第十七話 魔族の行方


「うぅぅ……」



「トマソン……大丈夫か?」



馬車の中で他愛もない話をしていると、突然トマソンさんが呻き声を上げた。苦しんでいるのか、鎖をガチャガチャと鳴らしながら暴れている。



「むっ?こやつのアザが消えかかっておるぞ?」



と、リノが呟く。見てみると確かに炎のような赤い模様が薄らと消えかかっていた。

効力がきれているのか?魔術には時間の経過で消滅するものもあるというけれど、これも同じ部類なんだろうか。ともあれ、これで元通りになればいいんだけどね。



「うぅっ、がぁっ……!」



「トマソン!」



「誰か、鎮静効果のある回復薬ポーションを持ってはおらぬか!」



この異常事態にコンラットさんは慌てて立ち上がると、トマソンさんを優しく抑えつける。ブルツィオさんも後ろの馬車に助けを呼びかけるが、どうやら鎮静薬ポーションは無いらしい。



「クエラ、リノ、落ち着かせる事とか出来ないかな?」



「無理……私は魔術を知らない」



「我も戦闘以外のことは無理じゃぞ?」



うーん、リノはともかくクルエラも知らないのか。俺も精神系統の魔術については全くの無知だから力になれない。落ち着かせてあげたいけど、今は見守ることしかできないか。



「うぐぁぁぁぁ!」



「トマソン、大丈夫だ!お前はこんなモノに負ける男じゃない!」



叫ぶトマソンさんの横顔で、炎のアザが淡く光り出す。それはボロボロと剥がれ落ちていき、光の粒子となって宙へと消えていく。



「アザが……」



幻想的な光景にも見えるそれは、しばらくすると何事も無かったかのように終わりを迎える。完全にアザは消えていた。



「うっ……」



「トマソン!大丈夫か!?」



「コンラット……」



よかった。意識が戻ったみたいだな。



「ここは……?」



「今は王都に戻っている途中だ。それより何があった?」



「俺は、ネクセルの町で…………うっ!」



「トマソン!」



心配するように顔を覗くコンラットさんを、隣にいたブルツィオさんが手で制する。



「今はそっとしておいた方がいいじゃろう。とりあえず一度王都に戻ってから、事の顛末を説明してもらうことにしないかの?」



「ブルツィオさん……そうですね、今は安静にしてもらいましょうか」



座席に座りながらそう呟くコンラットさん。どうやら意見は纏まったらしい。

しかしこのアザは一体なんなんだろうな?様子を見るに恐らく精神干渉系の魔術かスキルなんだろうけど、ここまで強力なものを俺は見たことがない。まぁ精神干渉系統のものなんて数えるくらいにしか目にしたことないけども。


これほど影響力の強いスキルを持った人間は教会の厳重な管理下に置かれるはずだから、多分魔術によるものなんだろう。しかも光属性に分類されるものの中でもかなり上位に位置する魔術のはずだ。素人の俺ではあの模様のどこに魔術的な要素があるのか分からないが、裏を返せばそれほど強力なものだとも言える。そんな脅威が身近にあるのだとすれば王都の近辺であっても油断は出来ないよな。しばらくネクセルの町には近付かないようにするか。


俺たちを乗せた馬車は街道をどんどん進んでいく。王都に着くまで後もう少しだろう。今は場を和ますためか、コンラットさんやブルツィオさんが昔あった面白い出来事を語っているところだ。クルエラはそれを聞きながら小さく頷き、リノは戦いの話になると異様に食いついていた。二人とも反応が違って面白い。


いまだ苦しそうに呻いているトマソンさんだが、時が経つにつれて徐々に顔色が戻っていき、王都に着く頃には穏やかな寝息を立てていた。体調的にも問題はなさそうだな。


コンラットさんがギルドまで背負っていき、会議室の一部を借りて治癒士ヒーラーに治療をしてもらったところで彼は目を覚ました。まだ意識が朦朧としているのか、ゆっくりと深呼吸を繰り返している。



「すまない、コンラット。曖昧な意識の中でも僅かに記憶はあるんだ……本当にすまない……」



「そんな事、気にしなくていいんだ。お前が無事ならそれでいい」



「ありがとう……はぁ。俺は……一体どうしちまったんだ……」



「トマソンくん、そのことについての情報を我々に聞かせてくれないかな?」



不意に会議室の扉が開き、奥から入ってきたのはギルドマスターのジールニアさんとギルド副長のエルメニコさんだった。後ろにいるブルツィオさんが呼んだのだろう。



「簡単な報告はブルツィオさんから聞いている。向こうで何があった?」



優しく語りかけながら仰向けの彼の前に近寄るジールニアさん。その対面にいたコンラットさんは遠慮するように一歩足を引くが、「そんなに気を使わなくていいよ」というギルドマスターの言葉に、彼は再びトマソンさんの元へと寄り添った。



