第十六話 炎の模様



「む?こやつの顔に変な模様がついておるぞ?」



いつの間にかトマソンさんの横にいたリノがそんなことを言う。気になった俺は彼の顔を確認してみた。


くっきりと赤い炎のような模様がこめかみから顎にかけて浮き上がっている。これが今回の事態を引き起こした元凶なのか?見たところ魔術的な意味合いも無さそうだし、このアザのような何かはスキルによって出来たんだろうか?

そんな事を考えていると、不意にコンラットさんが立ち上がる。



「トマソンは、この商団の護衛任務に同行してくれた冒険者の友人なんだ。隣町のネクセルで行方をくらまして、依頼主が半日探させてくれたけど結局見つからなくて……まさかこんなところで出会うとは……」



彼は悲しみにくれるように目を伏せた。とても大切な友人なんだろう。早いところ今回の原因を探りたいものだが……。



「お、終わったのか……?」



避難していた商人たちが帰ってくる。老人から若い男女まで、年齢層はバラバラだが皆一様に恐怖で体を強ばらせていた。

それを見たコンラットさんは俺たちと商人に向けて勢いよく頭を下げる。



「今回はうちの連れが大変なことをしてしまいました!どう償えばいいのか……!」



「……気にするでない」



どこからか温かみを含んだしゃがれた声が聞こえた。商人たちの後ろにいた老人が前に出てきて、優しげな笑みを浮かべる。



「ブルツィオさん……」



「コンラットくん、君は護衛の依頼に関係のない、わしの世話をよくしてくれたじゃないか。その優しさはわしが一番よく知っておる。そこにおるトマソンくんの人柄の良さもな。じゃから今回の件は気にするでない。幸い馬車も空荷からにでそこまで被害はないみたいじゃからのぉ……」



「あっ、ありがとうございます!」



「今後の護衛も是非頼みたいのじゃが……」



「任せてください!」



涙ぐむ目を擦りながら精一杯の笑顔で答えるコンラットさん。中々感動的な場面だが、それよりもこんな状態になったトマソンさんをこれからどうするかだよな。



「君たちもありがとう、えーっと……」



「カインです」



「カインくん、それとそちらのフードを被っているお方、本当にありがとう。君たちがいなかったらどうなっていたことか……」



彼は悲哀に満ちた眼差しでトマソンさんを一瞥した。その言葉に「気にしないでください」と返し、差し出してきた銀貨五枚を丁重に断る。



「とりあえずこのまま王都まで連れていきたいから、赤い鎖もしばらく預かってていいかな?」



コンラットさんの問いに俺は少し考える。

血根犠牲ブリジッド】で顕現した物体って一体どういう扱いなんだろうか?どれだけこの世界に存在を維持できるのかな?うーん、考えても分からない。

助けを求めるようにちらりとクルエラの方を見ると、彼女は何かを察したように小さく頷いた。



「それは明日まで有効……後は勝手に消える」



「そうなのか、不思議な魔道具なんだな。ともかく、改めてお礼を言うよ。本当にありがとう。この恩は必ず返すから……」



んー、別にお礼なんてしなくて良いんだけどなぁ……。まぁここまで言ってくれるんだから断るのも悪いか。



「わかりました」



頷きながら地面に拘束されたトマソンさんを見る。

なぜかリノが暇そうに彼の頬をツンツンしていた。とりあえず無視しておく。

暴れ回って疲れたのか、トマソンさんは目を閉じて静かに寝息を立てていた。相変わらず顔についたアザのようなものは残っているが、いまのところ容体に変化は無さそうだ。



「コンラットくん、馬車が動かせるようになったよ。トマソンくんを運ぼうか」



「はい、ありがとうございます」



彼の言葉を合図に、一部破損した馬車を応急処置で動けるようにした商人たちはすぐさま出発の準備を始める。

そんな光景を見ていた俺に──



「そこの旅のお方。王都に向かわれるのであれば、一緒に行きませんかな?」



──ブルツィオさんがそう言ってきた。



「いいんでしょうか?」



「ええ、丁度馬車も空いていますし……トマソンくんが正常ではない今、あなた方がいるとなお心強い」



「では、お言葉に甘えて」



丁度歩くのが面倒くさく感じてたところだったし、ここは素直に甘えさせてもらおうかな。

この商団の馬車は随分と豪華な造りをしている。粗悪なものはかなり振動があってまともに乗れたもんじゃないが、これは結構乗り心地が良さそうだ。

クルエラが鎖を地面から切り離し、俺とコンラットさんでトマソンさんを馬車へと運ぶ。他の商人たちも準備が出来たのか、ようやく馬車が動き出した。



「改めて自己紹介をしよう。俺はコンラット・ウェリング、王都を拠点にしているEランク冒険者だ。そして今鎖で縛られているトマソンがDランク冒険者。いつも二人で護衛の依頼をこなしている」



対面に座ったコンラットさんがおもむろにそう言う。



「二人にはよく世話になっておるのぉ」



ホッホッホ、と愉快に笑うブルツィオさんは隣にもたれ掛かるトマソンさんの肩をポンポンと優しく叩いた。



「俺はカイン。神の月3月の初めにフェノーメル村から王都へやってきたBランク冒険者です」



「Bランク……だからあれ程強いのか……」



感嘆したようにそう呟くコンラットさん。まぁ俺がBランクなのは半分以上[龍を追う剣]のおかげなんだけどね。あのパーティはSランクということもあってか、何の成果が無くとも俺自身のランクが受動的に上がっていってたからな。



「そして隣にいるのがクエラ・ルノーティクス。端っこにいるのが龍人族のリノです」



「うむ!我はリノラ──」



「──リノです」



ちらりと横目でリノを見ると、彼女はキョトンとした様子で俺を見つめ返してきた。恐らくクルエラ以上に〈叛天の黒覇龍グラッジ・ヘーロン〉の伝説は有名だからな。ここでは本名を言わない方がいいだろう。変に興味を持たれても困るしね。


不思議そうな目で俺を見つめてくるリノに「とりあえず話を合わせてくれ」という意思表示をする。彼女は納得のいかない様子で小さく頷いてくれた。後でその理由を説明して納得してもらわないとな。



「ほぅ、龍人族とはまた珍しい種族じゃな。わしもかなり歳をとったが実際に見たのは初めてじゃ」



「基本的にドラグネル王国から出ないみたいですもんね」



あまり詳細な情報は知らないが、龍人族は閉鎖的な種族だと認識している。人族と交流しだしたのも歴史的に見れば最近の出来事らしいし、どういった生活をしているのかもわからない。教会で得られる情報は曖昧なものばかりだから結構気にはなってるんだけどね。ただ明確に分かっていることといえば人族より力が強くて翼が生えていて、長命で一部の龍族を管理していることくらいだな。まぁ国の偉い人達なんかはより詳細な情報を知ってそうだけど。


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