【警告】以下に記した映像は速やかに回収班へ提出し、一切の配信及び外部への流出を絶対に禁じる。『カメラ初潜入!最新鋭宇宙フリゲート もがみの訓練に密着取材!』収録日:西暦24××年××月××日

あんきも

取材記録

 最新鋭艦の取材許可……?まさか本当に降りるとは思わなかった。

 なんでも先方の広報から、是非とも市民に活動をアピールしたいとの事だったので、特別に話を上層部に通したらしい。

 向こうの事情はともかく、こちらとしてはネタに事欠かさない限りだ。

 

 「……予習はちゃんとして来たので大丈夫だと思います、艦長の人も優しそうだったし。」

 撮影待機中の談笑で、新米リポーターの彼女はそう語った。

 

 今私達が立っているのは搭乗ゲートの前、ギリギリ大気圏内で空と宇宙の境界が曖昧な高さにある。ガラス窓越しにこれから乗艦するもがみの姿が確認出来る。艦の印象は……全体的に平面で菱形と三角形で構成された、所謂ステルス形状とでも形容される物か。目立つ様な兵装もほとんど無く軍艦と呼ぶには地味な外見だ。

 

 「外の撮影終わりました〜」

 小走りで向かってくる彼は、本来撮影を任せる筈だった全周カメラ搭載アンドロイドの使用許可が降りなかった為に用意した代理カメラマンなのだが。

 もっとも専門のカメラマンというのはとっくに廃れた職業であり、この業界では彼のようにADが兼用する場合が多い。

 

 そうしている内に搭乗ゲートが開き、男がこちらに歩いてくる。さぁ未知との初遭遇!……なんて下らない考えが脳裏に過ぎったが。

 

 最初に見た印象は「普通」

今私の目の前に居るその男、今回取材するもがみの艦内を案内してくれる人である。艦長代理という肩書が付いてるが……まぁ便宜上艦長という事で良いだろう。

 「よろしくお願いします。」

 「こちらこそ。よろしくお願いいたします。諸事情で出港時間が迫ってるので手短にお願いいたします。」

 彼は走ってきたのだろうか少し息が上がった様子に見えた、兎も角急いでレポーターを隣に立たせ撮影を始める。

 

 撮影の同行を許されたのはディレクターの私、リポーターの彼女、カメラマンの3人。取材が宇宙巡洋艦や戦艦ともなると、全長数百から数千メートルのサイズであり、とても一日で取材しきれる規模でないが、この艦は精々二百数十メートル、数時間の体験航海で大体撮影しきれる大きさだ。

 

 「まずこのもがみが造られた目的を教えてください。」

 「はい。FFSもがみは汎用性と低コストを重点に開発され、平時は監視や捜索、救助活動。有事では艦隊の先遣としてグレーゾーン対処や船団護衛等を主な任務としています。」

 

 「では次にもがみの特徴を。」

 「えー、この艦の全長は約260m。低コストを目指し各部の自動化を進めた結果、200人程度での運航が可能となっており、これは従来の3分の1から5分の1の削減となっています。しかし艦隊追従能力が求められた為、独自での通常遠銀河航行及び航法衛星システムを用いた高速航行が可能となっております。」

 

 「分かりました。では艦内の案内をお願いします。」

 「はい、私に付いて来て下さい。」

 私達は言われるがまま中に入る。とりあえず滑り出しはまぁまぁという感じか。カメラは回り続けているが私は取材そっちのけで艦内を見渡す、なんせ陸上住まいの私には宇宙船というだけでも物珍しい体験で心の中で浮き足立っていた。

 

 廊下は広いと呼べる物では無いが、悠に大人同士がすれ違える幅はある。面白いのが廊下の床に沿ってモニターが埋め込まれてあり、これが経路表示や壁の案内パネルを照らす役割を果たしている。

 

 「さっき遠銀河航行と仰りましたが、具体的にどの辺まで航海したんですか?」

 おっと、つい自分の好奇心を抑えられずディレクター自ら質問してしまった。そもそも何万光年とも言われる距離を、人間の生活スケールで移動出来るテクノロジーはまるで私の理解の範疇を超えている物だ。

 

 艦長代理の男は少し笑みを浮かべて答えてくれた。

 「あまり詳しい事は言えませんが、以前の国際宇宙探査計画で、地球から見てしし座の方角に存在する大クエーサー群。その端から端にある銀河に行ったと言う事だけ。」

 

