体育祭、それは群像劇(考案者:中学二年生)
「次、今日のラストはリレー練習しようか!」
体育祭は三日後まで近づいてきて、応援団員や陽キャたちのボルテージもクライマックスへと近づいていた。
翠に改心させられた(?)悪原はどうしているのかといえば、彼はリレー選手として必死に練習を続けていた。
翠の影響か、彼のタイムはリレー選手の補欠になるぎりぎりくらいだったのが、今では赤組一年トップクラスの速さを誇る、エースへと変貌していた。
また、赤組のうちの一部ではロックな応援団員応援会とかいう会があるという噂があったが俺は耳を抑えた。
「皆も悪原くんに続いてね、そしたらきっとリレーでは勝てるから!」
白組のリレーに関しては、月渚先輩が応援団長だということで彼女の励ましを受けて全体的なタイムが上がっているらしい。
個人に対して強い影響力を及ぼす翠と、集団に対して翠ほど強くはないがいい影響を及ぼす月渚先輩。
どちらも俺にはできないことをしている。
「悪原に続かないと翠に改心させられるから、死ぬ気で走れ!」
「私はそんなことしないよお!」
俺がなにか役に立とうと言った冗談に翠が答えて、赤組の中でどっと笑いが起きる。
前例があるから怖えとか、南野さんにお仕置きされたいとか、そんな声ばかりが聞こえてくる。
え、翠にお仕置きされたい?
俺の手には負えない過激な言葉に対して、俺は沈黙することしかできなかった。
そもそもこの組は、翠にお仕置きされたいだとロックな応援団員応援会だの悪乗りが過ぎるだろう。
それが赤組の士気に繋がっているのだから何の問題もないといえばそうなのだけれども。
「一年、盛り上がってるのは良いことだけどあんまり悪ふざけするなよ!? フリじゃないからな!?」
そんな俺たちに助け船を出したのは、我らが赤組の頼れる団長、陽太先輩の、底抜けの明るさで取り繕った優しさだった。
なんというイケメン、これだから陽太先輩はモテるという話を聞いたことがある。
陽太先輩は月渚先輩とは付き合っていないと言っているが、月渚先輩が女除けになっていて、本人は気づいてないとも聞いた。
「本番まであと一週間もない!赤組は雰囲気をよく保つことを目標にしよう!」
「団長、あと三日ですけど!?」
「三日くらいなら余裕だよね!」
たぶん団長の仕事は赤組全体を見ることなのだろう。忙しそうにした陽太先輩はこちらの空気を和ませてすぐに二年の方へ行ってしまった。
「団長のありがたい言葉ももらったところで、練習再開しよう!」
俺は再び赤組一年生に気合を入れた。
「陽太先輩のカリスマ、本当にすごいですね」
「いや、俺は単に有名なだけだよ、太陽の兄ってことで」
陽太先輩が有名で人気なのは太陽の兄だからというだけでは説明がつけられないような気がした。
たとえるならば、セイキンが成功した理由はヒカキンの兄だからではない、というようなものだ。
たとえ家族が優秀とか知人が優秀とかそれが重要な要素だとしても、どれだけ人気なのか、有能なのかは本人の性格とか能力とかにも影響される。
セイキンが誠実な性格をしていたり、作曲もできるのと同じように、陽太先輩だって太陽に負けず劣らず明るく、優しい性格だし、達観しているかつカリスマもある。
それに、そもそも陽太先輩は太陽がこの高校に入る前から有名だったし、大して変わらないんじゃないか。
しかも――
「たとえそれだけだとしても、月渚先輩は陽太先輩自身を見てくれてますよね?」
「それはずるいよ」
陽太先輩はふっと苦笑した。
「月渚が俺のことを見ているのかは、わからない」
どう考えても月渚先輩は陽太先輩のことを見ているように思える。
だが、月渚先輩と陽太先輩の間には何か計り知れない、友情とか恋情とか一言では表しきれない関係があるようだった。
「あ、陽太! それと……影山くん。いや、日向くん」
「月渚」
「月渚先輩!」
月渚先輩が突然現れた。
そこで俺は、月渚先輩が俺のことを名前で呼んでくれたという高ぶりから、陽太先輩に迷惑かもしれないという気持ちを振り切って発言した。
「先輩は、陽太先輩のこと、ちゃんと見てますよね!?」
「え?」
俺の突然の問いかけに、月渚先輩は驚いて頬を赤く染めた。
でも、その問いを突然俺が言い出して驚きながらも不安げな表情をしている陽太先輩の方を見て、覚悟を決めたのかもしれない。
「うん、私は陽太のことちゃんと見てる。陽太は私の恩人で、それで――」
このままの流れで告白でもするのかもしれないと一瞬思ったが、月渚先輩がその言葉の続きを口にすることはなかった。
なぜなら、片付けも完全に終了し、最後には翠と太陽が残っているだけのグラウンドの方から、翠と太陽が走り寄ってきたからだ。
「兄ちゃん、月渚さん!」
太陽は完全に俺のことは見えていないようで、自分の兄である陽太先輩とその良い人だけに叫んでいた。
そうだもんな、俺陰キャだから。
「翠と太陽だけ残らせて悪い」
「まあ、この借りは今度一緒にディズニーでも来てくれたらいいよ」
「また行くの!? せめて百歩譲ってユニバにしない!?」
「遠いじゃん」
「突然の正論」
少しシリアス風味が強すぎる雰囲気は、天然ギャグメイカーコンビ、翠と太陽によって緩和された。
俺も彼らといる時は突っ込みに回るので、シリアスな空気が蔓延するすき間などかけらもなくなる。
「待って俺らも連れてってくんない!?」
そういえば、陽太先輩も、翠と太陽の前では強い陽キャ感を前面に押し出しているのだった。
「まあ、いいけど! 突然だな!?」
「俺らって、もしかして私も行くってこと?」
「そうだよ!」
俺と月渚先輩は、このメンツでいる時は、翠と太陽と陽太先輩の会話に巻き込まれて疲れた顔をすることになった。
「結局、どこに行くわけ?」
「ディズニー!」
「ユニバ!」
俺と月渚先輩は頭を抱え、あまりにも平和な光景に対して、月渚先輩はゆっくりと口角を上げ目を細めて微笑みを作った。
……じゃあ、俺がユニバだかディズニーだかに行くのは強制ということで間違いないだろうか。
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