女子の部屋に入れてもらった※異常事態が起こりました

 翠の家は驚いたことに三階建てで、翠の部屋はそのうちの二階に位置していた。


「じゃあ私、お茶を入れてくるから、適当に部屋見といていいよ」

「へ?」


 間の抜けた声を出した俺に反応することなく翠はお茶を入れに、階段の方へ向かって行ってしまった。


 女子の部屋を自由に見ていいと言われて、馬鹿正直にじろじろと眺めるやつは本当の馬鹿だ。


 俺の脳内の天使が言った。


 でも翠本人が俺に良いって言ったんだから別にいいんじゃないか。


 悪魔の囁きだ。


 天使も悪魔も両方俺なので、どちらも悪魔と言ってよさげなんだけれど。


 そこで天使が応答する。


 いや、それは翠が俺を信頼して言った言葉なのだから、信頼を裏切るのはよくないだろう。


 俺の脳内天使と脳内悪魔が言い争っているうちに、翠がお茶を入れ終わったのか、階段を上ってきていた。


「あれ、日向くん何も見てないんだね」

「あんまり人の部屋をじろじろ見ても失礼かと思って」


 あー見てもいいってことだったのか!


 俺の脳内天使は死亡し、脳内悪魔が俺の肉体の主導権を握った。まあどちらにしても俺なんだけど。


「そうだ、あと泊まる場所は三階に用意しておいたよ。念のためこの部屋にも布団はあるけど」


 いや、何のためにあるんだよ布団。


 翠の部屋なんだったら翠以外寝ないだろ。


 それ以前に、その選択肢を選んだら翠はどこで寝ることになるのだろうか、気になったので訊いてみることにした。


「じゃあ俺がこの部屋って言ったら、翠はどこで寝るの?」

「何言ってんの、この部屋だけど」

「待って、俺たちって付き合ったりしてないんだよね?」


 価値観の相違を感じて思わず質問してしまった。


「付き合う?」

「それに関してはまた今度議論させてもらうけど、付き合ってはいないってことだよね」


 つまり翠にとっては異性(ただの友達)と同じ部屋で寝るのは何ら珍しい部屋ではない、ということだろうか。


 俺は翠と同じ部屋で布団をくっつけて寝ている太陽の光景を何故か想像してしまい、ぶるっと震え上がった。


 そこで、三階の部屋と言おうとして気づく。


 翠は異性と同じ部屋で寝るのが普通なのであれば、俺が三階の部屋にすると言うと自分が避けられてると感じてしまうかもしれない。


「翠の好きな方でいいよ」


 こういえばさすがに三階の部屋って言ってくれるに違いない。


 いくら異性と同じ部屋で寝るのが普通だとしても、あえて同じ部屋で寝ようということはないだろう。


「じゃ、ここで寝よっか」


 この世界バグってる?


 これもしかして夢かなにかなんですか?


 この世界が夢であるという理論が正しいのなら、どことなく自由に動かないような気がする身体も都合よく進む物事にも説明がつく。


 俺は頬をつねった。


 痛い。


「日向くん?」

「物事があまりにもとんとん拍子に進むもので、夢かと思って」


 俺はそうやってとぼけた回答をした。


 この世界は夢の世界じゃなくても俺の頭はまだ寝ているのかもしれない。


「いや、夢じゃないよ。頭叩いてあげようか?」

「なんで!? そこはせめて頬をつねるくらいにしとかない!? 殺意とか持ってるの!? ていうか俺さっき頬つねったじゃん!」

「突っ込みすぎでは?」


 突っ込み役の俺が、ボケ役の翠に突っ込まれてしまうとは、なんという不覚。


「ごめん、ちょっと混乱してて」

「まあ夜はまだまだ長いんだし、先にアニメ見よ」


 そういえば完全に忘れていたけど、翠は俺と同じかそれ以上のアニメオタクなんだった。


 この家に来てから翠の部屋以外の部屋には入っていないが、翠の部屋にテレビはなかったので、二人でアニメを見るなら他の部屋ということになるだろう。


「じゃあ、アニメ見るならリビングに行こうか」

「何見る?」


 オタクの夜は長いようで短い。熱心な(当社比)オタクが二名集まってしまえば、夜など五分以下だ。




「やば、もう深夜じゃん」


 俺たちが一作品を見終わった。


 俺たちは十八時くらいには翠の家にやってきていたのだが、アニメを一クール分見たことで時刻は二十四時を回っていた。


「いやあ、俺はこのアニメ初めて見たけど、面白かったね。二期ってまだなの?」

「いや、もう二期あるよ。でも、二期は二クール制だから今から見るとなると……」

「じゃあまた今度、一緒に見ない?」


 オタク語りが止まらなくて忘れていたが――


「それじゃあ、寝ようか。一緒に」


 俺は翠と寝ることになっていたのだった。


 ああいや違う、翠と寝るというのは語弊がある。翠と寝るのではなく翠と同じ部屋で寝るだけだ。


 だから俺は突っ込んだ。


「一緒にではないって、ただ同じ部屋で寝るだけ」


 なんでこうなってしまったんだろうと思う心もあれば、この状況をどこかで嬉しいと思っている心もある。


 嬉しいと思ってるのはさすがにキモいだろと思いつつ、でも嬉しいものは嬉しいんだ。


「えー、一緒に寝ようよ」

「俺ら付き合ってはいないんでしょ? 貞操観念軽すぎじゃないの?」

「え、付き合ってる? 貞操観念? 何の話?」


 翠の貞操観念が明らかにおかしいということは理解できたが、この状況の意味を理解させないままに受け入れさせてしまうというのも後ろめたい。


 だから、翠に異性と一緒に寝ることの危険性について説明しようかと迷う。


 でもそれで同じ部屋で寝ることを断られたら嫌だと思ったので、後ろめたい気持ちを隠しながら受け入れることにした。


「……しょうがない」


 翠がベッドの自分の横の部分をポンポンと叩いたのを見て、俺はそこまで歩いて横になった。


 翠と密着して横になると、女子の匂いが漂ってくるのを感じた。


 これだと変態チックだが、事実わざわざ匂いをかごうとしなくても漂ってきてしまうのだからこればっかりは仕方がない。


 仕方がないのだけれど、寝れない……。

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