 地球か……最後に行ったのは修学旅行以来だろうか。

 クエーサーとはあまり聴き馴染みの無い単語だが、物凄く遠い場所まで行けると言う事は理解した。

 「あのぅ、質問は私がやるので次はカンペでお願いします。」

 まったく、新人に指摘されるとは面目無い話である。

 

 「ここが艦橋です。」

 最初に案内された場所は、艦橋と言っても窓などは一切無くモニターで景色を投影している部屋という感じだ。

 乗組員が出港に向けた準備を進めているが、私達は構わずインタビューを続けた。

 

 「ここはどういった事をするエリアなんですか?」

 「こちらは艦を操舵する場所です、前方のコックピットのような席に機能を集約して少人数で艦を動かせるようになっています。後方にあるのが航法を担当するエリアです……あっ、後ろにある航法……ナビゲーションですね。ええ。」

 「……えっ、あっはい、分かりました。」

 

 このぎこちないやり取りは明らかに周りの人間に聞き取られており、作業に悪影響を生じないか心配だ。というか明らかに笑い声を抑える様子が見て取れる。

 撮り直そうかと考えたが、間もなく出港なので先にその様子を撮影する事にした。

 

 「APU停止、主機は低出力運転を維持。一、二、三号機、融合炉圧力、500PPaに到達。」

 機関部員からの報告と共に鈍く低い音が艦内に響く、まるでこの艦が鳴き叫んでるようだ。

 

 私はカンペに指示を書く。

 「この音は何なんですか?」

 「はい、機関出力に連れて機関内部の圧力も上がるのですが、そのエネルギーが艦の外殻を変形しようとする力が発生して、発せられる音ですね。」

 「それは大丈夫なんですか?」

 「勿論。この艦はそのエネルギーを制御する事によって、艦内に重力を発生させたり、攻撃や防御に重要な役割を果たしているのです。」

 

 艦長が各部署と最後の確認をし終えると号令を発した。

 「出港用意!」

 声と共にラッパの音色が艦内に響き渡る。この時代と言えども、地球時代の古風な伝統を続けているのは故郷を忘れない為という事か。

 ものの数分で重力圏を離脱する。出港直後に仰角を60度以上取ったのにシートベルトもせず立っていられたのは、さっき説明された重力操作によるものだろう。

 

 「凄い……速いですね!」

 リポーターが漏らした言葉はリポートというよりただの感想だが、これは私にも適当な言葉は浮かばないであろう。

 まるで民間船の宇宙遊泳とは違う勝手に、鳥肌が立つのを感じる。この高揚感は映画タイタニックで見た出港シーンの感動に似ている。私はこの映像にどのようなナレーションを加えるか思慮を巡らせていた。

 

 「……クリアランスポイント通過を確認。ホイッスルシグナル発信後にブルズアイポイントに変針。艦橋CIC、電波輻射管制EMCONステートAに変更。」

 

 艦長が命令し、受けたオペレーターが応答する。常に誰かが何かしらの報告をしてて、広い空中には無数のパーティクルで構成された銀河のような3Dホログラムが徘徊し、天井からは警告音が無機質なリズムを刻み、複数の機械音声が艦の状況を説明している。

 とても私には聴き分けられないし、正直ここまでハイテクな軍艦でも言葉での報連相が必要なのか疑問に思ったが、流石にそんな野暮な質問はリポーターを使ってでも出来ないと思う程度には、言葉の重要性を理解しているつもりでいる。

 「こちらでの作業は一段落したので、良ければ移動しましょう。」

 

 艦橋を出た後の廊下で今度は艦長側から話し掛けてきた。

 「ところで今居た艦橋の乗組員の中に、アンドロイドが居たのは気が付きましたか?」

 「えっ、全然分かりませんでした!」

 リポーターは分かりやすくリアクションを取る。

 

 「実はあの中で約半数のオペレーションをアンドロイドが担って居るんですよ。これも人員削減による低コスト化目的の為です。」

 そう説明されても私は疑問に思い、カンペにその旨を書き込んで彼女に伝えた。

 

