して作られ、母さんから生まれた。


 出自の悩みを母さんには悟られないように家では振る舞っている。


 いつも遅くまでAIの残した仕事の後始末で働いている母さんのことは好きだし、心配させたくはない。


 学校には完全に人工子宮システムで生まれた子も増えてきていて、そこでもまた分断がある。


 生物学上の父親はいない子の方が多いかもしれない。正確にはわからない。そこらへんの情報は子供には統制されているから。僕ら、いない子には国が教育効果の視点から便宜上の理想の父としてゲノム編集された人が『職業父』として担当につく。家庭教師みたいな関係性で接することになるけど、僕は苦手だからあまり会ってない。


 部屋の電気をつけた。明るくなった。家庭用自動ゲノム合成装置がバイオ燃料の微生物をつくってくれている。サステナブルなエネルギーの実現。


 さびしくて遺伝子コンピュータ接続のソシャゲをはじめるもそこは差別や偏見や分断であふれていてすぐにやめる。時計を見るともう夜の八時だ。


(そろそろ、夕飯でもたべようかな)


 僕はキッチンに行き食品を選ぶ。食材のゲノム編集の度合いを調べる簡易装置をつかう。安全な食品かどうかは各家庭でチェックする時代。信頼性指数に換算してチェックが済んだら調理する。


 チャーハンのできあがり。


 テーブルで一人で食べる。一人には大きすぎるテーブルだ。


「それでは、いただきま……、ん?」


 テーブルの中央にメモが一枚。それは母さんからのメッセージだった。


『かずゆきへ。ちゃんとごはん食べていますか?ゲームをしながら食べていませんか?お行儀良くなさいね。それから、明日は学校に行く日ですね。このまえ約束したことをちゃんとおぼえていますか?明日は仕事を早く切り上げて帰りますからお話をいろいろ聞かせてください。母より』


 そのメッセージを読み終えた僕は思わず「しまった」と声を出した。すっかり忘れていたのです。この前、お正月にお年玉欲しさについつい「ちゃんと学校行く」という約束をしてしまっていた。たしか担任の杉山田すぎやまだ先生にもそのことは伝わっているはずだ。


(なんだか食欲なくなっちゃった……)


 せっかくつくった料理だけど仕方ないから明日の朝、万が一、食欲というものがあったならもう一度温めて食べるとしよう。


 冷蔵庫にしまった。ため息をついた。明日という日を、例えばずっと先のある一日と交換して先延ばしにできたらなと思う。


 すっかり気落ちした僕は、ベランダに出て、夜空の星を見ることにした。落ち込んだときの星頼みじゃないけど、だいたいいつもそうする。世界の文明だって星空の助けを借りながら発達したわけだし。いろいろと忘れられる。


 冬の南天の星空が迎えてくれた。冬の南天は北半球で見ることができる星空の中で一番豪華な星空だ。ぎょしゃ座のカペラ、おうし座の赤いアルデバラン、ふたご座のボルックスとリゲル、そして全天一の輝き、おおいぬ座のシリウスという7個もの一等星に出逢うことができる。ARコンタクトレンズを星見モードで使うと僕なりの星座をつくって表示できるし、それをもとに構成した絵物語を夜空に映し出してもくれる。僕オリジナルの勇気の神話が僕のお気に入り。僕座の僕が登場するのです。宇宙へということでいえば、宇宙に転校する子や宇宙から転校してくる子も増えている。


(けっきょく、学校……)


 再び現実にもどり、急に外気の寒さに震える。ため息をついて部屋の中へ戻った。

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