第52話 足りない物

「旨い、旨いよお!」

「こんなに美味しいものは食べたことないぞ!」

「これ、どこのお店で売ってるの?」


 子供達はケンチャッキーを絶賛している。

 俺としては満足いくものではないが、子供達が喜んでいるなら何よりだ。


「ほら、アゼリアちゃん! すごく美味しいです! 食べないとなくなってしまいますよ!」


 おとなしそうなリラも一心不乱に食べていた。


「そんなに騒がなくてもわかってるよ」


 アゼリアもケンチャッキーを口にするが、子供達のように表情が変わることはない。


「おいしい⋯⋯」


 だが感情は込められてはいなかったが、アゼリアからも賛辞の言葉を聞くことが出来た。


 だが。


「けど⋯⋯何か味が足りないよね」


 このケンチャッキーの肉に満足していないコメントが返ってくる。


「ちょっとアゼリア! せっかく頂いたのに失礼なことを!」

「ごめんなさい。でも十分美味しいと思うから気にしないで」


 だがアゼリアの言葉を俺は見過ごすことは出来ない。何故なら俺とおなじような感想を持っていたからだ。

 本物のケンチャッキーを食べたことがないアゼリアが何故そのようなことを口にしたのか。実に興味深い。


「すみません! アゼリアちゃんは悪い子じゃないんです。ただ純粋で嘘がつけないというかなんというか」


 リラがアゼリアをフォローしようとしているが、全然フォローになってないな。

 だが今の俺には忖度した意見など不要だ。


「どこが足りないか教えて下さい!」


 それは俺だけではなくフローラも同じようだ。

 フローラはアゼリアの両手を掴み、懇願するように上目遣いで視線を送る。


「あくまで私の感想ですけど風味が足りないのでハーブを足すといいかも」

「なるほどなるほど」

「それと衣がもっとカリッとした食感の方が美味しい」

「ふむふむ。それでどうすればいいでしょうか」

「それは⋯⋯」

「それは?」

「わからない」

「またそれですか!」


 残念だがケンチャッキーの謎は解けなかったようだ。

 だが風味と食感か⋯⋯確かに言われてみるとその二つが足りなかったように感じる。試してみる価値はあるな。


「すみません。お礼をするつもりが逆に食べ物を頂いてしまって⋯⋯」

「いえ、鶏肉の感想も聞けて助かりました」


 俺はチラリとフローラに視線を送る。


「また作ってきますので感想を聞かせてもらってもいいですか?」


 どうやら俺の意図をわかってくれたようだ。

 さすが日頃から物を売るために客を観察している商人なだけはある。


「本当ですか!? 助かります。ありがとうございます」


 シスターは心から喜んでいるように見える。

 これは貧しい生活をしているのはほぼ確定だな。


「それでは俺達はこれで」

「失礼しました」


 長居をしてもシスターの迷惑になるため、俺達は早々にこの場を立ち去ることにした。


 そして教会からの帰り道。


「よく俺のいる場所がわかったな」

「ふっふっふ⋯⋯私の尾行能力侮ってはいけませんよ」

「まあ、大方昨日地上げの話をしたから、ここに来たといった所だろ?」

「バレちゃいましたね。せっかくユウトさんに一泡ふかせることが出来たと思ったのに」

「いや、驚いたよ」

「えっ?」


 俺の答えが以外だったのか、フローラの方が驚いている。


「相手の話に注意を払い、予測し、特定する。普段から常に用心していなければわからないことだ」


 世の中何が起こるかわからない。

 何気ない一言が大ヒットの発明品を生むことがあったり、今回のように相手に行動を読まれて待ち伏せされることもある。それに前世の俺のように突然殺されることもあるしな。

 だから日頃から相手が何を考えているか、どんなことが想定されるか、最悪な事態を考えることが重要なのだ。


「俺の思想が身についているじゃないか」

「ユウトさんが⋯⋯私を褒め⋯⋯た?」

「なんだ? おかしいか?」

「いえ、おかしくないです! 私は褒められると伸びるタイプなのでこれからもいっぱいいっぱい褒めて下さい!」

「気が向いたらな」

「いつでもお待ちしていますよ」


 人には主に二種類のタイプがいる。

 褒められると伸びるタイプと厳しくすると伸びるタイプだ。

 自己申告だがフローラは前者らしい。

 頭の隅においておこう。


「それよりフローラ――」

「地上げ屋さんについて調べてみますね」

「頼む」

「えへへ」


 フローラが俺の言葉を先読みして、誇らしげに笑みを浮かべる。

 そして何故か俺の方に頭を差し出してきた。


 これはもしかして頭を撫でろということなのか?

 フローラは微動だにせず、なにかを待っている。


 やれやれ。困ったやつだな。

 俺はフローラの要望に答えて頭の上に手を置き、左右に動かす。

 するとフローラは猫のように目を細め、満足気な表情を見せるのだった。

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