恋人はお姫様!
長月神奈
プロローグ
0 出会い
その場所の第一印象は広くて大きくてキラキラした感じのものだった。
僕は父さんに手を引かれ、その場所を歩いていた。
周りの人を見る。そこにはこれまで見たことがないような豪華で煌びやかで派手な服を来ている人たちがいっぱいだった。
『今日は特別なパーティーがあるから一緒に来なさい』
僕は父さんにそう言われて、この場所に連れてこられた。
でもパーティーっていうのはよくわからない。
僕にとってこんな場違いの場に来させられたのは初めてだ。
すると父さんはある男性の前で立ち止まった。
こちらに気付いた男性はにこっと朗らかに微笑む。
その男性はとても気品のある人で、微笑む顔がどこか優し気な感じもある。
男性が僕の方へ顔を向ける。その瞬間なぜか背筋がぞっとした。
「陛下! ご機嫌麗しゅうございます!」
そう言って、父さんは突然男性の前で跪いた。
「テオ! どうか頭を上げてくれ! 私とお前の仲だ。そんな堅苦しいのは無しにしてもらいたい」
「いえ! 私は陛下の家臣、そのような事は――」
「よいのだ、テオ。そなたは私を何度も助けてくれた恩人なのだ。そなたにそんな格好をさせてしまえば、逆に私が皆に疎まれてしまう、『恩を忘れた愚王』とな」
「……わかったよ、レグニール」
そう言われ父さんは頭を上げて、そして男性と手を交わした。
父さんとこの『陛下』と呼ばれた男性の間に何かあるのかは知らない。だけど二人は親し気で、確かな絆があるような気がした。
「私とテオの仲だ。今日は楽しんでいってくれ」
「あぁ」
朗らかに話す父さんと男性。
僕はそんな二人をじっと静かに見守っていた。
男性の顔をじっと見る。顔の整ったダンディーな人だ。にこやかな表情を浮かべているが、なんとも言えない威厳と言うものを漂わせているような気がした。やはり他の人とは圧倒的に違う。
「イスカ殿に関しては残念だった。出来れば最期の時に駆け付けたかったが」
「いやレグニールがそう言ってくれて、イスカも喜んでくれてるよ、きっと……」
イスカとは僕の母さんの名前だ。イスカ・サーティス。僕が生まれてすぐに亡くなってしまった。当然顔も覚えていない。
すると男性は僕の方へと目を向けた。
「それで、その子がテオとイスカ殿の子か?」
「あぁ。不肖の息子でお恥ずかしい限りだが……」
そう言って僕をディスり始める父さん。ひどい……
「紹介させてもらえないだろうか?」
「もちろん。ユウ、ご挨拶するんだ」
僕は男性の前に立たされた。
男性は優し気な顔で僕を見つめるが、やっぱりこの人、他の人とは全然違う。
僕は男性の前で謎の緊張感に襲われていた。
「ユ、ユウ・サーティスです」
「何歳かな?」
「きゅ、9歳です……」
「ユウ君か。その歳できちんと挨拶が出来るなんて偉いな。私の娘に見習ってほしい程だ」
「そ、それは光栄です……」
僕は緊張でしどろもどろで答えていた。
「ふふふ、いい子だ。私の娘にいいかもしれない、これはあの日の約束が出来るな、テオ?」
「……まさかあの話か?」
「もちろんだ」
楽し気に言う男性に、懐疑的な父さん。
なんだ? 何の話をしているんだ?
「私の名前はレグニール・ガートランド。この大陸の魔王の一人である。何かあれば存分に頼ってくれ。テオの息子ならどんなことだって協力しよう」
魔王レグニール!? その名前ならこの大陸の誰もが言っている名前だ。
四大魔王の一人『炎獄のレグニール』。四大魔王の中でも随一の実力の持ち主だ。
まさかそんな人が僕の目の前に――!?