 「それだけ高性能なアンドロイドならお値段も高いんじゃないですか?」

 「このアンドロイドは民生品の物を流用して作られています。その為量産効果で低コスト化が実現してるんですね。更に使われている技術は、メンタルカウンセリング対応型対話能力、及びヒューマンパートナー規格でほぼ最高品質の物を導入してるので、人間相手の対応と差し支えなくコミニュケーションが可能となっています。」

 

 「……失礼ですが、因みにですけど、貴方はアンドロイドでは無いんですよね?」

 私は背筋がひんやりする感触を覚え、思わずカメラマンと顔を見合わせた。

 「ええ、私は人間ですとも。今すぐ証明するのは難しいですけどね。」

 

 証明が難しいというのは、それほどここのアンドロイドが人間に近い存在という訳なのか。

 正直民生品でそんな代物は見た事が無い。それとも知らず知らずの内に我々の社会に溶け込んでいるのだろうか……正直この船に乗り込んでから様々な考えが脳内に浮かび上がった。

 

 それにしてもだが、この船の内部。外見からイメージしてたものよりずっと広い。今歩いている廊下にしても車が一台走れるだろうという程の広さがある。

 

 「ここは居住区です。長期航海を予定したリラクゼーション施設や運動の行えるジムがあります。」

 辺りを見回すと、何やら見慣れた施設が目に止まる。

 

 「ここはコンビニですね?」

 「はい。シフト外で使う日用品や、食堂が開いてない時での軽食等を取り揃えて24時間営業を行っていますね。名物海軍カレーのレトルトもここでお買い求め頂けます。」

 商品宣伝も艦長の仕事の内という事なのだろうか。一通り撮影を終え、次の場所へ向かおうとした所で艦長は少し真剣な面持ちで説明を始めた。

 

 「……これからCIC、つまり戦闘指揮所という所に向かいますが、その経路で隔壁間を通る事になります。」

 「隔壁の間は無重力になっており、また一切照明もありません。ガイドとしてこちらの扉と向こうの扉を繋げるポールがありますので、これから配るハーネスベルトを体に装着し、金具をポールに通して渡って頂きます。私が先頭になるので後ろから付いて来て下さい。」

 

 私達は言われるがままハーネスを装着した。

  

 「こちらが隔壁を移動する為の扉のようです。これから潜っていきます。」

 これが扉…?眼の前に聳えるは、大人3人分の直径は有ろうかという巨大な金庫扉のようなゲートであり、警告マークのラベルと共にセキュリティレベル4の文字が貼ってある。

 

 「ガコン……ガコン……ガコン……ガチャ!」

 艦長が前に立つとゆっくりと扉が開く、中は本当に真っ暗であり体に本能的な拒絶反応を覚えた。何より今照明がある場所から見て、照らされて見えるような壁は一切無い。

 そして同じ大きさであろう向こうの扉は、米粒程の大きさが弱々しい光を放って見える程度である。

 その広さ、丸々もがみ一隻が入るであろう空間ではないだろうか。

 

 「非常に暗い空間が広がっています、一歩足を踏み入れると重力の感覚が無くなる珍しい体験です。」

 この状況にあって、彼女は通常のリポートを続けようとしている。

 「では行きましょう。」

 艦長は金具をポールに通し、片手で体を支えながら進んで行く。

 我々も付いていくが、中々体勢を安定させるのが難しい。1mも離れたら暗闇に置いていかれるので、必死に食らいつく。

 

 大体半分程度進んだ辺りだろうか、無重力の移動に慣れて来た頃、カメラマンが妙な事を言い始める。

 「ディレクターさん、何か音が聞こえませんか?」

 「……いや?何も聞こえないが。」

 「水……水滴が落ちる音ですよ、ほら、ポチャンって。」

 「ん?カメラのマイクは拾っているのかそれ。」

 「いや……それがボリュームメーターには反応無くて……」


 きっと耳鳴りか何かだと思っていたら、今度はリポーターも何かに反応した。

 「私もさっきから音色が聞こえます、これは……ピアノの音?前に進むとどんどん音が大きくなる。」

 これは何やら集団幻聴というやつか。確認しようにも止まる訳にはいかない。

 

 「よくない傾向ですねぇ、早く抜けてしまった方がいい。」

 艦長は止まるどころか進む事を促した。

 「音楽が聞こえます、クラシック曲のようです。」

 向こう側は艦内BGMでも流してるのだろうか……私だけ聞こえない程耳が遠くなったのか。それならまだ良い。

 

 なるべく周りを気にせず進む事のみに集中した。

もうすぐ到着の筈だが光の点は大きくなってこない。それどころか点が増えているように見える。

 

3つ……いや4つもある、よく目を凝らして確認すると、点が段々広がって……違う、

動いている!錯覚なんかじゃない!今こちらに近付いて来て、光に照らされた巨大な目を持つ不気味な何かが今私の目を覗き込んできて……!

