適当に書いた暇つぶしだったり

山﨑或乃

三題噺 酒・古本・雪の下の雑草

 ぷうんと香る古ぼけた匂い。埃っぽいような、けれどもどこか艶のあるこの匂いが私は好きだった。くるりと店内を見回すと、木の棚にびっしりと並べられた古本。狭い通路には東南アジアっぽいよくわからない木彫りの置物と、古ぼけたベビーカーなんかが雑に置かれていた。上を見上げればオレンジ色の裸電球がてらてらと輝いている。それが雑多に置かれた店内のガラクタと妙にマッチしていて、まるで昭和にタイムスリップしたかのよう。

 私はこの雰囲気が妙に好きだった。まるでお酒に酔ったみたいに、くらくらした火照り。たまたま入った古ぼけた小さなお店。リサイクルショップというわけじゃなくて、骨董品屋というわけじゃない。勿論古本屋ってわけじゃない。それら三つを混ぜ合わせたようなガラクタショップ。とてもじゃないけど、女の子が一人で入るようなお店じゃない。わかっていたのにふらふらと誘われるように入ってしまった。

 ゆっくりと店内を歩いていく。掛け軸なんかが入ってそうな細長い箱に、小さな籠に入った色とりどりのガラス玉。クリップでつけられたポップには『トンボ玉 一個三百円』と手書きで書かれている。

 ちょっと気になって幾つか手に取ってみる。赤青黄色のカラフルな模様はまるで目のようで、紐を通す穴が空いていた。ちょっと掲げてまじまじ見つめてみるも、なんでこれがトンボ玉なのかいまいちわからない。しばらく指でころころと弄っていたけど、飽きて元あった籠に戻した。

 もう少し進んで古本コーナーへ。折角来たんだ何か一つ買って帰ろう。さっきのトンボ玉でもいいけど、本が好きな私としては古本が良かった。面白そうなのがあればいいのだけれども。

 適当な本を手に取って開いてみる。軽く目を通してみるけど、微妙に私の好みから外れていて、悲しいけれどもそっと棚に戻す。けれどもこの時間がつまらないわけじゃない。むしろ物凄く楽しい。大手の古本チェーン店なんかじゃみないような、古ぼけたタイトルの漫画。最後のページをめくってみたら、初版は私が生まれる前で。それなりに重版されているから人気だったのだろう。けど見たことも聞いたこともない。

 手帳くらいのゲーム雑誌。こっちは私が小学校くらいに発売されたもので、私が小さい頃夢中で遊んでいたゲームについても載っていた。うんうんと思わず頷いてしまうのもあれば、思わず首を傾げてしまう記事もあった。あれ、そうだっけ? なんて小さな頃の記憶を思い返してみると、地味に記事の通りだったりしてちょっと笑ってしまった。

私の知っている時代の、私の知らない顔。こういったものに触れる機会なんて滅多にない。しかもそれがこんな俗っぽいことならもっとだろう。

本の背表紙たちを、まるでピアノの鍵盤でもなぞるように触れていく。つーっと。ピアノじゃないから勿論音なんて鳴らない。そうして気になった物を手に取って、結局棚に戻す。当たりはまだ見つからない。

そんなことを繰り返していた時だった。ぱさりと本が落ちる音。どこかぶつかったかな。そんな感じはしなかったけれども…。

すこしだけ不思議に思いながら、足許のそれを拾い上げる。そのままパッパと手で埃を払い、ページが折れ曲がっていなかどうか確認する。勝手に落ちた物だとしても売り物で、傷ついて弁償なんていったら洒落にならない。こんなことで買うものが決まってしまうなんて、たまったものじゃない。

奇跡的にページが折れ曲がってしまったなんてことはなくて。思わずほっと安堵する。それは小さな文庫本。どうやら詩集のようだ。折角だからと読んでみることにした。

読んだ瞬間ビシリと背筋に電流が走ったような感覚。思わず圧倒される。それは迸るような命の力強さを詠った一篇の詩だった。


凍える季節だ。寒さが刃となって斬りつける。

それは全てを眠りへと誘うかのような極寒の季節。名もなき雑草であるわたしに、温かさを与えてくれる場所なんてない。

鈍色の空から白い雪が降る。夜には乾いた大地は白に染まるだろう。そうなればわたしは隠されてしまう。

誰にも気づかれないだろう。ただでさえ誰にも見向きもされない路傍の存在なのだ。雪に埋もれてしまえばいなくなったも同じ。


それでも。それでもだ。

           わたしはここにいる。


 気が付けばその詩集を持ってレジに向かっていった。店主だろうおじさんはやる気なさそうで、こっくりこっくりと船を漕いでいる。

「これください」

 私が声をかけると、おじさんはぱちりと目を覚まし緩慢な動作で眼鏡をかける。そのまま胡乱な目で私を一瞥すると、レジに置かれた本へと視線を向けすぐにもう一度私の顔を見つめてきた。

「これウチにあった本?」

「そうですけど…。なんで?」

「いや。うちの商品は全部僕が値札張ってるんだけど、こんな本見たことなくってね」

 そう言うとおじさんは、不思議そうに本をひっくり返したりしてまじまじと観察し始めた。すぐに何か気が付いたのか、納得したように頷き、けれども不思議そうに小首を傾げた。

「あ、値札シール張ってないね。もう一度確認するけど、本当にウチにあったのなんだね?」

「そう、ですよ」

 思わず歯切れが悪くなる。この本と出合えたのは偶然だった。まるで私に見つけられるために落ちてきたかのよう。そこはかとなく狐につままれた気分。

「ふーん。貼り忘れたのかねぇ。まあいいや。百円でいいよ」

 財布から百円硬貨一枚取り出し、おじさんに渡す。これが高いのか安いのかわからない。そういえば見たことない感じの表紙で、どこの出版社から出したものなのだろうか。

「多分これ自費出版された本だね。今で言う所の同人誌。お待たせ毎度あり」

 紙袋に入れられた詩集を受け取り鞄に仕舞う。それにしても同人誌か。同人誌って聞くとどうしても薄い本のイメージがあるけれども、こういったものもあるのか。

「じゃあこの人が書いた本てこれだけなんですかね?」

「さあ? 少なくとも僕はこの作者知らないねぇ。あとはネットで調べるしかないんじゃない? 出てくるかわからないんだけど」

「そう、なんですね。ありがとうございます」

 お礼を言って店を後にする。アスファルトの道を歩きながら、ちらりと詩集が入った鞄に視線を向ける。

 さっきおじさんが言ってた通り、ネットで調べても出てこないだろう。私自身本はかなり読む方だし、古本を扱っているおじさんが知らなかったんだ。絶望的と言っても過言ではない。一目見て惚れ込んでしまった私には少し悲しいことだけれども。


 将来この詩集の作者、富永弥という人物を追ってある事件に巻き込まれることになるとは、想像もしていなかった。

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