僕の身体から一気に体温が抜けているのがわかる。頭もくらくらしだした。熱くもないのに汗がすごい量で流れ落ちる。
だって魔王様が目の前にいるのに、冷静でいられるのがおかしい。
「むむっ!? テオよ! 何やらお前の息子の体調がおかしいようだが? 大丈夫か?」
「……いやいや、流石9歳でも魔王の偉大さがわかる年頃だと思うぞ?」
「あなた、あまり可愛い子供をからかうものじゃないわ。可哀そうよ」
「ふはははっ。すまん。つい、な」
女性がこちらに近づいてきて魔王様を窘める。そんな魔王様は大げさに笑っている。
もしかしたら案外この人、人をからかうのが好きなのだろうか?
それにしても魔王様と話していた女性、すごく綺麗でとても気品があるような。なんだかお似合いな感じだ。
「私の妻を紹介しよう。ミスラだ」
「お久しぶりです、テオ殿。初めましてユウ君」
ミスラと呼ばれた女性は僕たちに頭を深々と下げた。
その一つ一つの仕草に気品があり、魔王様と別な凛とした迫力があった。
この人が王妃さまか……。とても綺麗だ。
「ふむ……」
彼女に見惚れていた僕の顔を、じっと見つめるミスラ様。
「な、なんでしょうか……?」
顔が近い! 顔の輪郭が整っていて、かなりの美人様だ。
こんな美人様にまじまじと見つめられて、身体が火照ってしまう。
「ふふふ、可愛らしい子ですね、娘と相性が良さそうだわ」
そう言って微笑ましそうに笑うミスラ様。
「はっはっはっ! そうだろう、そうだろう! 私が初めて見た時直感で、この子ならば娘の相手にはぴったり思ってな」
「ま、まさか息子にそんな……」
豪快に笑う魔王様に、逆に狼狽える父さん。
「どうだろうテオ。あの日の約束通り、この子を私の娘の許嫁にしてもらえないだろうか?」
「そ、そんな! レグニール! 確かに昔そんな約束をしたが、それは酒の席での話だったはずだ! と言うよりこんな出来の悪い息子が相手なんて、姫様に失礼だ」
なんて酷いことを言うんだ、父さん。俺は実の息子だぞ! 泣きたくなってきた。
「大丈夫だ。きっとこの子は娘とともにこの世界を平和に導いてくれるだろう。私とテオが築いた世界の安寧をこの子たちは引き継いでくれると信じている」
「ふふふ、心配しなくてもいいわ。あなたなら娘もきっと気に入ってくれると思うわ」
「ミスラもこう言ってくれている。安心するといい」
魔王様もミスラ様もこう言ってくれているが、その言葉に不安を覚える。
王族の、それにこの世界の一端を担う人の娘と結婚するって、とてつもないプレッシャーを感じるんだが……。
「ちょうどいいわ、娘を紹介するわね。システィア! こちらに来なさい」
近くで誰かと談笑していた少女を呼ぶミスラ様。
「なんですか、母様」
談笑を切り上げ、僕たちの前にやってくる少女。
「この子がシスティア。システィア・ガートランドよ。システィア、この方たちは私たちの友人のテオ殿と息子のユウ君よ」
「ふーん……」
魔王様方の娘という事は姫様だよな?
姫様は僕の顔を真剣な顔でじっと見つめている。
なんだかまじまじと見つめられて落ち着かない。
すると姫様はパッと笑顔になり、俺の両手を掴んできた。
「私はシスティア・ガートランドだ! お前の名前はなんていうんだ?」
「ぼ、僕はユウ・サーティス、です……」
「そうか、ユウ……ユウ、ユウ……ユウか……!」
何度も僕の名前を確認するように声を出して復唱する姫様。
「お前、いいな! 気に入ったぞ!」
「わっ!?」
突然の事でびっくりした! だって目の前の女の子、姫様が僕に抱きついて来たからだ。
と言うか、なんで!? どうしてっ!? どうなってるのっ!?