 

─────────────────────────── 

 

 「!?」

 「皆さん、無事通過出来たようです。少しここで休憩しましょう。」

 

 気が付くと私達はゲームの前で座り込んでいた、ここに至るまでの記憶が混濁している。自分の手を見ると微かに震えていた。

 

 「ほう、TJ無しの生身で一般人がε-θ間平行移動を達成しましたか。艦長代理殿。こりゃ感心。」

 艦長に馴れ馴れしく話し掛けてきたこの白衣姿の男。明らかに軍人ではない様子だ。

 

 「貴方は一体……」

 「えっと皆さんは……おっと取材中でしたか、こりゃ失敬。」

 男は私に名刺を差し出してくる。

 「わたくしJAEシステムズ開発部主任の平井と申します、お見知り置きを。」

 「え、ああ、どうも。」

 唐突なビジネスシーンに私はそこそこの返事しか返せなかった。ただ今は何も考えられないだけで無愛想な訳ではないが。

 

 「では艦長殿、ご報告です。先のビーコン発信後に消息を絶ったリシュリューですが、付近の重力波測定の結果次元断層の存在と、そこからの外部干渉の痕跡を確認。」

 「そこで我々は、同次元の位相不変量データを保持するκを元に4次元予測モデルを作成。シミュレートした結果、ロスト後約15分、確率92%でリシュリューをレイヤー33付近まで行動を追跡。しかしその後コンソールのウォーターフォールに急激なタイムラインディビジョンが発生し追跡を終了しました。」

 

 「評議会の回答は潜ると?」

 「ええ、その未来は確定しています。」

 「……分かった、それでブルズアイは?」

 「リシュリューが最後に発信したビーコンから暗号を検知しました。現在解析中です。」

 

 二人が業務上の会話をしてる間、私はなんとか調子を取り戻そうとして深呼吸をする。他の二人はというと既に撮影のスタンバイを済ましていた、何故私だけこうなんだと言ってもしょうがない。

 

 「すみません、この艦は今何の訓練を行っているのでしょう?」

 「訓練?じゃあさっきの君達の体験も訓練と呼べば良いのか?中々面白い質問をするじゃないか。」

 リポーターに高圧的な態度を取る平井に対して、艦長は何か耳打ちで事情を説明しだした。

 

 

 「なんだ宇宙の眼計画を知らないのか!暫くここに籠もりっきりで、どこまで情報開示されてるか知らなかったが、まさか全く無いとはな……てっきりその為の取材かと思ったんだが。妙だとは思ったんだレベル4の中まで入ってこれるなんて。まあいい、CICに行くんだろ?同行しよう、答えられる範囲なら何でも質問するといい。」

 

 「では平井さん、後はよろしく。」

 艦長はそう言ってどこかへ行ってしまった。まるで親に置いていかれた子供の気分だ。

 

 「ではまず、何故民間人の貴方がこのもがみに?」

 「えーっと、一般的に軍の要求で建造した艦はメーカーの責任での最終テスト、所謂公試を行った後に引き渡す訳だが……」

 「この艦は色々『特殊』な事情があってね、実験艦的な側面もあって軍に引き渡し後も、メーカーとの共同所有となっているのさ。」

 

 「でもこの艦は『安価な汎用フリゲート』と……」

 「あー、うーんまあその辺の事情も色々ね……予算やら何やらが絡む話は、悪いが興味も無いし話す気にもならない。」

 

 「なあ平井さん。俺達がさっき体験したのは何なんだ、今の『宇宙の眼』計画だとか。」

 「そうだな、こう考えてみてくれ。さっきのは未来の自分から来た警告だと。」

 「……警告?」

 

 「さっき4次元予測モデルの話をしただろう?例えばこの艦の能力を以てすれば、完璧な3次元空間シミュレーションが出来ると言ったらどう思う?」

 「それはつまり……仮想現実って事か?」 

 

