第十八話 ひとときの平和


立ち上る湯けむりと、肌に伝わる心地よい熱気。木造りの壁には控えめな装飾が施されており、床は水捌けのよさそうな石が使われている。


そう、ここは浴場だ!


コンラットさんに教えてもらったこの場所はギルドからそう遠くなく、個室もあるからゆっくりとくつろげそうだった。

空間もそこまで広くは無いが、五人くらいなら悠々と過ごせそうな広さだ。



「久しぶりのお風呂だなぁ……」



昔は村の大人たちに手製の木桶きおけで入浴させてもらっていたが、王都に来てからはすっかりと清拭のみになっていた。ただ月に一回くらいは温浴をしたいものだなと、そう思っていた矢先にこの浴場の登場である。


溢れでる高揚感を抑えながら身体を清めようと木桶にお湯を汲んだ時、不意に背後の扉が勢いよく開いた。



「むむ……なんじゃここは!?」



「……ん、あったかい」



声の主は言わずもがなクルエラ達だ。



「ふふ、そうだろ?ここは浴場といって、最高にくつろげる空間なんだぜ!」



彼女らの感嘆する声に、何故か俺も嬉しくなる。浴場が建てられた当初は色々と問題があったみたいだが、規制や魔術による検査の応用とかで再び復活できたらしい。



「あの熱された水溜めはなんなのじゃ?」



「あれがお風呂っていうんだ。入れば最後、気持ちよすぎて中々抜け出せなくなるぞ?」



「ふむ、ならばさっそく入るのじゃ!」



「あっはっはっ、まぁそう急ぐなって…………。まずは身体を石鹸で洗っ…………て違ぁぁぁぁぁぁう!!!!」



ちがあぁぁう!!!!

いやいやいや、え?なにゆえ?なんで同じ部屋に来たんだ!?危うくそのまま混浴するところだったわ!



「む?」



「いや、む?じゃねぇよ!なんで一緒に入って来てんの!?リノ達は隣って言ったじゃん!クルエラも入ってきてるし!」



俺はなるべく彼女らの方を見ないように下を向きつつ、必死に入室を拒もうとする。



「別に一緒でもよかろう?」



「私は気にしない……」



「俺が気にするっての!いいから隣行けって!」



目に毒なんだから!大体この浴場のルールに異性との混浴は禁止だって書いてたのに!



「むぅ……我に指図するのじゃな?ならば決闘で話をつけるのじゃ!」



「この戦闘狂め!戦えばいいって問題じゃないんだよ!ほら早く!行った行った!」



クルエラは言うに及ばずだが、リノも見た目の幼さに比べてかなり素晴らしいからだつきをしている。このまま混浴してしまえば恐らく俺の理性は死亡するだろう。というよりもせっかく出来た浴場をこんな事で出禁になりたくないのだ。


俺の必死の抵抗が効いたのか、渋々といった感じでクルエラ達は出ていってくれた。なんだか前のパーティーよりも気苦労が増えた気がする。



「ふぅ……」



体を流し終えた俺は念願のお風呂に浸かり、ほっと一息つく。これだ、この圧倒的な心地良さが癖になるんだ。やっぱりお風呂は最高だな。



「クルエラ達は無事に入れただろうか……」



まぁ心配せずとも色々と楽しくやってるんだろうけど。

施設を壊すのだけはやめてほしいな……。



「ふふっ……」



自然と笑みがこぼれた。

せわしない日々が続いてるけど、なんか幸せだな。前のパーティーにいた時はまさかこんな事態になるなんて想像もつかなかったけど。



「ヨハンもカルミラも、今頃どうしてるだろうか……」



[龍を追う剣]がAランクに落ちたことでドラゴンの討伐依頼は受けられなくなったはずだが……。

ヨハンとカルミラはかなりドラゴンに執着してたように見えたし、ジルベルトもそう長くは囚われてないだろうからまた元のランクを目指すのかもな。


ちなみにSランクパーティーはドラゴンが出現した場合においての優先討伐権利を持っている。もちろんその存在自体が非常に危険であるため、近隣地区に被害が及びそうな場合は近くにいる冒険者たちを集めて臨時の討伐隊を作るのだが、基本はSランクパーティーが討伐する事になっているのだ。



「まぁ、俺が気にしたところでしょうがないか……」



もう脱退したことだし、過去を振り返るよりもこれからどうしていくかを決めなければならない。

最強の二人を蘇生したから当分はメンバーを増やさなくていいと思うけど、パーティーとして認められるにはあと一人足りないんだよね。でもこれ以上リノみたいな問題児を復活させてもそれはそれで大変だし、なにかトラブルがあった時は取り返しが付かなくなりそうだ。蘇生に対してはかなり慎重にいく必要がある。

うーん、しばらくはこのままのメンバーで様子見しといた方がいいか?クルエラ達がいればまず負けることもないだろうし、変に増やしてもめんどくさそうだ。



「そろそろ上がるか……」



色々と考えることは多いけど、それもまた楽しく感じている俺はやっぱり甘い奴なのかもしれない。


そんなことを思いながら、俺は浴室を後にしたのだった。



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