「ひゅー!」
「ほう?」
「ふふふ」
魔王様、父さん、ミスラ様はどこか愉快気な感じで僕たちの抱擁を見つめていた。
あぁ、いい匂いだ……。
システィア様の髪がいい匂いし過ぎて、頭がふらふらしてきた。
「……この気持ちはなんだ? お前を見ていると、なんだか胸がむず痒くなる! すごく変な感じだ!」
そう言いながらシスティア様が僕の身体から離れる。
僕はここではっきりとシスティア様の御顔を見てしまった。
か、可愛い……。
整った顔、真っ赤に燃えるような紅色の瞳、艶やかな黒色の髪、ちょんと突出した成長途中な小さな角。
「…………」
僕は彼女を見つめ、固まった。
今思えば、この時、彼女の幼いながらも可憐で美しい姿に、目と心を奪われてしまったのだ。
「そ、そんなじっくりと見るな……恥ずかしい……」
顔を真っ赤にさせてもじもじさせるシスティア様。
「まさか……うちの息子と姫様が……」
「はっはっはっ、いずれこの二人を引き合わせようと思っていたが、こんなに相性がいいとは、将来が楽しみだ」
「ふふふ、あのシスティアが乙女の様な顔をして……」
「で、でもいいのか? 相手は魔王様の娘で、私たちは人族の、しかもしがない民だぞ?」
「ふっ、昔言っただろ? 私たちに子供が出来たら引き合わせたいと。特にお前は私の親友だ。お前の息子は私の息子と同様だ。それに今の時代、人も魔族も関係ない。私も純血など全く関心が無い。時代が変わったのだよ、テオ」
「し、しかし、王族と一般領民とだなんて……」
「まぁ、あとはあの二人が本気になれば、そんな格差などなんともなくなるだろう。私は大いに賛成だ。格差なんてこの際なくなればいいのだ。私は娘が本気になればそれを全力で支えてやろう!」
「テオ殿、今では人も魔族も共存しています。だからこそ、こういった事情も変わらなければいけません」
「……なるほどわかりました。しかし、今の息子では姫様に不適格。これは一から鍛え直さなければいけませんね」
親たちが何やら難しい話をしている。
そしてなぜか父さんから鋭い眼光を投げられ、僕は気圧されてしまった。
いったいなんなんだ、このプレッシャーは?
「どうしたんだ? ユウ?」
「い、いえ、なんでもありません……」
僕は父さんから掛けられるプレッシャーを慌ててごまかし、改めてシスティア様と向かい合った。
紅色の少し目じりが上がった瞳がこちらを見つめてくる。
やっぱり綺麗だ。
「これからよろしくな、ユウ!」
彼女は手を差し出してきた。
僕はもじもじしながらその手を見つめた。
小さくて可愛らしい手だ。
僕はその手に触れて良いのか躊躇われた。これに触れてしまえば、今の僕のドキドキと高鳴った心音がバレてしまうかもしれない。それに手汗もすごく、きっと彼女に嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
それでも彼女はニコニコしながら僕に向かいながらその手を差し出したままだ。
さすがにその手を無視するほど僕は無礼じゃない。
僕は意を決した。
「よ、よ、よろしく……」
精一杯の気持ちで、僕はその手を握った。
「あぁ!」
システィア様は何の抵抗もなく僕の手を握り返してきた。
小さくも温かくて、どこか安心するような感触だ。
もっと触れていたい……。
僕はシスティア様の手の感触にどこか安らぎを感じていた。
システィア様も僕の手を握りながら、頬を赤らませて、潤んだ瞳で僕を見つめてくる。
ずるい、そんな顔……。
ドクンッ!
僕の胸の鼓動が高鳴った。
この時の僕にとっては、それが何の意味を持つのか、全く分からなかった。
だけど数年経って、完全にわかる。
この瞬間に、僕は完全に彼女に一目惚れをしてしまっていた。
後に聞くと、どうやら彼女も僕と同時期だったらしい。
これが、後に世界が羨むほどの相性の良いカップルの出会いであった。
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