 「ふむ。現在稼働している数多の仮想現実サービスは、プレイヤーがその世界に没入し過ぎないように、意図的なデフォルメが施してあるのは知ってるかな。」

 

 「しかしニュースで報道されてる通り、現実と仮想を混同して問題を起こしてしまうプレイヤーは後を絶たない。何故か?それはだね、人間がその世界を錯覚するのに、再現のディテールなんて求められていないって事なんだよ!人々はな!リアルな世界の再現なんてのは求めちゃいなかったんだ!!」

 

 平井は握り拳を作り熱弁を振るう。昔何かあったのだろうか。

 

 「……それがどうしたと言うんだ。」

 「君は今自身のアイデンティティを欠き始めている……そうは思わないか?」

 

 「さっきの体験にしても、このもがみに乗艦してからの経験は、今までの自身の常識を覆すものだった筈だ。」

 「だが、本当にここでの体験だけが常識を覆す内容だったのか?いや違う。」

 「君の人生の中で常識という物は、常に覆されている筈だ。どうやって宇宙の端と端でリアルタイム通信が可能になったのか?どうやって人間は仮想空間に意識を投影出来るようになったのか?何故人類はこの短期間にここまで宇宙進出を果たす事が出来たのか?」

 

 「企業というのは新しい製品を紹介する時、利用方法を説明するが、その機能を実現させた設計技術まで説明しない筈だ。」

 「例えばだが新製品の発表で、気取った経営者がラフな格好をしてステージに上がる。観客は満員。ゆっくりと無駄に溜めながらスピーチを始める、しーんとなり期待値の高まる会場。そして新製品の登場と共に沸き起こる大歓声!これで君達は何も知らないまま、納得して新しい技術を受け入れる!これが常識の更新というやつだ。」

 

 「そんな事は無い!安全に関わる事は納得出来るまで使わない、それが消費者心理だ。」

 

 「ほう、だが残念なことに既に4次元技術にナノマシン、それらに関連する次世代超大容量量子通信プロトコルはとっくに商業利用されてしまってるのだよ。それがさっきの答えさ。」

 「……なんだって!?それは。」

 「そう、それらは大半の国、地域で使用が制限されている技術。なんとも時代錯誤甚だしいではないか。」

 

 「そんな事がバレたら一大スキャンダルだ。企業も無事には済まない。」

 「理解出来ない技術をどうやって規制するんだ?似非科学商法をやってるメーカーを誰が咎める?君だってこの話をどこまで信じる?私の話た事は全て出任せかもしれない。今居る空間も仮想現実かもしれない。」

 

 私は黙って下唇を噛む。

 

 「なあ、君は人類が4次元に進出して新たな繁栄と自由を得られると思うか?」

 「さあ分からんね。少なくともアンタの発言を信じるならその恩恵を享受してる筈だろう。」

 

 「残念ながら答えはNOだ。4次元を知った結果、人類はあまりに不足していて不自由過ぎる。例えれば幸福度ランキング上位の発展途上国が、ネットを導入したことで順位が急落したようなものだ。」

 

 「こう考えて欲しい。スケールを解りやすく換算すると、4次元が人体で、私達はその中で蠢く腸内細菌だと。大腸という宇宙の中でただ小腸から送られてくる消化物を、無心でひたすらに便に変える存在だと……」

 「たかが腸内細菌が人体を理解したところで何ができる!しかも嫌気性細菌なので、酸素のある場所で存続出来ない定め……なんて虚しい話なんだ。」

 

 「私の人生を掛けた研究は、自分が細菌であることを改めて理解する為のものだったのか。私は細菌だ……しかも人体の生存に寄与しない悪玉菌だ……正義のビフィズス菌に駆逐され犯される運命なのだと。自分を呪ったさ。自殺しようとも考えた。寝る前に同じ事が何度もループして寝不足になった。まるで思春期特有の悩みを抱える中学生のように……やだなんて恥ずかしい///」

 

 「否!私は大腸菌になる!私は体外に排出されても他者に影響を与える存在になると誓ったのだ!」

 

 平井の顔は、私の顔面数cmの距離まで近付いていた。

 

 「あのぅ……ディレクターさんと近いんですけど。」

 「おっと、こりゃ失礼。」

 