「俺はネクセルで迷子の子供を家まで送っていたんです。送り届けた後、コンラットと合流しようかと思って裏路地に入ったんですが、その時に不審な人物を見掛けたんです」



「不審な人物?」



「はい、俺も詳しくは知らないのですが、魔力や容姿の観点から恐らく魔族の者かと」



「魔族……か……」



顎に手を当てて深く考えるジールニアさん。改めて彼を見ると、本当に四十代なのかと疑いそうなくらい精悍としていて年齢を感じさせない。この歳でいまだに現役最強と言われてるんだから本当に化け物だよ。単体Sランクは伊達じゃないってことか。



「俺はそいつを追いかけて町の外まで着いていきました。しかし魔族も気付いていたんでしょう……。町を出てすぐに戦闘が始まり、奴からの攻撃を受けて俺は意識を失いました」



「で、今に至ると……」



「はい、冒険者でありながら不覚をとりました」



「いや、気にすることじゃない。魔族は力も強く、魔力の総量も生来しょうらいより高いとされている。むしろ生きて帰れたことがすごいのだ。よく頑張ったな、トマソンくん」



労うように優しく肩を叩くジールニアさん。それに対してトマソンさんは首を振った。



「頑張りはしましたが、結局はこの様です。我を失った俺を助けてくれたのは、ここにいるコンラットとそちらにいる冒険者の方々なんです」



トマソンさんはおぼつかない手つきで体を起こし、息を荒くしながら俺を見つめてくる。



「カインくん、遅くなったがお礼を言わせて欲しい。本当にありがとう、君たちには感謝してもしきれない」



「気にしないでください。たまたま近くにいただけですから……」



「そうはいかない。今度おいしい飯でも奢らせてくれ」



本当にお礼なんていいんだけど……。まぁ飯くらいならいいかな。



「わかりました。楽しみにしていますね」



「ああ、とびっきりうまい肉料理を食わせてやる」



彼はそう言うと再び体を倒して仰向けになった。隣にいたコンラットさんが冷やした布を彼の頭の上に置く。

その傍らにいたジールニアさんが険しい表情でエルメニコさんへと振り向いた。



「エルメニコ、事態は俺たちの想像よりも進んでいるらしい。至急ギルド本部に掛け合ってくれ」



「わかりました」



ギルドマスターの命令を受けたエルメニコさんは早足で会議室を後にしていく。かなり焦っていたようにも見えるが大丈夫なんだろうか?



「大体の事情はわかった。他に何か報告することはあるか?」



「あ、王都はずれの集落跡地でゴブリンキングを発見しました。討伐は既に終わっています」



「そうか……仕事が早くて助かるな」



「それと今回の件について…………異常状態のトマソンさんの顔には炎のような赤色の模様が浮き出ていました。そのアザみたいなものが消えると、トマソンさんも正常に戻りました。恐らく今回の原因はこのアザにあるかと思います」



「ふむ、詳細な情報をありがとう。それも含めてこちらで今後の方針を決めておくから、今日はもう休みなさい。魔族の情報が確定するまでは依頼に受注制限を出すつもりだから、君たちも無理をしないようにね」



「わかりました」



頷く俺にジールニアさんが手を上げながら会議室を後にしていく。



「カインくん」



トマソンさんの横にいたコンラットさんがこちらに歩み寄ってきた。



「何度も言うが、今日は本当にありがとう。これはほんの気持ちだ、受け取ってくれ」



差し出された小袋を受け取ると、僅かにずっしりとした重さがあった。金属同士が擦れ合う音。この感触はお金だろうか。



「遠慮しておきます。俺たちはお金目的で助けたわけではありません」



「それでも受け取ってほしい。トマソンも飯に連れていくと言っていたが、この様子じゃ当分は無理そうだからね」



「ああ、俺も本調子になるまではしばらくかかると思う……」



「でも──」



「──いいんだ。むしろそんなもので足りないくらいだよ」



返そうとする俺の手を、更に押し返してくるコンラットさん。これは受け取らないと逆に失礼になるだろうか……。



「わかりました。ありがたく貰いますね」



「ああ、また機会があれば飯にでも行こう」



「ええ、そうしましょう」



軽く頭を下げてクルエラ達と会議室を出ようとする。相変わらずリノは歩きながら眠っていた。扉を開けようとしたところで、コンラットさんに呼び止められる。



「あっ、カインくん。そういえば〔エルサの旅亭〕の系列に公衆浴場が出来たらしいよ。しかも個室まであるそうだ」



「なっ……!?」



浴場……だと……?様々な問題で閉鎖されたと言われている、あの浴場が王都に復活したというのか?



「今回の浴場は問題なく使用できるらしい。気になるなら行ってみなよ」



「ありがとうございます!」



それは嬉しい情報だ!しばらくお湯に浸かってないから楽しみだな!

高鳴る心を抑えながら軽くなった足取りで俺たちは会議室を後にしたのであった。



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