79.ガイド川越城 ガッカリ系?癒し系?な富士見櫓

※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。


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 圏央道から関越道に乗り換えて川越市内へ。

「ふわー!」

「サムライムービーのセットみたい!」

「これが小江戸か…」

 白い壁の商家が並ぶ商店街を南から北へ、途中鈎の手に進む城下町特有の渋滞を超えて東へ行くと。


 着いたのは小江戸出世街道と囃される江戸幕府北の護り、川越城へ。

 川越城…なんだけど。広い水堀の向こうは、土塁即ち土手。


 バスはかつての中曲輪、今では川越市庁舎のビル脇の駐車場へ、そして三之丸へ。

 ここは緑地公園になってる。その東の小さい二之丸を通って南にある本丸へ。


「江戸城の北を守る徳川幕府の詰めの城、川越城は中世の室町幕府の下で足利家と上杉家の戦いの舞台であり、中世末期に江戸の城と町を整備した太田道灌によって築かれました。

 16世紀末に徳川家康が関東を領有すると酒井家がこの城を改築しました。


 川越城は石垣や天守はありませんが、新河岸川を背後に西と南に馬出を設けた広大な城でした。現在は本丸、二之丸、三之丸、八幡曲輪を城址公園に、その西の中曲輪を市庁の敷地として残し、他は市街地となっています。」

 

「ホント近所の大きな公園、って感じダネー」

「壁や門がなかったらお城って解んない感じダネー」

「そうそう。それこそが関八州の城の醍醐味だぞ?」

「関八州?」「って関東の昔の名前?」

「そう。昔の日本の国名で武蔵、相模、上野、下野、常陸、上総、下総、安房。今の東京都、埼玉県、神奈川県、高崎県、宇都宮県、水戸県、佐倉県の事だよ」


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 二之丸に入ると御殿。ちょっと小さめ?

「川越城は酒井家以後も徳川幕府の要人が入城しました。

 中でも17世紀中ごろの松平信綱、知恵伊豆と呼ばれ三代家光、四代家綱に仕えた老中の手によって拡張され今の規模となりました」


 そして南に進むと本丸北門。本丸の正門な筈なんだけど、櫓門じゃないんだ。

 水堀を囲むのは、やっぱり土居。

 入口の北門の右手には二層の虎櫓が大人しく土塁の上に建っている。

 土塁の上に白壁、その奥に建っているのでパっと見三層に見えなくもないのがいじらしい。


「これが関東の『土の城』ってヤツだよ」

「派手さとか荘厳さはないねえ」

「小田原御在所の大手なんてスゴかったよネ。

 ここがショーグンの手下の城って、スローライフだよトクガワ!」

「それって褒め言葉かねえ?」


 近京阪や九州、そして小田原で見た石垣の上の櫓や白壁の、雄々しい!っていう風景と違って、なんか近所の公園みたいな落ち着いた景色だなあ。


 本丸北門、小柄な門を過ぎると右手に薬医門、その向こうに唐破風の本丸御殿玄関。

 結構大きい。二之丸御殿より大きい。


「この城は江戸の北の護りだけではなく、徳川幕府のエリートを要請する登竜門でもありました。

 反乱、飢饉、天災、政変、そして国防に多くの才能ある人達が知恵を凝らした場でもありました。

 19世紀に入り欧米の産業革命に対抗するため幕府は朝廷に権限を委譲し、立憲君主国を目指しますが、国防指針から産業革新を行うためこの城はシンクタンクとなり、国内の英才を集め企画立案が進められました。