 平井はリポーターの声に反応して顔を振り向かせると、その体勢で目を合わせたまま後退りをする。

 

 「えっと、つまり何が言いたいかというと、自分を見失った時にアイデンティティを喪失しない何かが必要であると。特に現実と非現実、過去、そして未来が曖昧になる空間では最も重要な解決すべき問題とされた。そこで編み出された方法がこれだ。」

 

 平井はポケットから何かを取り出す。

 「宝石……ですか?これ。」

 その宝石とされる物の輝きたるや、ずっと見つめていると逆に自身を喪失するような感覚に襲われる。この輝き方、どうも周辺の入射光を反射してるのではなく、自らが発光しているように感じる。

 

 「トーテムジュエル、友人はこれを賢者の石と呼んでいる。唯一にして絶対的指標。そして人類が上位階層へ至る為の鍵。」

 

 「……因みにお値段は?」

 この状況でその質問をする彼女の魂胆が、私には理解出来なかった。これはリポーターの悲しき性というやつか?

 

 「悪いがこれはまだ市場に流通していなくてね、値段を付ける事は出来ないんだ。まぁ何れ近い未来君達も所持出来るようになるさ。」

 「……おっと、連絡が入った。暗号解読が終ったようだ。君達も来るかね?CICに。」

 私達に選択の余地は無かった。

 

───────────────────────────

 

 移動中周りを見渡す。ここは軍艦というより研究所のような内装をしている。乗組員も制服姿と白衣姿が半々という感じだ。

 「さーてここが最後の目的地、なあにただの少し広い部屋さ。」

 

 人一人が通る程の扉には、赤い警告ラベルとレベル6の文字がある。平井はその扉をゆっくりと開く。

 ……確かに中は広い、さっき入った艦橋の2倍から3倍はある。天井は半球状のドーム型で、全周モニターになっている。目立つ物は取り留めてそれくらいで……

 

 「ディレクター、何ですかねあれ。」

 基本的に静かなカメラマンが話し掛けてきた。彼が示す方向は部屋の中心部分。天井から何本かのホースがぶら下がってあり、その下は段差で床が盛り上がっていて低い台座のような形状をしている。

 私はリポーターに質問するよう命令したが。平井はというと他の職員から説明を受けている最中だ。

 その中にはさっき離脱した艦長も居た。

 

 「おーい!こっちこっち!」

 平井が手を拱いて私達を呼んでいる。

 

 「κに参照したところ、やはりECDIS向けのチャート更新データでした。それも高精度なレイヤー150までの。」

 「で、そのデータが保存されてた場所は?」

 「リシュリューが発した量子暗号は、データが保存されているとあるサーバーのファイルの位置を示しており、また暗号自体が解除キーも兼ねていました。」

 

 「そのサーバーとは?」

 平井は職員にしつこく迫る。

 

 「理由は不明ですが、とあるFurry系ファンサイトとログイン情報が記されていました。アカウントはリシュリュー乗組員の物と判明しています。その画像共有フォルダの中に……」

 

 CICに暫し微妙な空気が流れる。一人だけニンマリとした顔で嬉しそうな男が声を上げた。……平井だ。

 

 「おめでとうリシュリュー!そしてありがとうジョセフ君。君の尊い精神的犠牲のお陰で、新たな旅路の道筋が立った。そして今……!」

 

 「!?……いっ、今私が乗っている船が大きく揺れています!」

 平井の長ったらしそうな口上は、突然の衝撃とリポーターの声によって中断された。

 

 「新たな次元断層が発生、シグナル確認、目標SIF照合。当該艦、USSスプルーアンスと認定。」

 

 「やはり他にも来てたか、出し抜かれたようだ。」

  艦長は帽子を取り頭を撫でる。

 

 「チャートを手に入れたとは言え、そこに至るまでの宙域航法はこちらに分がある。今追い掛ければ逆に出し抜けるチャンスとも言える。そう思わんかね航海長?」

「……自分は艦長の指示に従うまでです。」

 平井の振りはあまり良い反応を得られなかったようだ。

 

 艦長の判断は早かった。

 「警報発令!要特別局所的量子縮退機動の状況と認。急ぎ第一種昇華待機状況を開始。以下USSスプルーアンスをシエラ1と呼称、絶対にブルズアイに到達させるな。 」

 

