第3話
「えっと…、これはレタスかな」
「それ―キャベツだよ。普段―あんまり料理しないからさ。そーいうところで分かっちゃうって」
「そう?あんまり気にしたことなくって」
「料理が分からない男は、キッチンに立たない男は―モテないよ。少なくとも―好感度は、低いね」
「辛辣だね」
「歯に衣着せないのが―私のモットーなの」
「それが―現状として役に立ってないんだよ」
僕が大学から家に帰ると、母からお使いを頼まれ、妹の玲《れい》と同伴でスーパーに行くことになってしまった。
「役に立ってるよ。少なくとも―料理をしない兄貴よりは」
「僕だって―なにかの役には立ってるよ…。多分」
と、反論したけれど、玲は聞く耳を持たない。
「おかげで―彼氏ができたしね」
「なんかあんまり聞きたくない報告だな…」
「兄貴―モテないもんね」
「うるさいよ」
「大学に入ったら―彼女作るとか言って…。のたまっておいて―このざまですか」
こいつ…。のたまうと、言われる時点で気分はよくない。けれども―僕の方が立場が弱いので、反論できない。日頃から、料理を手伝ってたらまだ勝ち目があったのかも。
僕は買い物メモ(実際はスマートフォンの画面)をみて、中辛のカレールーを買い物かごに入れた。
「まぁ―うん。仕方ないよ。理系には女の子いないしね。ドンマイドンマイ」
「慰められると―腹立つな」
「おいおい、私は慰めただけだぜぇ?」
玲は買い物かごに、にんじんとジャガイモを入れた。
「なに?さっきからノリがうざいよ。いいことでもあった?うざいヤツにいいことがあるのは癪だけど」
「嬉しい話は喜びをシェアして、倍にするのが人間関係を良好にするコツだよ。お兄様」
『様』をつける癖に舐め腐ってるな…こいつ。
「その彼氏と―1周年なの」
「あっ…あ~」
喜びづらいななんか。妹の方が恋愛で先に進んでいる焦燥感と、嫉妬が、祝福の邪魔をする。
「…おめでとう」
「もっと喜べよ」
「僕はそんなに―感情豊かじゃないつもり」
「いや~、嫉妬とかする時点で―感情豊かでしょ?顔に書いてあったって」
僕はそんなに顔に感情が出るのか…。思わぬ発見に僕は少し、理由もなく嬉しくなった。
「で、兄貴の方は―最近なんかないの?女の子と関わったりしてないの?」
「…。いや、ほら家庭教師のバイトの教え子は―女の子だけど…」
今までのことをざっくばらんに説明した。クラス1位になったらご褒美を上げることになったこと、1週間前から課外授業と称して勉強を教えたこと。
「へ~。やるね。スタバって―この上の階の…。ふ~ん」
このスーパーが地下1階、地上2階にスタバがある。僕の生活圏は―かなり狭いのだ。
「そうだけど…いや、でも、玲と同い年だよ。その子。高校2年生だし」
「ほうほう…、年頃のうら若き乙女ですね。あんがい似合ってんじゃない?4歳違いでも問題ないって」
2リットルのペットボトル3本を買い物かごに入れると―さすがに持つのが大変になってきた。母が僕に妹と買い物に行かせた理由はこれか。
「教え子に手を出したら―僕はクビだよ」
「バレないようにすれば?」
「ナチュラルに―恋愛対象扱いするなよ。まだそういう関係になるのは、よくないって」
「まだ?」
「これからも…かな?」
例が鋭いよりも―僕が語るに落ちたという感じがする。変にお茶を濁したのが悪い。
「なら―聞くけどさ…。今まで、一切の下心なく、全くのビジネスだけで―その教え子に力を貸してたの?」
僕は答えに迷う。少なくとも―真壁さんは両親のプレッシャーに押されて、耐え抜いて勉強をしていた。そのことは―塾長から聞いていたし―だからこそ、同情したし、課外授業も受け入れた。
それが―恋愛とは違うのか、と聞かれると、全くの下心なしでのこうどうではなかったのかもしれない。
「へいへい、兄貴。こういう場面では―黙ったら、肯定と見なされるんだぜ」
なんか、最近煽られてばっかりだな僕は。
「…そう、まったくないでもないのかもしれない」
「どっち?」
「分からない」
今まで見ていなかった感情に触れて、それを恋心なのか、そうじゃないのかとレッテルを貼っていく。そうすると、どちらも混ざった部分あるし、純粋に人助けとしか思えない感情も、淡い恋心も―わずかにある。
けれど―本来なら、無視できるもので。捨てられるはずのものだった―はずだ。はずなのに。
「本当に―分からない」
「へ~。でも普通にさ―ビジネスだけで割り切れないなら、恋だった割きったら?ってかさ、バレたらクビって分かってんのに―割り切れないの時点で答えは見えてるでしょ?」
「それは―ごもっとも…。でも―普通に付き合いたいとか、そういうんじゃない。ただ―気にかけてるだけだ」
「あっそう」
玲はそう言った。
そして僕らが面倒なことになったのは―買い物の最後に生鮮食品を買おうとしたとき。牛肉400グラムを買おうとしたとき。
「珍しいね―ウチでビーフカレーなんて」
「そんなこともあるよね。まぁ、私はバターチキンが1番好きだけど」
「それ―分かる。僕も―バターチキン派だ」
なんて―会話をしていると、真後ろに女子校生がいた。
耳を出したボブヘアの―女の子。
―真壁愛莉がそこにはいた。
「…。そうなんだ…。そうだったんだ…」
小声で、呟くようにそう言う。
「なぁんだ。わたしが―バカみたいじゃん」
彼女の持っていた、お菓子しか入っていない買い物かごが―地面に落ちる。
「ちょっと…」
僕の声は聞こえていないらしい。
「センセイの―嘘つき」
そう言って―駆け足で姿を消した。彼女とスーパーで会ってから、走り去るまで10秒もカからなかった。
「…ねぇ。もしかして―アレ?」
「…そう、アレが―教え子」
「兄貴―見る目ないから言っておく。アレは―やめといたほうがいい」
妹の言うことに従うのは―イヤだったけれど。本当にイヤだったけれど。
「そんな気がしてきたよ…」
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