 江戸城を始め関八州の城で研究がすすめられ、川越城も新たに本丸御殿が増築され国防研究が進められました」


 御殿の中は文化財記念館というより、幕末国防博物館でした。

 大小鉄船の模型、織田家から徳川家の鉄道模型、日本~シャムの航路・防衛海図、19世紀頭に初飛行した飛行機の模型等々。

 幕臣が艦隊戦構想図を囲んで論議している蝋人形とかあって迫力あるなあ。


 御殿は他の城みたいに迎賓館やホールには使われず、ひたすら幕政博物館として維持されている。


「ふおー!おおー!」

 目を爛々とさせランが展示物に食い入っている。あ、スーもだ。

「タイが王妃にドレスの着せ方を教えてる時に、日本は飛行機を研究してたのかー!」

「17世紀から鉄道で全国を網羅してたバケモノ国だからねえ…

 あれ全国高速鉄道計画図かあ…やっぱスゴイや」


 スーが何か外国人みたいに幕末日本を評してる。


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 順路の先には「富士見櫓・天神様」とある。

「テンジンサマ?」

 さっきまで幕末の資料に目を輝かせてたランが聞く。

 日本の神道には疎いか。そらそーだよね。


「普通は学問の神様、菅原道真公を祀る神社よ。

 本丸の中に三芳野神社という天神があって、元々は街だった所にお城を広げて囲ってしまったのでお参りできなくなったのよ」

「酷いネ」

「お城は軍事と政治の機密が一杯だからね。

 でもそれじゃあんまりだって事で、神社の大きな祭りの大例祭と、七五三の年2回だけ平民を城内に入れたのよ」

「やさしーねえ」


「でも城に入る時は厳しくチェックされ、参道も侍が道を固め、出る時はもっと厳しく機密文書を持ち出してないかチェックしたのよ。

 それで生まれた子供の歌が『通りゃんせ』。

 今流れてる歌だよ」

「へ~、お参りも命懸けになっちゃったんだねえ」


 御殿の外には三芳野神社の方から歌が聞こえる。行きはよいよい、帰りはこわいと。


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 本丸御殿の南の方に、小高い丘と、その上に白壁、更にその中に二層の大きな櫓がある。

 さっきの虎櫓同様、パっと見三層櫓みたいだ。

 丘が高い分大きく見えるけど、なんちゅうかこじんまりしてるなあ。


「こちらが天守替わりの富士見櫓。その名の通り富士山が見える櫓です。

 関東近辺には富士山を神と崇める山岳宗教があり、江戸城、宇都宮城、浜松城等に富士見櫓があります」

「なんか入口が大仰ネ」

「パゴダみたいネ」

「ガッカリな天守だなあ~」

 飴ズの評価はイマイチだ。


「イヤ、これはこれでアリだよ飴ズさんや。癒しの力がある」

 あるのか?!


「オー、お次の手の動きが見えないヨ」

 お次さんが富士見櫓をシャシャーって描いてる。筆が乗ってるなあ。


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 天神様をお参りして、富士見櫓から町を眺めて、

 本丸南の天神門から細長い田曲輪を通って南大手門へ。

「本丸の外から見ると富士見櫓もう1階増えたみたい」

 岡の上の白壁の下、本丸塁上の白壁を腰に巻いた様で一層高めに見える。

「パッと見四層っぽいねえ。こういう涙ぐましいの好きだよ」

 とお次さん、またしても手の動きが見えない。


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 三之丸跡の駐車場に戻った私達は日光、久能山、上野、芝に並ぶ全国東照宮の一つ、仙波東照宮と隣接する天海上人の寺、喜多院に寄って元来た道を戻った。


「仙波東照宮もわらべ歌の謂れがあるよ」

「え?どの歌?」

「あんたかたどこさ」

「肥後どこさ、熊本さって奴?」

「そう。元は熊本城の坪井川で海老採って煮て焼いて食うのを、幕末に薩長が…あ」

「時サン、この世界に薩長と幕府の戦いは無いよ」

「そうでした」


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※小江戸川越は、実際は白い壁ではなく、黒い壁の町です。

 それは明治の大火で市街が丸焼けになり、その後復興された町屋が耐火建築、黒ふすべ(白漆喰の壁を黒く塗ったもの)を使ったからです。


※幕府への出世街道だった川越城の復元模型は下記の通りです。

https://kojodan.jp/castle/47/photo/63912.html


※関八州。明治政府にとって朝敵だった関東は県庁所在地と県名が悉く変えられていますが、この世界ではそれも無く県庁所在地イコール県名です。

 で、サイタマ。川越が遠いので、東京に近くて武蔵一宮がある大宮が県庁所在地になり大宮県になりそうになって、結局古代豪族の所縁の地という事で万葉集にある埼玉の名を冠した…のは現実と一緒です。

 てかサイタマは異世界でもサイタマでしょう、サイタマである限り。


※実際は本丸御殿は幕末に焼失した二之丸御殿の替りに建てられた物です。

 本作ではその由来を歴史改変してます。


※一時天守替わりの富士見櫓が三層だったとの記録によって、江戸城富士見櫓に似せて再現されていました。

 川越市も資料を探し、復元運動に気合を入れていた…そんな時期もありました。

 しかし城内建築を記録した図面が公開され、二層三重の、なんというかのっぺりしたものだったので復元の機運はすっ飛び、今では崩壊寸前の櫓台土居の保存も計画されていない状態です。

 その図面による復元図は下記の通りで、現実の、面白みのない徳川幕府そのまんまみたいな櫓でした。

 いや、これはこれでアリじゃね?

https://minkara.carview.co.jp/image.aspx?src=https%3a%2f%2fcdn.snsimg.carview.co.jp%2fminkara%2fphoto%2f000%2f004%2f824%2f151%2f4824151%2fp8.jpg%3fct%3df5f2671f083a


※「通りゃんせ」よりメジャーじゃないけど、川越わらべ歌シリーズ第二段、「あんたがたどこさ」。司ンの言う通り、元は熊本の歌です。

 熊本に洗馬川(熊本城脇の坪井川)はあっても仙波山はありません。

 これは倒幕の際仙波東照宮に駐留した薩長軍に因んだ替え歌で、仙波山=東照宮には狸=徳川家康がおってな、猟師=官軍が鉄砲で撃って似て焼いて食って=倒幕、という事なのです。

 尚解釈には諸説あります。

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