 「エマージェンスシーケンス開始。第11826管区管内標準時1635まで10秒……5、4、3、2、1……マーク!」 

 

 時報と共に事態が目まぐるしく動く。平井は部下を引き連れ急いでCICを飛び出し、入れ替わりでオペレーターが増員される。

 

 「艦長、医療班の意見として、トーテムジュエルを所持しない彼等を巻き込むのは非常に危険です。」

 「理解はしている。だが原状としてインクルージョンの遺伝子置換は確実に間に合わない上、スプルーアンスの縮退機動による量子的影響は平行移動による退避を不安定な物にしてしまった。恐らくここ、CICの同空間で『艦長』の側に居るのが一番安全だろう。」

 

 何の話をしている?何故我々が危険なんだ。

 「危険って……なんですか?」

 「どういう事だよ一体、説明してくれるんだろうな!」

 リポーターとカメラマンも声を上げたが、艦長は既に作戦準備に忙しく、相手をしてくれたのは医療班の女性だけだ。

 

 「説明をしている時間はありません。良いですか、私の話をよく聞いて下さい。最も簡単なのは仕事、家族、趣味。長期的でも短期的でも良いですから、今後自分が存在しうるに足る目標を抱き続けて下さい。」

 「過去を振り返るでもいいでしょう、ただし失敗の反省だとか精神にマイナスの影響を及ぼす思考は避けて下さい。」

 「……あなた方は既にここまで辿り着いている。艦長にもその精神力は認められてるので自信を持ちましょう。この艦の取材を最後までやり遂げるのです。」

 

 それは言われなくてもそのつもりだが、やはり意味が分からない。肉体的なアドバイスというよりか、これはまるで心理カウンセリングである。ただ何か物凄く嫌な予感がした。

 その間にも巨大モニターに表示されたタイムテーブルが終点に近付きつつあり、つまりあのタイミングで何かが起こる言う事だ。

 

 そんな折平井がCICに戻ってきた、謎の物体と共に。

 「艦長殿。最後の確認です、よろしいのですね?全システムをマージしますよ?」

 「ああ、今更引き返しは出来かねる。他の艦もその覚悟で行動を起こしただろう。……早速委任準備に取り掛かってくれ。」

 

 平井が持って来たそれ。

大凡1m四方の容器でガラスから見える中の様子は、半透明な赤色の液体が充填され。中心に何か胎動している、あれは、肉塊……なのか?……それ以上の詳細な形容を私の脳は拒否した。

 

 容器は中心の台座に設置されて、天井からぶら下がるホース、あれを容器に備え付けられたコネクタに接続していく。


一本、また一本と、ホースが接続される度に激しく悶える肉の様は、吐き気を催す嫌悪感を覚えた。まったく異様な光景。カメラマンはその様子を熱心に撮影している。

 

 そのカメラだが私は今更異変に気付く。送信モードのランプが点灯していたのだ。

 「おい、そのカメラ!」

 「……へへっ、アイツぶっといの突っ込まれて悦んでやがるぜ!……へへへっ……」

 私の声に意に介さない。

 そして隣のリポーター。医療班の彼女の手を握ったまま蹲り、一切の反応を示さない。パニックになるよりは賢い選択だろう。

 

 思えば最初から疑うべきだった。取材の連絡が先方から直接来る事も。だが私の仕事人としての性格が予断を許さなかったのだ。

 

 「艦長、準備が終わりました、間もなく予定時間です。」

 「一同傾注。現時刻を以て私は艦長代理の任を解任。以降、全艦長権限を『最上』に委任する。以上敬礼!」

 

 そして艦内中にけたたましいサイレンが鳴り響き、このCIC内に奇妙な液体が注入されていく。あの容器に入ってる物と同じ色だ。

 私はさっきの彼女の言葉を思い出し、なんとか冷静で居ようとした。だがこの液体はもう胸の位置まで迫っており、体の身動きが取れない。しかも全然浮力を感じないのである。

 

 どうも彼女との取材をやり遂げるという約束は、果たせそうに無い。遂に観念し、私は『元』艦長に最後の質問をした。

 「何故俺達をここに入れた!」

 

 返事は直ぐに返ってきた。

 「『彼女』が君達を選んだんだ!」

 

 それ以降の一切の記憶は残ってない。

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