第36話 ユウトVSアーホ後編

「まあまあやるじゃないか。だがここからは本気でやらせてもらう!」

「油断すると足をすくわれますよ」

「一撃かわしたくらいで調子に乗るな!」


 アーホは右に左にと木剣を振り回してくるが、頭に血がのぼっているのか相変わらず大振りだ。


 俺は紙一重でかわし、少しづつ後方へと下がる。


 その程度の攻撃で俺を倒せると思っているのか。

 舐められたものだ。


「このやろうちょこまかと! 正々堂々と戦え!」


 八百長をけしかけた奴が言うセリフじゃないな。どうやらこの男は厚顔無恥という言葉を知らないらしい。


「僕はこうやって今まで勝ってきたんだ。そのスタイルを変えるつもりはないです。あなたのことだから子供の戦いなど見る価値はないと思っていたんでしょ?」

「当たり前だ! この私がお前みたいなガキに負けるはずがない」


 戦いとは戦う前から始まっている。俺は一戦だけだが、アーホの戦いは目にしているし対策も立てていた。例え実力に差があっても準備を怠れば、敗北するのは当然の結果だ。

 ましてや俺より圧倒的に弱者のアーホが油断しているんだ。天地がひっくり返っても俺に勝てるわけがない。


「おいおい。何だか手こずってないか?」

「あの少年の戦いは全部見てきたけど、とてもじゃないが実力者には見えなかったぞ」


 観客達が短時間で終わると思っていた試合が長引いて、疑問を口にし始める。


「もしかしてアーホ様は大して強くないのでは?」

「確かに優勝はしたけど実際には一回戦しか戦ってないよな」

「まさか実力では勝てないから、汚い手段を使って優勝したのか?」


 子供相手に苦戦している姿を見て、観客席から様々な憶測が立ち始める。


「このクソガキが!」


 観客達の言葉はアーホの耳にも届いているようで、益々激昂して木剣を振り回してきた。

 そして俺はその威力に押され、少しづつ舞台の端へと追いやられる。


「これ以上は逃げられんぞ」


 アーホは俺を場外一歩手前まで追い込んだことで、勝ち誇りニヤリとゲスな笑みを浮かべる。


「最後に二つだけいいですか?」

「命乞いか? だが俺に恥をかかせたお前をただでは済まさん!」

「あなたのためになることですから。一つ目は勝負は決着が着くまでは油断しないこと」

「き、貴様! 俺より年下のくせに説教を垂れる気か!」


 残念ながら人生二週目の俺は、お前より経験が豊富なんだよ。だがそのようなことを教えてやる義理はない。


「そしてもう一つは身をもって体験させて上げます」

「なんだと! この俺に向かって舐めた口を!」


 冷静さのかけらもないな。この状態のアーホに勝つことなど赤子の手を捻るより簡単だ。


「必ず殺す! 場外に落ちて負けられると思うなよ!」


 アーホが猪のように真っ直ぐ突進してくる。

 学んでないな。


 俺は上段から振り下ろされた木剣をヒラリとかわす。そしてすれ違いざまにアーホの足を引っかけ、最小限の動きで蹴り上げる。

 これで観客にはただ俺の足に躓いたように見えるだろう。


「なっ!」


 そしてアーホはそのまま声を上げながら勢いよく前のめりに突っ込み、場外に落ちるのであった。


「せっかく足をすくわれるって教えてあげたのに、無駄だったみたいですね」


 俺は場外に落ちたアーホを見下ろし、言葉を言い放つ。

 だが俺の言葉は、観客達の歓声によってアーホの耳には届いていなかった。


「あの子供が勝っちまったぞ」

「だけど足に躓いて負けるなんてダサいな」

「しかもあの体勢を見ろよ」


 観客が指摘するように、アーホはうつ伏せに倒れており、まさに屈辱的な格好で敗北を喫することとなった。


 そしてアーホを蔑んでいるのは一般の観客達だけではなかった。


「今年の優勝者は俺の近衛兵に加えてやろうと思ったが、あのような醜態を晒す奴は必要ない」


 その通りだな。子供に負ける近衛兵など権威の欠片もない。笑い者にされるだけだ。

 アーホは、エキシビションマッチの歴史に残る敗北者になった。


 オルタンシアside


「これがあのユウトという少年が言っていた面白いこと⋯⋯」


 オルタンシアはエキシビションマッチの結果を見て、ポツリと呟く。

 普通に戦っていたらユウトが勝つことは間違いなかった。

 今までの試合で弱者の振りをしていた理由がわからなかったけど、今ハッキリと理解した。

 例え子供とはいえ、ユウトが強者と認識されればアーホは敗北しても仕方ないと思われる。

 だけどユウトは弱者を装った。

 これでアーホは子供に負けた、哀れな優勝者としてのレッテルを貼られることになる。


「ふふ⋯⋯ふふふ⋯⋯」


 私は思わず笑みが溢れてしまった。

 笑ったのはいつ以来だろう。

 お父さんが亡くなってから、ずっと剣の稽古をしていた。

 笑う暇なんてなかったし、笑いたいと思えることがなかった。

 だけどまさか会ったばかりの人に笑顔にさせられるなんて。


「これが面白いこと⋯⋯か」


 ユウトは神武祭が始まってからずっと弱者を演じていた。

 つまりその時から今日の光景が見えていたということになる。


 私はユウトの先を見通す力に、ただ脱帽するしかなかった。

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