竜王のくだす罰 Ⅱ
頭を抱えるゼルギスとは対照的に、カインは歯牙にもかけず一笑に付した。
「それが君の言い分なのか?」
「カイン様はご存じないだけですわ! 十年前もそうだったと聞いておりますもの。国民が餓死するからと、無理やり父に国庫をあけろと我が儘をいったのです! 姉はそういう大げさな方なのです!」
ここまでくると、この娘は本当にミレーユの実妹なのかと首を傾げたくなる。
いつも傍にいるルルがあれほどミレーユを慕っているというのに、血を分けた妹がこれほどまでに姉を厭うとは。
カインは、彼女がミレーユに持つ敵意にも似た感情の理由を察しながらも、あえて口には出さず、ゼルギスに目配せする。
ゼルギスは心得たとばかりに、一歩前に出た。
「貴女がどのような話を真に受けたのか存じませんが、私が十年前に確認した調査でも、民の暮らしは嘆かわしいものでしたよ。あの被害で国庫を開けぬなど、よほどの愚王。我がままなどという程度の低い認識の話ではありません」
あの時は花嫁の祖国とは知らず淡々と処理したが、現状は当時のゼルギスすら眉を顰めるものだった。
「まだ八歳だったミレーユ様が国庫をあけてくれと悲痛な思いを訴えるほど、国民は圧迫されていたというのに、貴方方はそれを我が儘だと捉えていたのですか? 正直、呆れます」
「だって……」
強い口調で訴えていたエミリアも、これには迷いが生じたのか、後ろの父親を振り返る。
けっして目を合わせようとしない父に、エミリアは真実がどこにあるか理解したようだった。
「……わ、分かりました。わたくしの独りよがりだったと、姉には心より謝罪いたします」
「その必要はない。彼女は、君が毒を盛った事実を知らないからな。私が得た情報はすべてこちらの間諜から聞いたものだ」
「え、謝らなくてよいのですか?」
「私は、謝罪を許さないと言っているんだ。今回の一件が耳に入れば、ミレーユはきっと君を許すだろう。自分のドクウツギについての説明が足りなかったせいだと」
エミリアにはそれが分かっているからこそ、早々に謝罪すると方針を変えたことは明白だ。
うまくミレーユに言い繕い、難なく事を終わらせようという魂胆が透けて見える。
「ミレーユが君を許すことを、私は許容できない」
しなやかに伸びた腕を組み、ゆっくりとした口調で言い含める。
「ここで交わされた会話も、毒のことも、ミレーユにはこの先も伝えるつもりはない」
それはつまり、エミリアの罪が謝罪によって消えることは一生ないということ。
声こそ静かだが、目の前の美丈夫がどれほど怒り狂っているかが如実に伝わってくる。
「さて、ではこちらからの条件は二つだ。一つは、君がミレーユに毒を盛った事実を隠し続けること。二つ目は齧歯族の者との面会は、誰であろうと竜族の立ち会いのもと行われること。私は君たちを信用していないからな。けっして難しい条件ではないはずだ。もしもこの二つを反故にするなら――――」
カインはいったん言葉を切ると、おもむろに話を変えた。
「竜族には、古来よりいくつかの制約が存在する。その一つに、理由なき他種族への干渉を禁ずるものがある」
有り余る力が他種族を絶滅させぬよう配慮された理は、初代竜王が残したもの。
カインたち竜族が、他種族に対しいっそ傲慢なほど無関心な理由は、この制約に端を発していた。
ただでさえ有り余る力を持つ竜族が、一部の種族にばかり肩入れすれば、他の種族との均衡を崩しかねない。
そのため、いたずらに他種族を阻害しないよう、遺伝子レベルで意識に組み込まれているのだ。
「大いなるお力を持つ方の、ご立派な心がけに平服いたします……!」
エミリアのミレーユへの罵詈雑言を、一度も咎めなかったグリレス王のへつらいを無視し、カインは続ける。
「だが、これはあくまで理由なき場合だ」
例外はある。それは先竜王も然り。
彼の花嫁の母国・虎族が、これでもかというほど竜族の恩恵を受けているのがいい例だ。
「竜族の理は、すべて花嫁によって左右される。実際、数代前の竜王は花嫁を害そうとした種族を潰し、歴史の中から排除した。その種族は一種類しか存在しない貴重種だったようだが、いまや口伝えにすらあがらない」
竜族の歴史の闇を垣間見せる話に、その意図を理解したグリレス国の面々は顔色を変えた。
「貴国は数多ある齧歯族の一つ。世界には、至るところに君たちと祖先を同じくする者たちが分布している。――――この国が滅んだからといって、種族的な損失は大きくない」
それは警告だった。
条件を呑めぬなら、容易に国をつぶすという宣戦布告に、グリレス王は顔面蒼白で何度も頷いた。もはや、声も出なかった。
「エミリア、君には嫁ぎ先に帰ってもらう。すべて平常に戻し、ミレーユには万事解決したと報告したい」
「で……ですが、旅立つ前に数人の女官には話してしまいましたわ。いまさらのこのこと帰るわけには……」
「スネーク国の意思など関係ない、これは命令だ。君の夫も、私の花嫁に対し散々無礼を働いたんだ、この程度で済むなら異論はないだろう」
見下ろすように告げられ、エミリアの頬から色が失せる。
カインは知ってしまったのだ。
自分の夫が、幼い時からミレーユに対して傍若無人な態度をとっていたことを。
いわば、カインにとっては夫婦ともども同罪。
スネーク国は、この先ドレイク国という大国を敵に回したも同じだ。
これでは、自分はこのさき死ぬまで続く大難を背負うことになる。
「そんな……」
「あちらには私から沙汰をだす。君は何食わぬ顔で帰ればいい。彼に、君の軽薄さを断罪する資格はないからな」
最後通牒を告げると、カインは身をひるがえし、出口へ向かおうとした。
しかし気が変わったのか、またエミリアのもとへと歩み寄った。
一瞬、カインの慈悲を期待したエミリアだったが、その表情の昏さに気づき、身を震わせる。
最後に叱責を受けるのだと覚悟したが、意外にも彼の声は憐れみを帯びていた。
「君がミレーユにもつ悪意は、君の意思で育ったものではない。育てられたものだ。その点に関してだけは、不憫に思う」
「……え?」
言葉の意図がつかめぬままのエミリアを残し、今度は立ち止まることなく、二人はその場を後にした。
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